エレイン自身、運命なるものに振り回されてきたのでそういった言葉に縛られるのは好きではないが、敢えて言うならあの七日間は運命の巡り合せそのものだった。
　エールラベルなる《しるし》を集めた本を見せ、それにまつわる話題を面白おかしく聞かせてくれたバン。彼が初対面の上、自分を殺そうとした妖精の女に何故そんな事をする気になったのはその心を読んでもさっぱり理解できなかったが、要するにバンの心は驚くほど単純で分かりやすいのだ。
　退屈そうだから、面白い話でも聞かせてやるか。
　単純明快である。が、単純が故にエレインには理解できない。バンは余りにも無邪気だ。
　だがそれが心地よい。
　無邪気に膝に乗せられ、無邪気に水浴びに誘われて、無邪気に身体に触れてくる。
　その無邪気さがエレインには嬉しく、何故か少しばかり痛かった。
　とはいえ下らない遊びや会話にも興じ、エレインは実に七百年ぶりに声を上げて笑ったりもした。あたたかでのんびりとした妖精界での日々と少し似ていて、もっと刺激的なバンのいる日々。
　一日というのはこんなに早くすぎるものだっただろうか？
　ある日バンが他愛ない質問をした。
　妖精界でエレインは、暇な時はどんな遊びをしていたのか、と。
「そうね、私は小鳥たちとお喋りしたり」
「マジ？ イメージ通りだな〜♫」
「そお？ あとは花びらで絵を描いたりもしたわ。花びらを飛ばして空中に絵を描くの。あまり上手くないけどこうやってね……」
　エレインは魔力でおこしたそよ風で花びらを飛ばし、空中に鳥を描いて見せた。
「おお〜凄ぇ！ これアレだ、ハリネズミ♫」
「 つぐみよ！」
「カカッ♪ 悪ぃ悪ぃ♫」
「あとは皆と歌ったり踊ったり」
「酒も飲まずに？」
「お酒ないもの。人間はお酒飲むと歌ったりするの？」
「気分良くなるとな〜♫ でも今は〜……」
「きゃっ！」
　不意に身体宙に浮く。それからぶぅんと回されて「踊ろうぜ、エレイン！」と目の前にとびきりの笑顔が迫った。
「歌も歌えよ、妖精……エレインの歌、聞いてみてぇ♫」
「もう、強引ね！」
「一緒に歌うからよ、いいだろ？」
「仕方ないわね……」
　エレインは古い妖精の歌を口ずさむ。バンはそれを繰り返す。初めて聞く人間の、バンの歌声はとても雄々しく響き存外に上手い。その心地よい音はエレインの心の深いところに沁み入った。
　二人はくるくる舞いながら笑いながら歌った。森の中で、二人きりで。
　それはこの世に今この瞬間ほど喜びに満ち、楽しいひと時はないだろうと断言できる瞬間だった。