あかいいと綺麗にラッピングされた菓子の箱の上に貼られた値引きシールがクリスマスの終わりと年末を教えてくれる。丸くて黄金色をした美しい月の写真を撮って綺麗だと呟くのと同時に白い息が上がり、それが年内最後の満月だと知ってようやく寂しさを思い出した。スマートフォンの中に保存されている写真はいくらスクロールしても昨年にたどり着かない。忙しい案件の渦中にいるときはなんて長い一日だと嘆いていたが結局一年なんてあっという間だ。
年越しの準備など、郭嘉は一切していない。元よりそういった仕度は行って来なかったが今はやってくれる人がいる。せっせと身の回りの世話を焼いてくれるから今日もこうして慌てることなく、ただ暖かい部屋でぼんやり過ごせていた。
掃除は「手が荒れるから」と任せてもらえない。料理は彼なりのこだわりがあるようで郭嘉が手伝う必要もなく、そのほかの細々した用事も気づけば何も残っていなかった。そうなってくると本当にやることがなくて今年撮った写真を見返す程度のことしかないのである。興味のあるテレビ番組なんかもなくて、広いふたり暮らしの部屋は静かだった。キッチンから多少物音はするものの騒がしくはない。
甘い香りがする。香ばしくて、とてもいい。明日からは餅ばかり食すことになるだろうから先手を打って「甘い物が食べたい」とリクエストしておいた。この匂いはきっとそれだろう。自然と鼻歌が漏れる。
甘やかされ過ぎだと、友人たちには言われた。クリスマス辺りに仲の良い人らと飲みに行った際、年末年始の予定や日々の生活の様子を話したところでなされた指摘だ。恐らくその日も迎えにきてもらうなどしていたから彼らの目にはそう見えたのだろう。呆れ半分で決して怒ったり注意したりするつもりはないのだろうが皆、程々に、と言っていた。唯一、最も古い友だけは違う反応で『あまり深くはまり過ぎてはいけませんよ』と苦笑していた。
「深く、ね」
惚れ込んでいるのは郭嘉の方であると、荀彧はそう見ているのだろう。その場では肯定も否定もしなかったが実際そんなことはない、と思う。確かに好意は持っているが愛情の強さと深さは相手の方が上だ。そうでなければ一から十までここまで丁寧に何でもしてくれるはずがない。
スマートフォンをテーブルに置く。遡っても尽きない写真の被写体は大抵人物であった。飲みの席ばかりかと思えば日中や屋外で撮ったものも多い。郭嘉自身は大して写っておらず一緒に出掛けている相手ばかりだ。
「……深いのかも」
そっと電源を落とす。知らず知らずのうちに張遼ばかり撮っていたらしい。薄々気づいていたが彼を画角に収めるのが好きなようで、意識した途端に荀彧から言われた言葉がじわじわと染み込んでくるようだった。根深いところにまで到達しそうで頬が熱い。
キッチンから己を呼ぶ声がする。返事をして立ち上がりさっと向かえばお玉片手に眉間に皺を寄せている張遼と目が合った。
「難しい顔をして、どうしたの」
「味見をし過ぎて加減がわからず……見ていただけますか」
小皿に鍋の中身がよそわれて、それを差し出される。かと思いきやすぐに張遼の手に戻っていき湯気の立つそれへ何度か息が吹きかけられた。
「どうぞ、郭嘉殿……いかがされた?」
「ううん、愛を感じただけ」
当然のように冷まされた皿を再度受け取るとき、変な表情になっていたのだろう。張遼は不思議そうな顔になったが郭嘉の言葉を聞くと恥ずかしそうに目を逸らす。
「いい夜を過ごそうね」
他意はなかったが含んでも良かったかもしれない。口を付けた汁粉は郭嘉の好みの甘さだった。