怪我人一名※捏造
※参考にしない
今日の任務は一級術師七海さんと補助監督である私の二人きりだ。いつも通り、私が下ろした帳に七海さんが入り任務を遂行して私はその間涼しい車内で待機する……はずだけど、今日は自分自身のステップアップがしたくてこっそり帳の内側で見学する気でいる。七海さんにバレたら大目玉を食らうのは確実だけれど、戦いが終わる前に車に戻れば問題ないだろう。今日の呪霊は愚鈍だと聞いているから普段よりは危なくないはず。愚鈍だけれど、術式を使うから一級呪霊に分類されたのだ。
一級術師と一級呪霊との戦いに巻き込まれたらひとたまりもないのはよくわかってるから、帳の内側と言っても帳にくっつくほどギリギリの内側に来た。本当は高いところで見学したいけれど、七海さんはあの物静かな雰囲気に対して派手に破壊するフシがあるので泣く泣く断念した。決して邪魔にはならないだろう場所を探して戦う七海さんを見つめる。
報告書でしか知らなかった七海さんの戦闘は私の想像なんかよりさらに豪快で、物理的で、そして理解不能だった。あの跳力はなんなんだろう。呪霊の術式と真っ向から対峙してネクタイを外し右手に巻きつけて、左手には鉈。
えぇっ窓からあんな術式の報告を受けたのに物理で戦うんですか!?ていうか呪霊が報告の五倍くらい大きいんですけど!?そんな、大丈……あれっ七海さん優勢!?今何が起きた!?ええっやっぱり全くわからない!
手に汗握るどころか酷暑のせいで全身に汗を流しながら見守っていると少しずつ息が荒くなってきた。やばい。頭も痛い。興奮しているからかな。少し座ろう。ああ七海さんの戦いはやっぱりどれだけみてもわからない。ビデオカメラを、持ってくるべきだった。ああそれにしても暑い。暑すぎる。七海さんスーツで戦ってるけど大丈夫かな……。
ハッと目を覚ますと送迎車の助手席で、首の下と脇、膝裏に何やら冷たい何かを挿しこまれていた。隣を見るとあの七海さんが運転している。私の脳はまずもう全てがバレており怒られることを真っ先に理解した。飛び上がって謝罪するはずが、起き上がるだけで激しい頭痛が襲いかかってきた。あれ?どうなってる?あれ?
「熱中症です」
「へ……」
「水は飲めますか」
「あ……え……?」
「飲めなければ死にますよ」
「……えっ?」
「事態を把握出来ていないだけなのか意識が朦朧としているのか……」
ブツブツと呟く七海さんは車を何処かへ停めて私の頬に手を当てた。ひんやり冷たくて気持ち良い……。テキパキとストローをスポーツ飲料のペットボトルに挿した七海さんは、助手席のリクライニングを上げて吸口を私の口元に運ぶ。ちゅーちゅーと吸い上げてこくりこくりと喉を潤していく。こんなに美味しかったっけ。七海さんの手ごとペットボトルを掴んでいたことに気付いたのは、半分ほど飲んでからのことだった。もう一方の手で高級車に似合わず備え付けられている団扇をパタパタと扇いでくれている。ああ、死にたい。
「あの……、本当に申し訳ございません……」
「説教は後で」
「あぅ……」
「体調を報告出来ますか」
「頭が割れそうです……。あと目眩がします……」
「ハァ───────……」
「ごめんなさい……」
「謝罪は結構。大人しく治療を受けるように」
「はひ……」
静まり返った車内で、脱いだ覚えのないジャケットと開けた覚えのないカッターシャツのボタンと脱いだ覚えのない靴と靴下が全て七海さんの応急処置によるものだという現実と妙に冷静に向き合っていた。中々あられもない姿だけれど、七海さんは私のこんな姿に欠片も発情しないという根拠のない確信があった。なんたって七海さんだし。
七海さんの運転で病院に向かい、点滴が終わる頃には頭痛はかなり改善されていた。普段の偏頭痛くらいになりましたと言っても頑なに運転席を譲らない七海さんの運転で高専へと帰ってきた。
高専に着いてすぐ医務室へと引きずられて行った。抱き上げようとするのを必死で拒んで自分の足でフラフラと辿り着くと、呆れ顔の家入さんにベッドへとねじ込まれた。クーラーと、タオルに巻かれた保冷剤がきもちいい。車からそのまま持ち出してしまった団扇でパタパタと仰ぐ。
「帳の中で蒸されてたんだって?」
「ごめんなさい……」
「謝るなら七海に謝んな。真っ青な七海初めて見たよ」
「え?」
「七海を追い出したけど、特に治療もいらなそうだしそろそろ戻すよ。怒られる覚悟は出来てる?」
「永遠に出来ません……」
「ん、呼んでくる」
「うう……」
家入さんが出ていってしばらくした後、コツコツと革靴を鳴らして七海さんが入ってきた。家入さんは一緒にいないらしい。深く深く溜息を吐いた七海さんがベッド脇の椅子に座った。
「どうしてあんな所にいたのですか」
「け、見学をさせてほしくて……」
「どうして」
「実戦を見ておいた方が日頃のサポートしやすいかなと……」
「……勉強熱心なのは結構ですが、一級の任務でやることではありません」
「ごめんなさい……」
ベッドに座る私に向けたお説教は一時間にも及び、終わる頃には熱中症よりもダメージが蓄積されていた。ああもう、バレないと思ったのに……。今度からはちゃんとスポドリとタオルを用意してから二級任務を見学しよう……。説教が終わったのに七海さんが立ち上がらず、かと言って何も話さないので不思議に思って顔を上げると真っ直ぐ私を見ていて少し肩を震わせてしまった。
「……体調は」
「もう大丈夫です」
「……倒れている貴女を見たとき、生きた心地がしなかった」
「ごめんなさい……」
「いえ。無事で良かった。……見学がしたければ丁度良い任務の時に声を掛けますので、二度とこんな真似しないでください」
「はい……」
「……貴女にもしものことがあれば、私は支えを失うことになる」
「え?どういうことですか」
「……。……ひたむきな貴女に救われているということです。……。……では、また」
「えっ、え?」
お題
夏の風物詩(団扇)
顔色