幸福と罪と罰を「いつか罰を受けるんだろうな」
ロナルドは足元に散らばる退治し終えた塵を眺めながらいった。
誰かに問いかけたかった訳ではなさそうだが、そこにいるのはロナルドと足元の塵、そしてその塵の同胞であるドラルクだけである。
ドラルクは言葉を発さない代わりに、沈黙で相槌を打った。
「正義を騙って吸血鬼達を沢山殺してきた。だから俺は…いつか背負いきれない罰を受けるんだ」
ロナルドはそういうと視線を足元からドラルクへと向けた。
少々センチメンタルになっているのかと思いきや、片側からしか確認出来ない彼の青い瞳には″後悔″や″懺悔″というものは無かった。
寧ろドラルクは彼のぶれることの無い真っ直ぐな瞳を美しいと思った。
自分の正義は誰かにとっての悪である。
ロナルドにとって退治人という職業は人々を助け、また憧れである兄がやっていた誇りのある仕事だ。
相手は吸血鬼。
今は昔程吸血鬼と人間が対峙する事は少なくなっているものの、まだ人間に対して害を与えようとする者も少なくない。
そんな相手を沢山葬ってきた。
これは人類にとっての正義なのだと割り切っていた。
人々に害を成す吸血鬼は悪なのだと。
しかしロナルドは一人の吸血鬼と運命的な出会いをしてしまう。
自ら手をかけてきた者たちと同じ吸血鬼に、恋をしてしまうのだ。
愛を囁きキスをして幾度も身体を重ね夜を共にした。
ドラルクは葬ってきた吸血鬼達とは違う。
人間に友好的でよく死ぬが、ロナルドが呼び掛ければ知恵を貸し退治にも協力的だ。
だが、殺しは殺しだ。
幾ら正義を主張してもドラルクの同胞を殺したという罪は消えない。
神でもその遣いでもなく、ロナルドという男はただの人間だからだ。
いつの日だったか、ドラルクに尋ねてきた事があった。
「同胞殺しの俺は憎くないのか」と。
ドラルクは彼の問いに不思議そうに首を傾げ、そして少し困った笑顔で「憎くないよ」とだけ言い放った。
ロナルドの問いに対してそれ以上は言わなかった。
ドラルクの返事がきっと本人が求めているものではないのは分かっていた。
決して罪から解放されたくて聞いた訳ではない事も。
そして先程ロナルドが言った言葉が、彼の欲しかった答えだった。
罪を犯したものにはそれ相応の裁きを。
「罰ならもう受けているじゃないか。私から愛され、君も私を愛してくれている。他にこんなに重い罰あるかい?」
やっと口を開いたドラルクは優しい笑顔で彼に言う。
「罰っていうのか…それ」
少し恥ずかしそうにドラルクから目を逸らしたロナルドは後始末をし始めた。
だがそれは間違いなくロナルドの中で一番重い罰だと、ドラルクは思う。
割り切るべき存在からの寵愛。
そしてそれを受け入れ己も愛してしまった。
ロナルドは罪の意識から逃げられなくなってしまった。
愛を深めれば深めるほど、罪の意識も深まっていく。
ただでさえ儚い存在のように思える彼に、無数の闇が覆っていくのを感じた。
人側にもなりきれず、吸血鬼側にもなりきれない哀れな存在。
愛する事は罪ではない、罰なのだ。
ならその罰、私も一緒に背負おうではないか。
一人で背負いきれないなら二人で共に背負ってしまえばいい。
「帰るぞドラルク」
いつの間にか後始末を終え、帰る準備を済ませたロナルドが声を掛けてきていた。
「私も大概な罪人だよ…」
「あ?なんか言ったか?」
思わず小声で言ってしまったが、ロナルドにははっきりと聞こえてなかったようでふふっと笑う。
「なんでもないよ、さぁ帰ろうじゃないか!今日はうちの城寄ってく?何かリクエストがあるなら作ってあげようじゃないか」
一人の退治人と吸血鬼のたわいのない会話が、すっかり月が雲に覆われ隠れてしまった暗闇の中に響く。
二人の行先に溢れんばかりの幸福と、罪と罰を。