エンドロール テレビの中の男女は、めかしこんで摩天楼のホテルでディナーをとっている。しかしその装いに反して、彼らの表情は明るくない。テーブルランプが映し出すのは、静まり返った二人の顔だ。物語も終盤のシーンだから、そろそろ別れがやって来るのだろう。それか、もしかしたら奇跡的に恋愛が上手くゆくか。破綻しそうになったそれが、今さら解決するとは思えないが。
俺はそんなことを考えながら、深夜モノクローム版の恋愛映画のディスクを持って来た狡噛を見た。ソファに座る彼は何も考えていないように見えた。多くの人がそうであるように主人公たちに感情移入することもなく、ただ映画を評論するように見ているようだった。一方の俺はただ二時間を無駄にしただけで、何も得てはいなかった。古い恋愛映画、歯のうく台詞、美貌の男女が抱き合うさま。俺はそれらを見て、早く終わってくれと思った。そろそろ時間だ、十二時を過ぎる。俺はそれまでに狡噛と言葉を交わしたかった。
「二人が別れるか、結ばれるか賭けをしようか」
狡噛は突然そう言った。しかしどう考えても賭けにはならない気がする。画面に映る男女の仕草全てが、別れを示唆しているように見えたからだ。
「絶対に別れるにベット。お前もそうだろう?」
「さぁ、奇跡は起こるかもしれない」
「じゃああの二人が結ばれるとも?」
「どうだろうな」
狡噛はそう言って、またテレビ画面に視線をやる。俺はそれを見つつ、いつか別れるであろう男女を見た。二人はどうして別れるのだろう。何もかもうまくいっていたのに、少しのずれが彼らに別々の道を提示した。そうでなければ、二人は凡庸な幸せを手にしていたかもしれない。けれど恋愛とはそんなものなのだろう。一度手に入れかけたものを失ったのは俺も同じだ。俺たちだって佐々山が殺されなければ監視官を勤め上げて、厚生省にいたかもしれない。そしてずっと約束していたように、結婚していたかもしれない。しかしそこでは俺が父と和解することはなく——彼が死ぬこともなく、縢が失踪することもなかったのだろう。現在の自分と、もしかしたらあったかもしれない未来と、一体どちらがいいのかは分からない。ただ、もう選べないということだけは確かなのだった。
「あぁ、別れた。賭けはギノの勝ちだな」
狡噛が言う。賭けにもなっていなかったそれに、俺は少し笑って、狡噛に寄りかかった。彼は何も言わなかった。賭けに勝ったところで欲しいものもない。今この時があるだけで充分だ。そんなこと、俺は絶対に言わないけれど。
「明日の書類仕事を頼むよ。花城がなんでも放り投げてきて困ってるんだ。お前はあまり仕事をしないから」
そう言うと、狡噛は「無欲だな」と笑った。そしてこうも言った。「お前が望むんなら、さっきの映画のフルコースみたいに抱いてやったのに」全く馬鹿らしい言葉だ。
「それじゃあそれも追加しようか。後数分で俺の誕生日だし?」
俺がそう言うと、狡噛は笑って俺の額にキスをした。テレビの画面の男女は、もう別々の道を歩んで行っていた。狡噛はどうして、こんな映画を俺に見せたのだろう。簡単な賭けをするため? 俺には理由が分からない。けれどやさしいキスが、とん、とんと唇をこじ開けるのを見て、彼の寂しさを見たような気分になった。大昔大きな賞を取った恋愛映画。しかし恋愛は必ずしも幸せな結末を迎えるかは分からない。
「さぁ、日が変わる前にベッドルームに行こう」
狡噛がそう言って、俺の腕を引いた。テレビにはエンドロールが映っていた。俺はどうしてかそれを見たくなって、けれど彼の邪魔をしたくもなくて、ただ導かれるままにベッドルームに向かった。
恋愛映画を見せて口説くなら、幸せなものを選んだらよかったのに、なのに狡噛はそうしなかった。その理由は分からない。ただ、作品の評価で選んだのだろうか? だとしたらどこまでもお堅い男だ。
「なぁ、狡噛、キスを……」
ベッドになだれ込みながら俺は遠くから聞こえるエンドロールの壮大な音楽に耳を傾ける。狡噛、狡噛、狡噛。早くあれを聞こえなくしてくれ。他人の不幸に、結ばれないと不幸とこじつけてしまう俺が現れないように、何もかも聞こえなくしてくれ。
俺はそんなことを考えながら狡噛の背中に腕を回した。そして昔、自分の誕生日を祝ってくれた仲間たちのことを思い出した。父、六合塚、唐之杜、縢、それから狡噛。狡噛はそんな俺を思ってか、過去の俺を抱くようにセックスしてくれた。俺は彼の愛撫に喘ぎながら、過ぎ去ってしまった幸せな時代を思っていた。