『お気に召したら幸いです』「ね〜、ちょっと付き合ってよ」
「ヒッ!え、拙者?」
「他に誰がいるの〜」
魔法史の授業中、隣どおしに座ったイデアのパーカーの袖をクイクイと引き、フロイドがぼやく。
「えっと今日は」
「何も予定ないでしょ?ちゃんとアズールとクリオネちゃんに確認したし」
「外堀を埋めてらっしゃる!」
「そこ!私語は慎むように!」
口もとを片手で抑え、オロオロとしたイデアにトレインが叱責すると、フロイドはケタケタと笑って視線をノートに落とした。
授業は話半分に聞き、手もとの落書きを仕上げていく。そんな彼をイデアが横目で睨むも、どこ吹く風とばかりにご機嫌そうな様子に、イデアも肩の力を抜いて、授業内容から出題されるであろう時代のレポートをせっせと内職し始めた。
「おつかれ〜」
これが本日最後の授業だったため、フロイドはすかさずイデアの小指を力加減をしながら握る。
「うっ」
恋人がこういった幼い仕草に弱いのはとうに把握済みで、わざわざ脅す必要はなくなりつつある。
「購買のとこにさ、今日は制服とか靴屋が来てんだよね〜」
「また成長したの!?」
「んーん。こないだ雑魚散らしてるときにボロボロになっちゃったから」
しょんぼりとした声で告げられた言葉に、イデアはフロイドの足もとを見る。
「あー……だいぶ傷が目立ちますな」
「でしょ〜。もちろん『代価』はもらったケド」
そこは心配していない。というセリフを飲み込み、イデアは頷く。
「そういうことだったら」
「ありがと〜」
長めの袖のしたで、小指以外の指にもフロイドの指が絡みつき、じゃれるようにイデアの手のひらをくすぐる。
「ふひっ、くすぐったいですわ」
「アハッ」
さりげなくひと通りの少ない道を進みながら購買に向かっていくフロイドの横顔をイデアが見上げる。すると、すぐにその視線に気づいた彼がきゅっと眼を細めながらイデアを見つめ返した。
「でも購買だったらひとりで行ける買い物だったのに、なんでわざわざ声を掛けてきたの?」
「言わないとダメ?」
「無理にとは言わないけど」
「それはね〜。購買くらいだったらホタルイカ先輩も大丈夫でしょ?」
「うん?」
「アハハ!鈍いね〜!」
トンと、かるく身を当てたフロイドに、一瞬イデアがよろける。
「うわっ」
「デートしたかったってコト」
「……デート!」
ぽっとピンク色に染まった髪を撫でようとして、そっち側の手が塞がっていることに気づき、けれども手を離すのも惜しくてフロイドは拗ねたように唇を尖らせた。
「フロイド氏?」
「ん〜。なんでもない」
「そう?」
「ね、先輩。オレに似合う靴選んでね。そんでオレをとびきりカッコよくして」
「フヒヒ、どうされましたカナ?急に可愛いこと言って」
「革靴って大事に履いてたら、ケッコー長いあいだ保つじゃん。だったらさ、今日のデートを何回も思い出せるなって」
「……そうですな」
いきなり目を見開いたイデアに、フロイドが顔を覗き込む。
「先輩?」
「ううん。なんでもない。じゃ、がんばって君に似合うのを探しますか」
「うん!」
自分の中に一瞬だけ差した影を振り払い、イデアはつとめて明るい返事をした。
だいじょうぶ。自分だけは忘れない。靴にこだわるフロイドだったら、きちんとセンスのいいものを選べば気に入って大事にしてくれる。
そして、彼の記憶が消えてしまっても、大切なそれはきっと彼のもとに残って、フロイド・リーチの日常に寄り添い続けるのだ。自分の代わりに。