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    ogusareutyouran

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    ogusareutyouran

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    宝石病(自作創作奇病)の🔥❄️
    プロットの半分には到達した

    宝石病については別に

    #ディルガイ
    luckae
    #創作奇病
    creativity
    ##宝石病

    風の国、モンド。自由なその国を護る西風騎士団の騎兵隊隊長、ガイア・アルベリヒには三つの秘密がある。
    ひとつは祖国、カーンルイアのこと。ひとつはアカツキワイナリー、ひいては元義兄のディルック・ラグヴィンドに対する感情のこと。そしてもうひとつは――身体が、宝石へと変貌しつつあること。
    事の始まりは一週間か、二週間ほど前。左胸――ちょうど心臓の真上の位置に、親指の爪ほどの大きさの宝石が現れたことだ。何の前触れもなく突然現れたそれはどうやら肉体に同化しているらしく、無理やり取ろうとして、失敗した。
    触れるだけならいい。眺める分にも何も起こらない。けれど、明確にそれを取り出そうと意図して触れると、全身をずたずたに引き裂かれるような、内臓のすべてが狂ってしまったかのような、何もかも投げ出して今すぐ叫んで助けを求めたくなるような。凄まじい痛みと恐怖に襲われた。そして同時に体の一部が宝石へと変化した。
    この宝石が肉体の代わりであること、自分自身を表すものであること。なんとなく、ガイアはそう理解した。

    「アイオライト。光の角度によって違う色を見せる宝石。物事の二面性に気づかせて本質を示す石、か」
    西風騎士団本部にある図書館で宝石についてまとめられた図鑑をぺらりとめくる。そこには写真機で現像された宝石と共に説明が書かれていた。ガイアが見ていたのはアイオライト。ガイアの胸で輝く宝石は写真と違ってきれいな形ではなかったが、これはそうだと根拠の無い自信があった。
    光の当たる角度によって、青紫色にも淡い青色にも、灰がかった黄色にも見える不思議な石。それが示す宝石言葉は徳望、誠実、そして初めての愛だ。
    宝石に造詣が深くないガイアだが、それでもこの胸で輝きを放つアイオライトは自分の本音の一つなのだろうということはなぜか理解できた。否、隠している本音そのものなのだろうとわかっていた。
    「……わかってる、わかっているさ」
    最初に現れた宝石以外にも、服の下には宝石が少しずつ増えている。特に隠し事を、誰かに話して楽になりたいと思う隠し事をしたときに増えやすい傾向があるため、ここ数日は酒場に行くことを遠慮するほどだ。とはいえ、なぜ酒場に行かないのかと聞かれたときに宝石のことを素直に明かすわけにはいかないのだから、ほんの少しの気休め程度にしかならないのだが。
    そもそも、日常生活を送るだけであればなんの支障もない。精々宝石を隠す服装を心がける程度だ。騎兵隊隊長のガイア・アルベリヒであることに、何も影響はなかった。

    先日まで常夏の群島で行動を共にした旅人から、純水精霊への挑戦に誘われた。もしもこれが爆炎樹の討伐であったなら一考したところだったが、純水精霊であれば石門を抜けてすぐの場所であるからと引き受けた。聞けば一度だけだと言うし、外回りのついででも大丈夫だろう。
    いつものように攻撃しては少し距離を取る。幻影トビが現れたときはさすがに弓を扱う仲間に任せるが、それ以外の動物の幻影であれば霜の襲撃で動きを止めてから攻撃する。今回の挑戦メンバーで氷元素の神の目を持っているのは自分だけだから、一体に肩入れするのではなく水上フィールドを端から端まで駆け巡る。
    しかしそれでも、動きを止めきれないことはある。
    霜の襲撃を免れたらしい幻影リスが旅人の背後に迫っていた。
    旅人は幻影イノシシの相手をしていて気付いていない。霜の襲撃も凛冽なる輪舞も、元素エネルギーが足りず発動までもう少し時間がかかる。自分以外に気付いている様子はない。
    ――ガイアが取った行動は、旅人と幻影リスの間に自身の体を滑り込ませること、だった。背後からの一撃よりも、目の前からの攻撃の方が対処しやすい。そもそも、今回は旅人が各地で出会った人の集まりだ。旅人が傷を負えば、戦闘に支障が出る可能性がある。
    自身に言い訳を重ねて、幻影リスの攻撃を左腕で受けた。打撃の痛みと共に、ピリリと沁みる感覚が走る。これは少し切れたな、とどこか他人事のように認識して、幻影リスを切り払う。わずかに違和感を覚えたが、気付かないふりをした。
    しかしそれは、旅人とともにいる小さい相棒によって阻止された。普段、戦闘時に彼女は姿を現さないのにも関わらず。
    「おい、ガイア! どうしたんだよ、その腕⁉」
    「どうしたって、何がだ?」
    「その左腕だよ! なんで、それ、宝石じゃないか!」
    「宝石……?」
    先ほどの違和感はそのせいかと理解したが、左腕に宝石は生まれていなかったはずだし、そもそも袖の長い服だから見えることはないだろう。だが、もしそれが本当だったら。この小さな生き物は自分と違って嘘をつくのが下手だったはずだ。ということは、つまり――
    ガイアはそうっと、見間違いであれと祈りながら左腕を見た。長い袖は一部が破れており、その奥にある褐色の肌が見えていた。そして何より目を引いたのは。
    「うそ、だろ」
    切れた、と思っていた部分が、きらきらと輝く宝石になっていた。その宝石からは意味を感じられない。それはつまり、この宝石は自身の感情を示すほかの宝石とは違うことを指していた。
    怪我をしたら、そこはかさぶたに覆われる。この宝石はかさぶたの代わりなのだろうか。だとしても、本来の生成速度を無視した速さで現れている。ここ数週間続く宝石への変貌は、自分が思っているよりも深刻なものではないか。
    思考がぐるぐると渦巻く。気が付けば、先ほどまで響いていたはずの戦闘音はぱたりと止んでいた。
    『お前たちは、その傷を癒しに来たのか』
    静まったそこに声を響かせたのは、戦闘の相手であった純水精霊、ローデシアだった。
    「ローデシアは、この宝石のことを知ってるのか?」
    真っ先に反応したのは当事者ではなく最初に声を上げたパイモンだった。ローデシアは少し黙って、それからガイアを見つめる。見つめられたガイアは考えがまとまらないのか、視線はその左腕に注がれていた。
    『その傷は、病だ。軽策の水だろうと、雪山の水だろうと、故郷の水だろうと、それは治らない』
    「治らないって……ガイアの腕はずっと宝石のままなのか⁉」
    『否、そのまま放っておくつもりであれば、いつか日を見られなくなる』
    「日を、見られなくなる……?」
    「はは、そうか。増えているとは思っていたが、すべてが宝石になっちまうってことだな」
    独特の言い回しを理解するだけの思考は戻ってきたらしいガイアに彼女は肯定を示した。そのやり取りでようやく理解したらしいパイモンは、「そんなの、そんなのって!」と怒りをあらわに小さな体を震わせた。
    『去れ。それは私の、水の領分ではない』
    「なあ、ローデシア。詳しいお前さんに一つだけ聞きたい。これの、原因は何だ?」
    『……お前が一番わかっているはずだが、はっきりと言おう。心だ。お前の心が原因だ。それは我ら水ではなく、お前たち人の領分。わかったのならば去れ。』
    そう言うと、彼女は水の中に戻ってしまった。どれだけパイモンがもう少し詳しく教えてくれよ、と水に向かって叫んでも現れる様子はない。彼女には何もできないからなのか、過去に同じ事象に巻き込まれたことがあるのかはわからないが。
    「人の心が原因って言ったって、どうしたらいいんだよ」
    「あんまり気にするなよ、今まで何ともなかったんだ。きっと大丈夫さ」
    じわり。服の下で、宝石が増えた気がした。
    ここ数日は宝石が新たに現れるだけに留まらず、拡がりを見せていた。きっと今の違和感は後者だろう。
    表情には欠片も出すことなく、そう判断した。
    「彼女はもう姿を現す気がないらしい。俺たちも解散したほうがいいんじゃあないか? いつまでもここにいたら、帰れと怒らせちまう」
    強引に、畳みかけるように言葉を重ねる。反論の隙を与えず、考える暇を与えず。ガイアは長年培ってきたスキルを駆使して、純水精霊の住処から離れることに成功した。
    今回集まっていたメンバーは皆用事があるらしく、心配そうな表情を浮かべながらも一人、また一人と帰っていく。
    その場に残ったのは、ガイアと旅人、そしてパイモンだけだった。
    「なあ、ガイア……」
    「どうもしないさ、そもそも、俺が原因なんだろう? 俺以外にはどうにもできないってことだ。わかってる、大体の目安はついているさ」
    目安はついている。けれど、それをどうにかできるとは言っていない。ギリギリ嘘ではないはずなのに、また宝石が増えた気がした。
    「旅人からも何とか言ってくれよ、オイラじゃガイアを説得できそうにないぜ?」
    助けを求められた旅人は少し考えて、それから小さく声を上げる。そしてガイアの顔を見て、いつになく真剣な表情で告げた。
    「不卜廬に行こう」
    「不卜廬……確か、離月にある薬屋、だったか」
    「そうか! 白朮なら何かわかるかもな!」
    「おいおい、そこまでしなくても……ああもう、そんな目で見るな、わかったから。でも、それならジンに離月港まで行くことを報告させてくれ」
    「おう! それなら一緒に行くぞ!」

    一度は断ったものの、ワープしたほうが早いからと押し切られて旅人とパイモンの同伴で西風騎士団に戻る。
    「おーい、ジンはいるかー?」
    「お疲れ様です、栄誉騎士。ガイア隊長も外回りお疲れ様です。ジン代理団長でしたら、執務室にいらっしゃるかと」
    「ああ、ありがとう」
    騎士団本部前で見張りをしている騎士に声をかけると、扉を開けて中に入る。そのまま迷うことなく執務室に向かえば、果たしてそこにジンは居た。
    「ここ数日、時折動きが鈍かったように感じていたが、まさかそこまでひどいのか?」
    「さあな、俺もこの現象は初めてだから何とも言えないんだ」
    簡単に宝石のことを伏せて説明をすると、どうやら思うところはあったらしいジンは心配だからと二日間の休みをくれた。ただ、その説明でさえも宝石が増えたか、拡がったか。自分の体なのに自分の体ではなくなっていくその感覚がおぞましく感じる。
    大団長が遠征にほとんどの騎士を連れて行ってしまい、人手が足りないのにも関わらず即断で休暇をくれたジンに悪いなと思いつつ、その足のままワープポイントを経由して不卜廬に向かう。
    こういう時に旅人の不思議な力は便利だな、と思う。各地にあるワープポイントのことをただのオブジェとしか認識していなかったのだから、それを使っているのを初めて見たときは目から鱗が落ちる様だった。
    不卜廬にたどり着くと、偶然にも受付で七七と話している白朮の姿が目に入った。
    「白朮ー! 今ちょっといいか?」
    「おや、旅人じゃありませんか。お元気そうで何よりです」
    「その人、知らない人。会ったこと、ある?」
    「いいや、コイツは初めて見た顔だな。用って言うのはソイツについてか?」
    三者三様の反応にまあそんなところとサラリと返した旅人の様子に手馴れてるなぁと思いつつ、ガイアは二人と一匹を観察する。
    ――受付の奥に隠れている少女はただの少女では無いのだろう。自身の持つ氷元素が共鳴反応を起こしていることが感じられるため氷元素の神の目を持っていることは確実だ。背の高さこそクレーに近いが、彼女と違って何も分からない幼子では無さそうだ。
    旅人から白朮と呼ばれた男性は柔らかい物腰ながら隙がない。薬師として長く続けてきたのだろう、病人が隠してしまいがちな症状を見落とさないための視線をじわりと感じる。彼の首に巻きついている蛇もかなり厄介そうだ。人間相手であればどうにか誤魔化せたとしても、動物相手には上手くいかないことはある。というか。
    「……今サラッと流してたが、喋れるんだな」
    「ん? ああ、私のことか? 今どき喋る生き物なんて珍しくもなんともないだろう」
    「まあ、あまり深くは尋ねないことにしておくさ」
    回答を誤魔化しつつ、会話を続けている旅人たちの方に意識を向ける。ちょうど、これから本題に入るところのようだ。
    「傷が宝石に……?」
    「ああ。それで、ローデシア……ええと、純水精霊が言うには、それの原因はガイアの心だって。治せなかったら、ガイアが宝石になっちまうって……」
    泣き出しそうなパイモンの言葉を受けてふむ、と考え込むそぶりを見せると、「少し待っていてください」と言って店の奥に入っていく。ほどなくして帰ってきた白朮の手には分厚い本が握られており、それに何か記述があるのだろうと予想できた。
    「まさかこの数日の間に同じ病の方が訪れるとは思っていなくて、この本をしまい込んでいました。けれど、ええ、治す方法はあるはずですよ」
    こちらをご覧ください、と開かれたページにあったのは、色とりどりの宝石だった。だが、そのいずれもが人の肌に埋まっているように見える。
    「これは……この人たちは、体に宝石を埋め込むとか、そういう人たちなのか?」
    「いいえ、これは体が宝石になっていく病気――進行性体組織宝石形成症候群にかかった人たちです」
    「しんこーせー……なんだって?」
    進行性体組織宝石形成症候群、通称宝石病は、全身が宝石に変わっていく病気なのだという。具体的な感染経路は不明、医学的な治療法はなく、放っておけば宝石の像になって目を覚ますことはない。
    「それじゃあ、ガイアは――!」
    「待て待て、さっき先生は治す方法があるはずだと言っていただろう? 医者として、薬師としての治療法がないってだけだ。違うか?」
    慌てたパイモンをなだめるように、諭すように、さっきの会話を思い出しながら声をかける。普段は警戒心をあらわにされるが、それでも彼女にとって心配の対象らしい。それがうれしくて、少しちくりとした。
    「どうやら、発症者本人の方が落ち着いているようですね。ええ、私たちが薬でサポートすることはありません」
    この病は外的要因による発症ではない。発症者が隠したいけど隠したくないと思っていること、その想いの捻じれが原因で発症に至る。これを治す方法はとても簡単で、難しい。発症者が隠したいと思っていることを明かして、受け入れられること。
    「そう、か」
    「はい。簡単だけど、まったく簡単ではありません。……一つ、質問しても?」
    「……ここで明かしたとしても、俺のこれは治らないだろうな」
    「その方は――赤い髪の人。違いますか?」
    「っ、」
    ああ、失敗した。こんな反応では肯定しているも同義だ。だが、目の前の男は迷うことなく病の原因だろう人の特徴を言い当てた。ふっと、瞳に込める警戒を強める。しかし白朮は気にした風もなく、からりと笑った。
    「先ほども言いましたが、同じ症状の方がつい先日いらっしゃったんです。本来ほかの患者さんのことは言わないのですが、この病は特殊ですから」
    感染は基本的にしないが、発症者の秘密が個人に関係する場合に限り、ごく稀にその個人も宝石病を発症する。
    「その人は、初めてここにある宝石を見たとき、これは自分の感情ではないと感じたそうです。ガイアさん、あなたはどう思いますか」
    ここ、と胸を指し示す仕草に思わず自分のそれに手のひらをかざす。ここにあるのは間違いなく自分の本音で。それが誰かのものだと感じたことはない。
    「宝石病の伝染については、元々発症していた人のものが一時的に現れる。それから少しすると自分のものになる。この本にはそう書かれています。ガイアさん、あなたが初めて見た宝石は――アイオライトではありませんか?」
    答えられなかった。相手が誰でどうしたら治るのか、理解していた。
    「さて、どうだろうな。……参考になったぜ、ありがとな」
    「いえ、お礼でしたら完治してから。この本には治療法は載っていてもそれ以上は載っていませんから」
    ああそれと、と付け足した言葉に、その場の空気は冷たく凍る。
    「宝石病は進行すると五感を失います。戦闘はなさらないでください」
    「オイラたち、さっき戦っちゃったぞ!?」
    「旅人! 今すぐアカツキワイナリー近くの七天神像にワープしてくれ!」

    ワープするや否や、ガイアは迷うことなくアカツキワイナリーへと駆け出した。後ろでパイモンが「おい、どうしたんだよガイア!」と叫んでいるが、それに構ってなどはいられない。
    ガイアの心を占領してやまないあの男は、きっと無理をしてでも己の信念を貫くだろうから。
    バタン、と扉を勢いのままに開けると、驚いた顔のアデリンがまず視界に入った。
    「ガイア様……? どうかされましたか?」
    「はぁ、ハッ、アデリン、旦那は、ディルックはどこだ!?」
    「今はご不在です。奔狼領の拠点に向かうと伺っております。……詳しくは帰ってきてから説明してくださいね」
    「ああ、約束する」
    自分がこの家にいたときから変わらない聡明さに感謝しつつ、すぐに踵を返して奔狼領に向かう。確かにそこには拠点がいくつかある。その中で彼が向かうとしたら――
    「アビスの、拠点だ――!」

    普段であれは片腕を焦がしてでも切りかかるところを、舌打ちをして飛びのく。この病は本当に厄介だ。先ほどアビスの魔術師の炎を受けた左腕は宝石に変貌している。ヒルチャール炎斧の攻撃を受けた脇腹も、地面にわずかに生えた草が燃えてやけどを負った足も。怪我という怪我がすべて、宝石へと変わりつつある。
    「チッ……! しつこいな……!」
    いい加減終わらせようと、両手でしっかりと獲物を握って炎元素を集める。
    「判決を……下すっ!」
    ゴウ、と炎の鳥が辺りを焼き尽くす。炎を操るアビスの魔術師以外は一掃できるはずだ、と視線を辺りに巡らせると、思ってもいない光景に動きが止まってしまった。
    「なんで、こんなに……」
    ――何もかもが、燃えているんだ?
    同時に、自分が熱を感じられていないことに気付く。先日訪れた薬屋で聞いた話を思い出す。
    「……僕が最初に失った五感は、熱。触覚、か」
    だから、そう。いつの間にか自分を囲うようにアビスの魔術師が術を発動していたことも、自分を突き飛ばした冷たい男のことにも気付けなかった。

    「ディルック!!」

    なぜ、と思う暇もなかった。突き飛ばされて壁にぶつかり、息が詰まる。何とか視線を上げた先には、炎に焼かれながらもその身から冷たい氷元素を放つ義弟の姿があった。
    「ガイ、アっ」
    喉は炎で焼かれてしまったらしく、思うように声が出せない。けれど義弟には届いたようで、小さく微笑んだ彼は口だけを動かして「任せろ」と、確かにそう言った。

    「さて……闇夜の英雄様相手なら、お前のような炎の魔術師は強気に出られる。だが、俺が相手だとそうはいかない。違うか?」
    「キサマ! 騎士団の……!」
    「ああそうさ、俺が来るとは思っていなかったって顔だなあ。――今すぐここを離れるか、氷漬けにされるか。五秒以内に決めろ」
    「ククク、そんな傷だらけのキサマに言われて引き下がる我々では……?」
    しかし、アビスの魔術師が放つ炎は微々たるもので、何度も繰り返すうちにとうとう見えなくなってしまった。
    「どうした? 自慢の炎は出さないのか?」
    まるでそれが予想通りだと言いたげな、それでいてどこか怒っているようにも聞こえるガイアの声に驚きを隠せない。彼が声に飾らない感情を乗せているなんて、一体いつぶりだろうか。
    「ああ、そうか。出さないんじゃなくて出せないんだったな」
    すまんすまん、と上辺だけは楽しそうに声を震わせる彼は、泣きそうなのに我慢しているように感じる。しかし、なぜそう思ったのか、ディルック自身にもわからなかった。
    「キサマ……! 何をした⁉」
    「何をした? 俺はただ氷を生み出しただけだよ。この、炎元素で満ちていた洞窟の中で、な」
    ガイアはゆっくりと言葉を紡ぎながら、指先からわずかに氷元素を発生させる。権を持たない左の掌の上で弄ぶようにしばらく転がすと、背中越しに彼がアビスの魔術師に視線を向けたことがわかる。つられてそちらを見ると、どうやら炎を放とうと躍起になっているらしい。何度杖を振ろうとも、杖の先に炎元素を集めようと、生まれた炎はすぐに消えてしまう。炎元素が発生していないわけではない。その証拠に、ガイアが先ほどから手のひらの上で転がしている氷は、アビスの魔術師が炎を生み出す度に融けて水になっているのだから。
    (ああ、そうか。君の狙いは――)
    ガイアの思惑に気づいたディルックは、体の力を抜いて洞窟の壁にもたれなおした。万に一つも、この洞窟の中でガイアが負けることはない。そう確信を持ったディルックは、体力を回復させることに集中することを決めた。
    アビスの魔術師は、いつの間にかひどく消耗していたシールドを張りなおそうとする。しかしその努力もむなしく、完成したそばからひびが入って消滅してしまう。
    「どういうことだ……。これではまるで、雨の中と同じではないか……」
    呆然としたアビスの魔術師の声に、そうだろうなと短く返事をする。
    「氷は融けて水になる。水を熱すると水蒸気になって空気に溶ける。今この洞窟は、水元素に満ちているってことだ」
    「ふざけるな! 氷元素と炎元素、そして水元素の反応は独立しているはずだぞ⁉」
    「ああ、そうだ。だからこれは元素反応じゃあない。別の世界では水の状態変化、なんて呼ばれているらしいぜ?」
    別の世界の話、というからには旅人から聞いたのだろう。あの異郷の友人は見た目以上に知識も経験も豊富だ。
    だんだんと呼吸が苦しくなってきて、思考に靄がかかってきたように感じる。水元素の濃度が高くて水中と状況が近いからなのか、それとも病が進行しているからなのかはわからないが。
    「元素反応だけでも複雑だというのに、それ以外にも反応や変化があるとは、ずいぶんと面白い。そうは思わないか?」
    返答を一切期待していない言葉を放ちながら体を左右に揺らす。ゆっくりと近付いて、星を宿した隻眼でアビスの魔術師を見据えたガイアは剣先に氷元素を集めた。
    「さて。水元素に満ちたここは雨の中と同じだってことはわかってもらえたよな。それが氷元素を扱う俺にとって都合がいいことも」
    「ま、まて、話せばわか――」
    薄っぺらい笑顔を張り付けたガイアは、慌てて命乞いを始めたアビスの魔術師に容赦なく霜の襲撃をぶつける。
    「凍れ。文句なら、俺がそっちに行ってから聞いてやるよ」
    氷漬けになったアビスの魔術師を片手剣で砕くと、塵となって消えていくそれを静かに見送った。
    この洞窟に入ってから初めて振り返ったガイアの表情は、少し悲しそうな、それでいて造り物ではないとわかるぎこちない笑顔をしていた。
    ディルックをじっと見つめて、問いかける。
    「今度は、間に合えたよな?」
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