届かない声身体の奥の方から、ぐちゅぐちゅと気持ち悪い水音が響く。粘性の高い液体は、五条がもたらしたものではない。五条の身体を拘束し、好き勝手に弄んでいる変態どもが何度も射精したのだ。
到底、人がこなせるはずの無いような膨大な任務量を押し付けられ、疲弊しきっていたところに上層部から呼び出しをくらって、迎えの奴らの車に乗って京都に向かった所までは記憶にある…が、
クソ。油断した。死ねよ変態。
と、内心で呟く。
思考を外に飛ばしていることに気付いたのか、男が強く五条の身体を揺すった。意識が引き戻される。内部に埋め込まれたグロテスクな感触を認識してしまって、再びの嘔吐感に襲われた。きもちわるい。そう呟くが、男はまったく気にした様子はなく、むしろ顔を歪めた五条を見て喜んだようだった。内部の質量が増す。変態め。そう思ったが、貫かれるような存在感に圧迫されて、もはや声は出なかった。好きなように腰を振り、好きなように射精しては、次の男がまた好きなように犯す。その繰り返しだった。替わった男は、まったく反応しない五条にじれて、強く腹を踏みつけた。
「あえげよ、どんだけ高い薬使ったと思ってんだ。」
舌打ちをされた。知るかそんなもの。意志も何も無視されて拘束されて薬で身体を弛緩させられて、勝手に突っ込まれて揺すられて、それでどうして気持ちよくなれると思うのだろうか。
AVみたいな展開を妄想してんじゃねぇよ。変態共め
「生憎、毒物には耐性があるんでね。そんな安物じゃ、勃たないよ」
幼い頃から毒物を服用させられてた為、耐性があるというのは嘘ではない。しかし、そういう問題ではないのだ。
もともと五条は性欲の薄い方だった。
五条家の当主としての役割と、女性との関係を初めて経験した時も、その性器を目にして興奮よりも忌避感を覚えたほどだった。
人間の性器はグロい。海綿体が充血して硬く肥大化する様も、内部から液体を分泌して異物を迎え入れようと蠢く様も、
そういった性行為を五条は受け入れられなかった。
なので、媚薬を飲ませられても反応しない今の状態は、五条にとっては当然だった。肛門の内部にあるという前立腺を刺激されようと、五条はまったく反応しない。ただ、我が身を貫く生暖かい暴力に必死に耐え、吐き気を押さえてじっとしているだけだ。
唇をかみしめて痛みと不快感に耐えていると、内部に熱い感触が飛び散った。何度目かも分からない射精だった。
「ちっ、つまんねえ。」
「いいから替われよ、こいつを貶められるならなんでもいい!」
「少し力があるってだけで好き放題しやがって。気に入らねぇんだよなこのクソ餓鬼。」
下卑た笑みで次の男がのしかかる。いつになったらこの行為は終わるのだろうか。五条はもはやあきらめていた。両手首を拘束する麻縄のせいで手首は擦れて血が滲んで、薬のせいか力が入らない。左足は強く縛られすぎて青紫に変色している。最初は激痛を感じていた体は既に麻痺して痛みを感じなくなっていた。
無限を張ろうにも、何かの術式に阻まれている。対五条用にと、部屋に予め仕掛けてあったのだろう。
性的な方法では五条を害することが出来ないと、早々に気付いた男たちは、苛立ちをすべて暴力に変えてぶつけたのだった。
そうして何時間たったのだろう。終わる気配はない。五条は疲弊しきっていた。やめろと叫び続けていた声も涸れ、音にならない。
男たちは意地になっているようにも見えた。媚薬も何度も繰り返し飲まされた。けれど五条はまったく性的興奮を覚えないどころか、代わりに意識が朦朧とし、異常な程の動悸と息苦しさだけが増していった。
どうすれば勃起して射精することができるんだっけ?あれ?
もうそれで解放されるなら、と思えたが体の方は全くで
無理矢理口をこじ開けられ、青臭い液体が注がれる。その度に何度も嘔吐した。
傑、傑、傑、何度も心の中で恋人の名を呼んだ
こうなるなら、いつまでも拒んでないで さっさと傑とシとけばよかったな
魚のように口を開閉させて必死に呼吸する。それでも酸素が足りないような気がした。視界が白くかすんでいく。
ああ、気を失うのだ、と安堵した。これでもう……
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五条が京都に向かってから既に2日が経っていた。
メールも開いた形跡がない。電話も出ない
不審に思った夏油は夜蛾に相談したが、実家にも帰った形跡はなく、行方不明。
夜蛾に車を出してもらい、一緒に京都へと向かうことにした。
上層部に掛け合ったが、知らぬ存ぜぬの一点張り。
思い当たる場所をしらみ潰しに探しようやく見つけた悟を見て息を呑んだ。
身体の至る所に痣ができ、うつぶせに近い体勢で、両手は頭の上にまとめられ、柱に結びつけられていた。太い縄で縛られた手首は、抵抗したのだろう、擦れて血が滲んでいた。身体にはまんべんなく白濁がかかり、ほとんど乾いて異臭を放っていた。マットレスに残る吐瀉物もひどい匂いだった。臀部からは血が滲み、内部からどろりとした粘液が漏れだしている。
夜蛾と夏油は、もしかしたら五条は既に死んでしまっているかもしれない。と肝を冷やした。
慌てて駆け寄り状態を確認すると、まだ息はある。何度か頬を叩いて呼びかけると、五条の目が薄く開かれた。細く開いた瞼の奥によどんだ闇があった。ひやりとしたその青を目にして、夜蛾は五条をそっと抱き上げた。
「救急車を…」と夏油に言い、破かれてどろどろに汚れている衣服を適当に着せ付けて、一見では異常を悟られないように装う配慮を払ってやる。
誰が敵か分からない地で高専の医療者を頼るより、救急車を呼び一般の病院を受診させるのがいいと判断した。
「センセ…?」
「気が付いたか悟、今救急車を…」
そう言った夜蛾の腕を、力の入らない手で掴み首を横に振った。
「だいじょ…ぶ、帰って、ふろ…入りたい」
抱えた五条の身体は軽く、冷え切っていた。少し力を入れれば壊れてしまいそうなほど細かった。儚いガラス細工を扱うときのようにやさしく、だがしっかりと、脱力した身体を抱えこんで車へと運んだ。高専への帰り道、夏油は何も言葉を発する事はなく、意識の無い五条を抱き抱え、ただひたすら何かに耐えるように、きゅっと唇を結び車窓から外を見ていた。
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「俺は硝子に事情を説明して呼んでくる。夏油、オマエはそう思い詰めるな。これは俺の責任だ。早く部屋に戻って悟を綺麗にしてやってくれ」
灯りのない、誰もいない静かな自室に入ってそこで初めて、夏油は息を吐いた。脱力した身体を抱えたまま靴を脱ぎ捨てて、風呂場へ直行した。服を着たままの五条を浴槽へと寝かせると
上着を脱いで腕をまくる。
開いた口からは細い息と、白濁がこぼれている。舌打ちをする。五条をこうした奴らに対する怒りが湧いてきた。
常にひょうひょうとし、何人たりとも触れさせる事のない悟がここまでボロボロに傷つけられている。それは、夏油の中の正義感と、独占欲とを同時に刺激した。
「くそっ。」
お湯を出して、皮膚を刺激しないようにぬるめに調節し、五条を抱き上げて服を脱がせながら、冷えた身体を温め、全身の体液を流していく。手足、髪を流し、骨が折れた箇所がないかをさすって確かめる。
白く細い裸体のありとあらゆるところが青痣になっており、痛々しい。内臓を痛めてなどいれば、命の危険もあるだろう。夏油は細心の注意を払って汚れを落とす。ごぷ、という濁った音が下から聞こえた。見ると、血の滲む尻からも男の体液が流れ出している。
「どんだけヤッてんだよっ。」
直視するのもためらわれたが、そろりとそこに手を伸ばした。手探りで指を伸ばし、緩くシャワーを当てる。しかし、陵辱の証拠は後から後からこぼれでていた。すべて流そうと、傷ついた肛門に微妙な力加減で指を当てた。指先だけを差し込み、押し開く。それだけでこぼれ出す量がどっと増えた。必傷つけないようにゆっくりと動かして奥の方から中の液体を掻き出した。五条は、死んだように眠り続けている。ぴくりとも反応しない様子は、まるで陶器の人形のようだ。なまじ外見が整っているだけに、その様子は痛々しく、しかも淫靡だった。
下の汚れを掻き出した夏油は、一度五条を座らせると、一度、深く息を吐いた。
気が狂ってしまいそうだった。
ぐったりと夏油に身体を預けて弱っている、その傷ついた恋人の姿に、夏油は劣情を感じていた。
そして、そんな彼に欲情した自分を、嫌悪する。
台所へ向かいコップを手にして再び浴室に戻る。口をこじ開けると、中には雄の匂いが満ちていた。
軽く水で口中をすすがせ、もう一度覗く。奥まで凝視すると、やはり、飲まされている痕跡が見えた。他の男のものが、五条の体内にある。そう考えただけで怒りが増す。もう一度水を飲ませ、片手で引き寄せた洗面器の上に俯かせた。跨ぐようにして身体を支えながら、口の中に指を突っ込む。二本そろえて、舌の根本を軽く押すと、意識の戻らない五条が嗚咽をこぼして力なく足掻いた。
「ごめんね。少し苦しいけど、ほら、吐いて。」
口中に異物が入ったことで、五条の口からは涎があふれ出していた。吐気に、脱力したままの身体がしゃくり上げるように跳ねる。
「う、ぇ…ゲホっ、オエ、…」
何度か舌を押されて、五条は腹の中のものをぶちまけた。おそらくは暴行中にほとんど吐いたのだろう。固形物はほとんど無く、白く濁った液体ばかりが吐き出された。酸の匂いが鼻をつく。
嘔吐が体力を奪うのを分かった上で、夏油は黙って、水を飲ませては吐かせるという行為を繰り返した。
ただひたすら、他の男の体液が五条の腹の中に留まっているのが耐えられなかった。
吐き出されたものがほとんど水と変わらない状態になったのを確認すると、
何度も吐かせたことで、冷え切ってしまった体を抱きしめた。
腕や腹をさすってやり、シャワーの温度を調節した。自分もびしょびしょに濡れたが、もう構わなかった。
「しっかりしてよ…悟…起きて…起きろよ!!!ねぇ、悟…」
何度も呼びかけたが、五条の瞼は固く閉ざされたままだった。
シャワーの音が夏油の嗚咽をかき消すように浴室に響いていた。
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全身打撲、肋骨にひびが入り、内臓も痛めつけられ、排泄器官と消化器官が荒れた状態だった。
硝子は五条の体を入念に調べて、綺麗に傷を治していく。
普段、悪態ばかりをつく硝子だが、五条の事はそれなりに大切にしていた。怒りが湧かないはずがない。
溢れてくる感情をどうにか押さえて、治療を終えた。
「傷は治したよ。」長時間拘束されて暴行された事で体力が落ちてるから、この後もしかしたら熱出すかも。と、その時のために準備をする。
「ありがとう硝子…」
「バカな事は考えるなよ。夏油、冷静になれ。」
「何が?私はいつでも冷静だよ」
そんな目をして、どこがだよ。と硝子は内心ため息を吐いた。
「夜蛾先生が、上に話をしに行ってる。オマエは五条の側に居てやれ」
夏油の背を叩き、硝子は部屋を後にした。
五条は深く深く眠り続けている。
青白く顰められた表情はお世辞にも安らかとは言えず、時折うなされていた。言葉にならないそれが、途切れ途切れに「やめろ、たすけて、いやだ、」と拒否の言葉を繰り返していた。
「やだ、助けて、すぐる!すぐる!」
「悟!私はここだ。ここにいる。」
五条が目を覚ましたとき、怯え、錯乱して、叫んで暴れた
夏油を夏油であると認識するのに時間がかかったが、自我を取り戻すと、既に自分が助けられたあとだということまでをすぐさま理解した。
硝子の診察を受け、診断を一通り聞いた五条は、
「オレ、カッコ悪りぃね?」
かすれた声で、いつも通り振舞おうとする姿は、痛々しかった。
「悟」
夏油はゆっくりとその細い身体に触れた。男の手にびくりと怯えを見せる五条に、夏油は何度も何度も、忍耐強く呼びかける。
虚ろな狂気を宿す青い瞳が、鬱陶しそうに夏油を見た。
落ち着かせようと、ゆっくりとその頭を撫でると、五条は「キッショ…」と呟いた。そうだね、と返すと、馬鹿じゃないの、と悪態が返ってきたが、夏油は止める気はなかった。
静かな部屋で、静かに、言葉を交わした。
「泣かないの?」
「泣くわけねぇだろ。」
「そうか。泣けばいいのに。」
「は?何だよ!うぜぇよ。」
「ずっと私の名前、呼んでくれてたの?助けられなくて…ごめんね」
「遅せぇんだよ…すぐる」
「ごめん」
「これが傑だったなら良かったのに…何で…」
「うん。ごめんね」
「もう、大丈夫だから。」
薄い肩は小刻みに震えていた。嗚咽を零すこともなく、ただ、静かに涙だけを流していた。夏油は、その側に一晩中ついていた。
一晩中、名前を呼んでいた。