ムーンナイトティーパーティー 談話室から戻る道すがら、ルチルとミチルは廊下でスノウとホワイトに出くわした。
夕食後から少し経ち、そろそろ自室に戻って自分の時間を過ごして寝支度をという時間だったが、スノウとホワイトは絵の中ではなく昼間と変わらない姿でいる。抜け出る気になれば出てこられるとは言っていたので、それ自体は不思議なことではないのだが、意外な時間に意外な場所で出会ったものだから、兄弟はふたりして少なからず驚いたのだった。
「スノウ様、ホワイト様。こんばんは」
「こんばんは! こんな時間に、どうしたんですか? お腹空いちゃったんですか?」
ルチルとミチルが挨拶をしてから尋ねると、双子はにっこり笑ってそれぞれふたりの腕を抱くようにして捕まえた。その様子は、一見すると幼い子どもが年上の相手に甘えているように見えるが、スノウとホワイトがただ甘えるような仕草をしているだけではないことにルチルは何となく気づいていた。ふたりは、なにか明確に用事があってこうしているのだと。
「そなたら、少し付き合わぬか?」
「付き合わぬかっていうか、付き合うのじゃ」
「私たちにお手伝いできることでしたら、ぜひ」
「はい! ご一緒させてください!」
双子の問いに、ルチルとミチルは顔を見合わせ目配せで確認しあって頷く。すると、それを待っていたようにスノウとホワイトは満面笑顔になってふたりの腕を抱き締めた。
「うむ。それでは早速出発しようかの」
「楽しい夜になりそうじゃな」
「素敵な夜になりそうじゃな」
「どちらまで行くんですか?」
「「すぐそこじゃ」」
「「すぐそこ……?」」
ふたりがそう言うからにはすぐそこなのだろう。少なくとも、誰かに一言断らなくてはいけないような距離ではないのだと解釈して、スノウとホワイトの手に引かれながら兄弟は歩いた。
そうしてやってきたのは裏庭で、何があるのかと辺りを見ているルチルとミチルを待たせてスノウとホワイトは呪文ひとつでその場にテーブルと椅子、ティーセットを用意した。
テーブルの上と、それに近くの樹にはランプも下げて周囲は昼間ほどではないが不自由しない程度に明るくなり、兄弟はわあと歓声をあげる。
「まあ! お茶会だったんですね」
「外に出るまでに誰かと会ったら、その者を誘うということにしておったのじゃ」
「誰にも会わなければ我らふたりきりじゃったが、そなたらが通りがかったのでのう」
「こんな素敵な会に誘ってもらえて、嬉しいです! さっきお二人にお腹空いてたんですかって訊いてしまいましたが、実はお腹が空いてたのはボクなんです。えへへ……」
「それは僥倖じゃ。今夜はとっておきの菓子とお茶でそなたらをもてなそう」
こんな時間の外へ何をしにいくのかと思っていたが、そういうことだったらしい。昼間のお茶会とはまったく雰囲気の違う席に心踊らせながら、ルチルとミチルはスノウとホワイトに勧められた席につく。
テーブルの上に並んでいるのは四人分のティーセットと、ほどよい大きさの丸いクッキーだった。とっておきと言う割に華やかさはあまりないが、素朴で安心感を覚える組み合わせである。
透明な硝子のティーポットには何らかのお茶とみられるものが入っており、それをいまからカップに注ぐのかと思いきや、スノウはポットの蓋を開けると傍らに置いてあった花の蕾を中に落とした。
「これは、月夜に開く花なんじゃ。この間の新月のときに摘んできたんじゃよ」
スノウがそう説明している間に、蕾はすぐにポットの底に沈んでそこでわずかばかりほころんだ。月夜に開く花―と、ミチルがふと振り返れば、空には煌々と月が輝き、お茶会の席を見つめているようだった。この光を受けて、花が咲くのだろうか。
「見て、ミチル。ポットの中の花が開いてきたよ」
「あっ、本当だ! すごい……きれいです」
ルチルに呼ばれてミチルがポットに視線を戻すと、スノウが花を落としたときよりも花が開いていた。花の入ったお茶には見覚えがあるが、今夜のそれはまじないか儀式のような不思議な感じがして、ルチルもミチルも覚えず黙りこんで花の様子を見つめる。南の国にいたときに学校の授業でやった植物の観察にも似ているけれども、やはりそういったものではないと肌で感じていた。第一、新月の夜に摘んできた蕾だ。摘んでから時間が経過しているのに枯れてもいない、それどころか花びらが開くなんて―ただの花ではなく、魔法植物なのかもしれない。
「開ききったかのう?」
「たぶん……?」
ゆっくりと開ききった花を確認して、ホワイトがポットを手に取りカップに注いでいく。小さくても手つきに危なげはなく、手際よく注ぎ終わるとカップを全員の前に置いた。その表面には、月がうつるように。
やはり何かのまじないか、儀式か、訊いてみようかと思いカップを覗いていたルチルが顔を上げたが、そんなルチルの行動を見通していたかのように、スノウもホワイトも少し勿体ぶるような笑みを浮かべていた。
「まあ、ほとんどご明察じゃな」
「とはいっても、験担ぎみたいなやつじゃから怖がらなくても大丈夫じゃよ」
「じゃあ、このお茶は縁起物なんでしょうか?」
「このクッキーもですか?」
「さよう。月夜に開く花を沈めたお茶に、月のようにまあるいクッキー……。《大いなる厄災》は世界を脅かすが、人間やそれ以外のものに力を与えもする」
「気のせいかもしれんがの。だから験担ぎ程度のものじゃ」
それからスノウとホワイトが言うことには、もうすぐ任務に出るから気分を盛り上げたいということらしい。北の魔法使いは皆魔力が強く、そして長生きだから自分達が緊張するような内容の任務でも普段のペースを乱すことはないと思っていたふたりは、驚きと不思議な好奇心を抱きながら意外そうに双子たちとテーブルの上のお茶と菓子を交互に見た。
この世界を破壊せんとする月に見立てたものを口にしてしまおうだなんて、自分達では決して思いつかないことだ。
「厄災を食べちゃうんですね」
「厄災もこうしてしまえば、ただ可愛くて甘いだけじゃからのう」
「これは我が焼いたんじゃよ。我の手は冷たいからの。菓子作りに向いておるのじゃ。好きなだけ食べるがよい」
「やったー! いただきます!」
ホワイトが焼いたというクッキーを食べてみると、外はさっくりと、口のなかではほろっと崩れて甘味とバターのいい香りが広がり、すぐに兄弟を虜にした。ネロや賢者が作ってくれるものとは違う味がすること、そしてホワイトの手料理を食べるのは初めてかもしれないということを思うと「とっておき」の意味がやっと分かったような気がする。
ポットの中に花咲くお茶も、なんともいえず良い香りは紅茶ともハーブティーとも違う芳しさだった。少し口をつけてみれば、その香りがふっと広がって自分達を包みこむようにも感じられる。ルチルとミチルは、互いに顔を見合わせ幸せを惜しみなく笑みに浮かべた。
「素敵な験担ぎですね。部屋に戻ったら、忘れてしまわないうちに今夜のことを絵に描きます!」
「ボクも! ノートにこの花のことと、験担ぎのことを書いておこうと思います」
「楽しんでもらえたようで何よりじゃ。我ら嬉しい!」
「付き合ってくれてありがとう、ふたりとも。これで次も頑張れそうじゃ」
ルチルとミチルの笑顔をみたスノウとホワイトは、月光よりもやわらかくほほ笑み返すと、クッキーをそれぞれひとつずつ手に取り互いの口へ運んだ。
「楽しい夜になったのう」
「素敵な夜になったのう」