【岩男10&4】泳げないロボットと帽子の話 こぉん、と、海底にソナー音が響く。
音波は海水の中をどこまでも進み、あるいは岩盤に跳ね返され、海底の形を浮き上がらせる。
ソナー音の主は、その中に人影を捉えた。
人影はこちらに背を向けて、海底をゆっくりと歩いている。
どうやら水中に適応した形には出来ていないらしい、彼は一歩一歩を水の抵抗をまともに受けながら、鈍重に歩を進めていた――もちろんそれは人間ではない。ロボットである。
もう一度ソナー音を飛ばす。人影が右手に掴んでいる小さなものを確認すると、ソナー音の主はふっと口元を綻ばせた。海水を送り出し、かの男を追いかける。
そしてついに、その人物を視界に入れた。
頭に大きなレバーを、腹には吐水口をつけた不格好にも見えるロボットは、背後からの呼び声に歩みを止め、ぱっと振り向いた。
「おい! その帽子を届けるんなら、そっちは逆方向だろう? 送って行ってやるぞ!」
こちらに煌々としたライトの光を向け、白い歯を見せて笑うロボットの姿を、ポンプマンは知っていた。
「潜水探査ロボット……Dr.コサック研究所のダイブマン、か?」
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「――面目ない。オレのようなただの一般ロボットが海に落ちた程度で、わざわざあなたの手を煩わせるなど――」
「そんな畏まる必要もないだろ! 上司と部下でもあるまいし! もっと気楽に話してくれていい」
「いや、たしかに。……なんにせよ、面目ないとは思っている。オレが泳げさえすればここまでの事態になってなかったのに」
「なんだ。あんたがそんな調子じゃ、助けてもらったその帽子も報われないぜ」
そんな会話を繰り広げながらダイブマンはポンプマンの長い腕をつかんで抱え上げ、さっきポンプマンが歩いていたのとは逆方向に泳いでいる。その速度は先程までの遅々とした歩みとは比べ物にならない。
そもそも、いったい何がどうしてポンプマンは海底さんぽなんぞに洒落込んでいたのかというと、まずポンプマンは仕事の関係で離島行きのフェリーに乗っていた。甲板で海風を浴びていると、偶然乗り合わせていた見知らぬ少女の白い帽子が風に飛ばされた。とっさに腕を目いっぱい伸ばしてナイスキャッチ。と思ったら、ぐらりとバランスと崩して海の中へ真っ逆さま。
すぐさま船から連絡が入り、近くの海をパトロールしていたダイブマンが救助に駆け付けたという訳だ。
スカイブルーのリボンが結わえられたつば広の白い帽子は、今も大事にポンプマンの胸元に抱えられている。
ポンプマンはこれを持ち主の少女に届けなければならなかった。しかし泳げないポンプマンは、一旦陸まで歩いて上がってそこから少女にどうにか連絡を取ろうと試みていたのだった。
(不器用だが、律儀な男だな)
ダイブマンは周囲にこういう男を沢山知っている気がした。いつも心労を負っているような顔をしているふたつ上の兄も、戦い以外を知らなかったひとつ下の弟も、信じた正義のためにひた走る、自らが親友と目するあの少年も。
このポンプマンというロボット、表情や口調こそ平静だが、語調からはなにか心配げな様子が抜けない。
いつも豪快な海の男であるダイブマンには彼の悩みの種がわからない。と考えている矢先、抱えられたままのポンプマンが口を開いた。
「この帽子、結局水浸しにしてしまった。持ち主の子はこうなったら、もういらないんじゃないだろうか」
ほとんど呟くような声は、しっかりダイブマンのイヤーパーツにまで届いて、そして彼を噴き出させた。
はははは!と盛大に笑うダイブマンに、ポンプマンは少々面食らった目を向けていた。
「うちのお嬢さんもそうだがね、女の子はお気に入りの帽子をそうそう嫌いになったりしないモンさ」
洗濯して形を直して、また被ってくれるだろうよ。
それはもとより潮風の似合う白い帽子だった。ポンプマンは振り返るように体をよじって、ダイブマンを見た。
「帽子が帰ってきたら、よろこんでくれるといいが」
「そりゃよろこぶさ。必死に帽子を守ろうとしてくれたヒーローも一緒だしな」
遠くに船底が見えてきた。少女の笑顔が見られるのも、もうすぐだろう。
〈終〉