Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    haruki032

    Twitter(@haruki032)に上げた絵の保管庫 および 上げるまでもない物を載せたり消したりする場
    リアクションありがとうございます、励みになります😉

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 36

    haruki032

    ☆quiet follow

    ホセノト
    『僕は王子様になれない』


    -----

    いつも通りの、静かな夜だった。
     紅い布張りのソファ、細かい模様の入った厚いカーテン、自室のそれらとは少しデザインの異なる家具たちは、ノートンにとって既に見慣れた風景の一部になっていた。ローテーブルに並んだ深いグリーンの酒瓶とグラスも、反射した淡い橙色の光がテーブルに複雑な模様を落としている様も、全部そうだ。
     もっとも、初めてこの部屋を訪れた時はこれらが自分の日常の中のひとつになるとは思ってもいなかったけれど。
     隣に座っている、部屋の主の指先がグラスをつまみ上げる。光と影の模様は微かに揺れて、消えた。
    「……飲み過ぎじゃないですか」
     ノートンが諌めるように言うと、ホセはグラスに唇を付けたまま笑った。
    「そんなことないよ」
     緩んだ目元と少し縺れた声は明らかに酔っていることを示していたが、ホセはそのままウイスキーを舐めるように飲む。ノートンは黙って、その喉の隆起が動くのを見ていた。

    ―眠りにつくために飲んでいる酒。

     以前彼が随分と酩酊した際、消え入りそうな声で「もう味の善し悪しも分からない」と零していたことを思い出す。今夜は一体どんな気持ちで、この琥珀色の液体を飲み下しているのだろう。

    「バーデンさん」
     少し手を伸ばし、赤く染まった頬に触れる。
    「うん…?」
     ホセは眠たげな瞳でノートンを見る。その視線を一方的に遮るように、ノートンはホセの薄く開いた唇に唇を重ねた。深く探り合うことはせず、2、3度ほど啄むように戯れるだけのキスでも、甘く煙たい香りとアルコールの味がした。
     唇が離れると、ホセは少し目を細めて微笑む。
    「君って、王子様みたいだね」
    「はあ…?」
     思わず頓狂な声が出る。突然何を言い出すんだろう、この酔っ払いは。
     ホセはノートンの訝し気な眼差しも気にせず続ける。
    「私がよく眠れるように、魔法をかけてくれたんだろう」
    「……いや…ちょっとよく分からないですね」
     呆れたように返すが、ホセは笑っている。酔っ払いの面倒なところだ、とノートンは思った。
    「知らない?御伽噺さ。王子様のキスは素敵な魔法なんだ」
     ホセはどこか満足げな様子で言って、グラスの底に僅かに残っていたウイスキーを飲み干した。空になったグラスがテーブルに置かれ、コツ、と硬い音を立てた。ノートンは軽く溜息をついて、足元に視線を落とす。
    「…御伽噺くらい僕だって知ってますけど」
    「でもそれってお姫様が眠りから覚めるやつでしょう。眠りにつかせるのは悪い魔法使いの…」
     ふと、見慣れた景色の纏った色が、急に掻き消えた気がした。

    「…呪いです」

     極力感情を込めず、震えないように発声した言葉は、少しだけ掠れていた。 自分が今どんな顔をしているのかも分からなかった。
     視線を上げられずにいると、穏やかな声が降ってくる。
    「…どっちだっていいさ、そんなのは」
     同時に、左頬に触れられる手の感触。
     顔を上げると、碧と金色、ひとつずつ違う色の瞳が柔らかく笑っていた。
     金色の瞳は血の通っていない作り物だと分かっている― だが、その眼差しに熱が灯っているように感じるのは、決して気のせいではない。
     それを証明するかのように、歪な凹凸を残した皮膚の上に感じる掌は熱かった。そして同じく熱を持った指先がゆっくりと髪を撫ぜ、耳を掠め、首筋に触れる。

    「だから、もう一度してくれよ」

    「……」

     ノートンは湧き上がる妙な昂ぶりを言葉に出来ない代わりに、もう一度口付けた。

    (本当に、呪ってやったっていいんだ)

     自分は初めから、王子様になんてなれやしないのだ。
     こんなにも、何者も入る余地のないキスの隙間にさえ現実の冷ややかな夜風が潜り込んでくるのが苛立たしく、ノートンは獲物に喰らい付く獣のようにその唇を貪った。
     やはり自分がどんな顔をしているのか分からなかったが、どうせ碧と金色の瞳も閉じられているのだ。そんなことは最早どうでも良かった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👍💟💟💟🙏🙏🙏🍸🍸😭👏😭😭😭💯🍸😭👏💯💯😭❤🙏💴💴💴😭👏👏💵💵💵💯✨✨🙏💴💴💴💵💵💵💵💵💵❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator