星が巡る夜空の話 灰が舞う。風にさらわれて、数多の命が空に還っていく。空を見上げれば、姿は見えずとも、そばにいる。そんな都合のいい物語を見出して人々は、大切なものを失った悲しみを和らげるのだ。
でも、僕は欲張りだから。もっと身近にいて欲しいと願ってしまう。悲しみが募っていく胸は、張り裂けそうに引きつり痛むから、哀が零れないように天を仰ぐ。隣に在ったはずの確かな生身の感触に焦がれて、空に送った者が昇っていく煙に手を伸ばす。
燻る煙は空虚だ。くねる白い線は指をすり抜けていくばかりで、一向に掴めない。どんどん広がって羽ばたき、僕から離れていってしまう。
いかないで。どうか、戻ってきて。やっぱり引き返すという選択もできるんだ。どうか、どうか、僕を選んでまた、隣に居て欲しい。
なんて虚しくて無意味な行為なんだろう。空に亡き者の面影を見出す祈りと何が違うのか。等しく意味のない、骨折り損なおとぎ話。そんな物語の終わりはいつだって悲しくなって、さらに傷が広がっていくだけだ。
澄んでいた空を覆いつくしてしまう夜の闇が、さらに傷心に障る。視界まで黒く塗り潰されて、世界を区別していた色が影をかぶってみんな消えていく。前が見えない。先へ進めない。自分が目を開けているのか、閉じているのかさえ、分からない。
不安に苛まれると一層、大切な者が隣に居ないという、大きな悲しみが押し寄せてきた。懐かしき思い出が巡って郷愁に浸る、心の暇なく、空いた穴に黒くてドロドロした気持ちが流れ込んでくる。
瞬きのない暗黒の空が、心の奥底まで押し入ってくる。どこもかしこも、ひどく"夜"を患っていた。
暗闇に侵された野に、ぬっと黒い柱が立っている姿をふと認めた。闇に慣れた目が、突如現れた黒い柱は人だと認識していく。出で立ちからして、男だ。
男は静かに、夜に染まった空を見上げていた。何かを待っているようだった。
やがて、キラリとひと光。光線が一筋、弧を描いて、瞬く間に左から右へ流れて落ちていった。
「星だ」
僕の口がそう言ったらしい。
「違う」
でも、男は異を唱えた。僕は彼を見上げて、続きを待った。心のなぐさみになるかもしれない、と期待して。
「あれは命の瞬き。空から還ってくる合図だ」
また、"命は巡る"っていう作り話か。
「俺たちも星だった」
「"星"だった人には、また会えるってこと?」
「会える。星は等しく廻り逢わせるから」
男の話の結末はやはり悲しみを誘うものだった。途方もない、いつかなんて、ただただ大きすぎて不安が膨れるだけだ。
「その人は、"太陽"だったんだ。たった一つの、大きな、大きな光だった」
そうだ。彼の持つ光は大きすぎて、あるとき突然弾けて、彼ごと消し去ってしまったんだ。
「そうか。太陽は月に会いに行ったのだろう」
男は果てのない闇夜を指さす。変な解釈だ。消えていなくなった事実に変わりはないのに。
「月の姿もないから」
何も見えない真っ暗な夜空を星が流れていく。月も太陽の痕すら見当たらないのに、そこにたしかに在った過去の幻影だけがきらめいて、胸を巡った。不思議と、もう悲しくはなかった。