「ユニットメンバーの好きなところを書けるだけ書け、ですか」
事務所で雑誌に掲載される予定なのだという質問内容に目を通していたクリスは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
ユニットデビュー記念日の特集の一部として使われる予定のこのアンケートは、いつもとは少し質問の毛色が違うようだ。つかず離れずの距離感を保っている三人の実情をより深く知りたい、といった趣旨なのだろうか。
同じく質問に目を通していた雨彦も、興味深そうな表情だ。
「書けるだけっていうほどあるかなー?」
「さすがにゼロは悲しいぜ、北村?」
「いや、ちゃんと書くけどねー。これ、雨彦さんには回答見られたくないかもー」
悩ましげな声を上げた想楽は、雨彦とそんなやりとりをしている。二人が回答を考え始めたのを見て、クリスも目の前のまっさらな回答欄に目を向けた。
まずは想楽のことから考えてみると、すんなりと言葉が頭に思い浮かんでいく。想楽の素晴らしいところは、本当にたくさんあるのだ。海の生き物の話をする時のように、つい書きすぎてしまいそうになるくらいに。
一つ一つを文字に書き起こしていく度に、二人のことが大切なのだという自分の気持ちが目に見えるようで、つい口元が緩んでしまう。
想楽の欄を埋めたクリスは、それからちらりと雨彦の方へ目を向けた。そのまま雨彦の欄を埋めるためペンを走らせようとしたけれど、そこで書くべき言葉がまとまらないことに気づく。それに戸惑い手を止めたクリスは、顔を上げてもう一度雨彦の方を見た。
「古論?」
「……いえ、何でもありません」
クリスにとって、雨彦は頼れるユニットの仲間であり、恋人でもある。それこそ雨彦の好きなところなんて、数え切れないくらいたくさんあった。例えば、こんな風にクリスの向ける視線にすぐに気づいて、こちらを見るその優しい瞳だってそうだ。
でもこの好きを端的な言葉にまとめて書き記すとしたら、それはどんな言葉になるのだろう。もちろん雨彦と恋仲であることは秘密だから、当たり障りのない、出会った時から抱いている好意を言葉にして書けばいいはずなのだというのはわかっているけれど。
これまでに見てきた、雨彦のいろんな一面が頭の中に泡のように浮かんでは消えて、うまく言葉がまとまらない。大好きな海のことはあんなにも言葉で語ることができるのに。
好きだから言葉がまとまらないことがあるだなんて、クリスは知らなかった。それが雨彦が特別なんだという証明のようで、じわじわと体温が上がっていくような感覚がする。
これは多分重症だ、と思いながら、クリスは空欄に書くべき言葉を探すため、思考を巡らせ続けた。
それから何とかアンケートを埋めきったクリスは、ふう、と一つ息を吐いた。そんなクリスの様子を見て、既にアンケートを書き終えていた雨彦が声を掛けてくる。
「随分と百面相をしていたが、古論は何て書いたんだい?」
「そこまで特別なことは書いていないと思いますよ」
何だったらこの場で見せても構わないと、クリスは自分のアンケートを雨彦に手渡す。雨彦の欄に書いたのは、いつもアイドルとして人前に出ている時にも雨彦に言っているような言葉たちだ。
そこに特別なものを含めることができないのは、雨彦だって理解しているだろう。
「改めて好きなところを、と言われて考えてみると、なんだかうまく言葉がまとまらなくなってしまって。それこそ細かな点を百個でも書けてしまいそうだったので、悩んでしまいました」
結局書いた言葉といったら、頼りになるだとか、いつも話を聞いてくれるだとか、そんなシンプルなものばかりだった。それなのに、そこにたどり着くまでに、考えすぎてしまったような気もする。
もちろん雨彦のことを考えて、頭を悩ませる時間は悪くないものだったけれど。
「……それに、その百個も、誰にでも教えられるものばかりではありませんから」
それは、二人の関係を知られるようなことは書けないというだけではない。あれこれ思い浮かべたものの中には、他の人には知られたくない、秘密にしておきたいものだってたくさんあった。アンケートを埋めていくうちに、クリスはそれに気づいてしまったのだ。
そんなクリスの内心を知ってか知らずか、クリスの言葉を聞いた雨彦は、ふっと笑みを浮かべる。
「その百個も、俺には教えてほしいもんだな……今度二人の時にでもゆっくり聞かせてくれないか?」
「それは、なかなかに恥ずかしいものがあるのですが……」
「駄目かい?」
雨彦にそう言われてしまうと、クリスは弱い。これもまた惚れた弱みというやつだろうか。
「……雨彦も、アンケートには書かなかったことを教えてくださるのであれば」
気恥ずかしいことに代わりはないが、雨彦からも教えてもらえるなら、話してしまってもいいように思えた。出された条件に雨彦が頷いたのを見て、クリスは楽しみだという気持ちを隠しきれずに笑みを浮かべる。
そこで、そんな二人の会話を横で聞いていた想楽が、「僕もいるんですけどー」と慣れきった様子で抗議の声を上げた。