IF birth of cinema　白雪の中に敷かれた線路の上を、黒い列車が走っていく。

　売れないシンガーだった娘が、才能を見出されて華々しく咲いていく物語だった。寂しげな白のワンピースに始まり、ラストシーンでは鮮やかなオレンジのコートを着て。時間の経過と共に、主人公が自分に自信を持っていくのがよく分かる演出が素晴らしいと評判の映画だ。
　
この映画で有名なシーンと言えば、冒頭で古ぼけた衣装を着た少女が物憂げにプラットフォームに佇む場面だ。ブロードウェイに続く線路を見つめながら、目の前に留まる黒い列車をはらはらと涙を零して眺める姿は観客の心をぐっと掴んだ。

「私はいつか、あの列車に乗って夢の舞台に旅立つの」


　その悲嘆に暮れた横顔が、どれほどの男たちを虜にしたことだろう。悪い客に飲まされたウィスキーで頬を赤くし、コートも忘れて寒い夜の中をさ迷いながらたどり着いた駅舎。
　ちらちらと舞い遊ぶ粉雪を肩に積もらせた少女の肩に自身のコートを着せたのが、帽子を目深に被った優し気な風貌の若い駅員だった。

　その駅員は、泣く娘の言葉を黙って聞いた後に。小さなメモが挟まった財布を彼女に手渡し、今にも出発しそうな列車の中へその背を押した。
「お嬢さん、夢は叶えるものです。待つのではなく、駆け出してみなさい」


　作中で、彼の表情がよく見えないのは。
　のちのちのインタビューで、監督があえてそういう演出にしたと言っていた。唐突に舵を切る運命の、その名状しがたい恐ろしさを表したかったからだと。

　けれど、顔の見えぬ駅員は、その声と仕草だけで、これから始まる波乱の物語が、美しき希望を孕んでいる事を観客達に伝えてくれた。
　白い手袋を嵌めた指先が示す先で、この娘が華々しく変わっていくのだろうと。そんな予感をさせる演技力。

　言葉の余白に余韻を込める、はじまりは彼のあの台詞だった。ガールフレンドについていった映画館で、俺は冒頭の彼の演技に文字通り骨抜きになってしまったのだ。

　なんだあれ、すげぇ。

　スクリーンに映し出れた指先が忘れられず、肝心の話の内容は正直に言ってあんまり覚えていない。むしろ、はやくまたあのアクターが出てこないかと、場面が切り替わるたびに前のめりになっていたことを覚えている。
　主人公は最後、彼を探したのだけれど。歌姫として舞い戻った故郷の駅に、自分にコートを贈った駅員の姿は無くて。
　「神様の贈り物だったんじゃないかしら」古びたコートを抱いた主人公が、惜しそうにそう呟くのに俺も肩を落として涙した。
　もう一回、あの演技が見たい。もう一度、あの声が聴きたい。エンドロールを齧りつくようにして見たのは、後にも先にもあの時だけだった。
　本編が終わればすぐに立ち上がるような人間にとって、歌と共に流れていく単語を見る作業は苦痛である筈なのに。俺は目を皿のようにして、下から上へ移動する字の群れに集中した。
　最初に、主役である女優の名前が流れてきた。……。次にボーイフレンド、友達、ライバル、ああもう、そんなのはどうでもいい！！
　叫びはしなかったが、貧乏ゆすりが酷くガールフレンドから睨まれて。でも、そんなことも気にならない。
脇役たちが並べられた中から彼の名前を見つけられたのは、きっと執念が成せたことだったと思う。



　STATION ATTENDANT‐‐‐ W・DRARK

　

　見つけた瞬間、俺は震えた。頭の中が多幸感でいっぱいになって。すぐさまにこの場所を出て、スマホでその名前を調べたくてたまらなかった。けれど、エンドロールの最後の一文字まで見なければ失礼な気がして、俺は今にも立ち上がりたいのを我慢した。
　ぽっ、ぽっと、壁際のライトが灯って、室内が明るくなりだしたと同時に駆け出して。ガールフレンドの怒声なんて知ったこっちゃない、俺は震える手で尻ポケットからマナーモードにしていた端末を取りだしたのだ。
　ドラルク、ドラルク。忘れないよう、心の中で何度も復唱していた名前を打ち込む。タップミスをしながら、やっと入力し終わって。誰にも見られないよう、身を屈める様にして画面をのぞき込む。

　周囲から不気味そうに見られていると知りながら、口元が緩むのを抑えられない。気づけばバスの中で、端末の振動で我に返った。画面を開けば、置いてけぼりにした彼女から、別れを告げる簡素なメールが届いていた。

　漸く付き合えた彼女だったけれど、そんなこともどうでもいい。
　そうだ、俺はあの日、はじめて鳥肌が立つような演技を見た。憑りつかれるように、ひとつのものに心を掴まれたんだ。
　W・ドラルク。白抜きの文字で描かれた名前に、俺はまるで恋のような感情を抱いていた。





※※※※






　一人の俳優に心を打ち抜かれた次の日に、芸能オーディションというものに駆け込む馬鹿が居ると思うか？──、そう、俺だ。
　見ればW・ドラルクという人物は劇団からはじまり、舞台や映画、そして数少ないが声優の経験もあるらしい。その日のうちに動画配信サービスを使って、見れる限りの彼の出演作品を見尽くし。なんなら動画共有サービスで違法にアップロードされた、彼の劇団時代の映像にまで手を出した。革命運動に燃える青年を演じる姿に心打たれ、スパイシリーズで悪役を演じる姿に心が躍った。
　顔は同じはずなのに、どの役も全てが違う。全身全霊でその役になりきっている姿は、憑依系と呼ばれるスタイルであるらしい。とある映画のコメンタリーでは、共演者がストイックなまでの役作りを褒め称えていた。
　全く、その通りである。W・ドラルクは凄い。
　一晩にしてドラルクの熱狂的なファンになった俺は、気づけば芸能プロダクションのオーディション会場にいた。
　どういうことだろうか、いや、俺もその時のことをよく覚えていない。その時のことを当時審査員だった人に聞けば、目を血走らせた不審者が飛び込みでオーディションを受けに来たらしい。その不審者は自己PRの時に、W・ドラルクについて語り尽くして帰っていったと。
　なんだその不審者は、残念ながら俺だ。
　そして、そんな不審者を採用したのは弊社だ。
「なんで、俺を採用したんですか？」
　あの時は凄かったなぁと、のほほんと笑っている社長に問えば。
「だって、待つのではなく、駆けだしたんだろう？　そんな真っすぐな子、捕まえないと損じゃないか」
　そう言って、茶目っ気たっぷりにウインクされた。
「お嬢さん、夢は叶えるものです。待つのではなく、駆け出してみなさい」──、頭の中で、帽子を目深に被った彼の姿が蘇る。なるほど、自分はあの日の自己PRで、あの駅員の言葉を言ったらしい。……、ほんとにもう、ドラルク中毒だ。
　そして、そんな我武者羅で向こう見ずな若者を、見出してくれたこの社長も男前である。

「だから、今日もエキストラの仕事頑張ってね、少年」
「うが──、」
　感動から一転、現実へ叩き落としてくる社長の言葉に、俺は頭を抱えて天を仰いだ。銀幕の役者に心奪われたティーンが役者を目指す、どっかのドラマにありそうな設定だが、現実はそう甘いものではない。そんな簡単に、憧れのスターに会えるはずがないのだ。
　俳優になりたてのひよこが、そうそうドラルクさんとお近づきになれるはずもない。
　仕事はまだまだ通行人Aや学生Bや患者C……、すなわち、ちょい役ばかりだ。ドラルクさんだって長い下積み時代があったんだと思って、乗り切るしかない。
　一人の俳優に心奪われるあまり、翌日にオーディションに飛び込む度し難い馬鹿。けれど、無謀じゃないって信じてる。だって、あの人がそう言ってた。
　夢は叶える物、そうだろ……、ドラルクさん？　俺はどんなに苦労しても、あんたの所にたどり着きたい。

　俺はあの映画の主人公のように、銀幕の彼に背を押されて運命の階段を駆け上るんだ。





※※※※




　それは、禁じられた恋の物語だった。

　鉄砲雨が降りしきる蒼然とした街並みの中を、影を背負った男が一心不乱に走っている。その足音は石造りの路地で反響しては、激しい雨音の中に埋没していく。
革靴が、水たまりを割った。まるで鏡のような曇天を映す波紋交じりの水面は大きく跳ねて、男が纏っている上品そうなグレーのスーツをずぶ濡れにする。水を吸って重くなった生地が張り付いて走りにくいだろうに、男はその目を大きく見開いて鬼気迫る形相で愛する女の下へと向かっていた。
　【ワイスガイ・スカーフェイスの覚醒】マフィアの構成員だった男が、組織のドンに登り詰める過程を描いたシリーズ。その外伝として創られた、のちにスカーフェイスと恐れられるマフィアのボスに成りあがる男の恋の物語。どうして、その男の片目に傷跡があるのか。男の秘められた部分を掘り下げたラブロマンスストーリーは、その美しき恋人との最後を悲恋で締めくくった。
　発端は、男の嘘が露見したことだった。ふらりと立ち寄ったバーの店主が語り聞かせた、ワイスガイと呼ばれるマフィアの噂。その姿を一目見たものは命を散らすという冷酷な男の輪郭は、聞けば聞くほどにステラが愛する恋人と似ていた。
　初めは困惑していたステラだったけれど、男を愛するがゆえに彼女は真実を求めてしまう。
　思い出すのは、男が語っていたお気に入りの場所。エスプレッソが美味しいカフェ、老紳士が焼いているというミートパイ。夫人が営む花屋に、プレゼント買ったというブティック。訪れたという店の全てで、恋人が違う名前を名乗っていると知った時。
　彼女の中で、男は得体のしれない人物へと変わり。いつものように帰ってきた恋人を、ステラは拒んでしまった。
「ねぇ、貴方はいったい誰なの？」
　質問に答えられない男、ステラは彼の頬を叩いて外へと駆けだした。
　出て行った彼女を追いかける事もできず、暗く影の落ちた室内で呆然と佇む男。彼女との思い出が詰まった室内を見回し、頭を抱える姿はただの愛を請う子どものようだった。彼女こそは男が飼っている闇の中に瞬いた小さな星、けれど物語は突然降り始めた雨と共に男に暗澹たる定めを指し示す。
　冷酷な男の、胸ポケットがブルリと鳴り。表示された番号が彼女のものだと分かると、男はすぐに通話ボタンを押した。──、けれど、聞こえてきたのは、愛しい娘のすすり泣く声と。
　下卑たる、男たちの笑う声。
　そう、愛しい娘は男を良く思わない者達によって囚われたのだ。バーの店主さえもグルで、全ては周到に組まれた罠だった。
　ステラの悲鳴を背に、電話口の男は嗤う。救いたければ、一人で来いと。

　パシャン、長い脚が再び水たまりを割る。

　大雨の中を傘も忘れて走る男には、そんな切羽詰まった背景があったのだ。いつも神経質なほど綺麗に整えられた銀髪はぼさぼさで、彼女から貰った薔薇のネクタイピンは今にも落ちてしまいそうだ。そんな姿を晒してでも、男は愛する星の下へと駆け付けて。

　そして、永遠に彼女を喪った。

　男を庇って、その背に弾丸を受けたステラ。最後の敵を討ち殺したワイスガイは、倒れ伏した彼女をそっと抱き上げた。愛しているわと、今際の際に残された言葉が男の脳裏を駆けていく。永久の眠りについた彼女の頬を濡らしたのは涙では無く、ワイスガイの片目に刻まれた傷から零れ落ちる血の滴だった。
　獣の咆哮に似た慟哭の声が尾を引くラストシーンは、誰もが息を忘れて取り残された男の絶望に共感した。
　W・ドラルクが初めて主役を務めた長編映画【ワイスガイ】、その外伝のエンドロールは、可愛らしいアニメーションになっていて、最後は美しく輝く一番星を映して締めくくりとなる。本編中はずっと冷酷であり続けた男にも、幸福な過去があったのだと。ファンたちは、外伝として描かれた物語を見て泣いた見た後に、本編を見返して、ワイスガイが時折頬の傷跡を撫でる仕草をすることに気づいてまた泣いた。
　もちろん、俺も喉が枯れんばかりに泣いた。あーーー、スカーーフェイスぅぅぅぅ、っと、咽ぶように叫んだ。鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、まるめたティッシュを量産する装置となった俺。足元に広げた台本に皺が寄るのも気にせず転げまわり、死にそうな声を出しながらクッションに頭を埋める。
　次回演じるキャラクターがマフィアの下っ端だからと、煮詰まった末にこの作品に手を付けた俺が馬鹿だった。俺ごときが神の演技を真似ようとするのは烏滸がましすぎる、というかもうドラルクさんを捕食しない限りだめかもしれない。ｵﾚ……、神俳優食ﾍﾞﾙ……。ｲｯﾊﾟｲ食ﾍﾞﾙ……。
　一気に良作を見終わったあとのハイに浸りながら、持ち上げた台本の頁をぺらぺらと捲る。そこに書かれた俺の台詞はいくつかだけで、主人公の仲間その３ぐらいで登場してくる。
　オールドローズ色のシャツに灰色のスーツを着たキザな役を、俺はちゃんと演じきることができるのだろうか……。
「──。ぐぅ」
　結局そのまま泣き疲れて寝落ちし、朝起きたらいっぱい泣いたせいで顔が大変なことになっていた。鏡の中にいたのは、腫れぼったい目をした男。その顔は二枚目というよりは、泣かされたいじめられっ子みたいだ。結局時間ギリギリまで、冷水で顔を洗ったりして腫れを抑えようとしてみたけれど、顔の火照りは全くとれなくて。俺は縺れるようにして、モーテルから飛び出した。
　このモーテルは、かけだしの役者用に会社が運営している物件で、売れない役者同士共同で利用して家賃を払っている。
「リハーサルか！　がんばってこいよ！！！」
「おう！！」
　同居人からの激励を受けながら、俺は台本の入ったカバンを片手にスタジオへと急ぐ。今回勝ち取った役が連続ドラマの脇役ということもあり、リハーサルする場所も映像制作に特化した大型のテレビスタジオだ。ちょっと聞けば、有名どころの俳優を起用したドラマも此処で撮られているらしい。
　始めていく場所、はじめての大きな仕事。ちょい役でも、テレビに出れるのだから万々歳だ。俺は遅刻しないようにはりきって早めに辿り着き、そして。──、ものの見事に、この複合施設内で迷子になった。
　どうも、自分が立っている場所は俳優たちの休憩用のフロアらしい。白壁と同化して金のノブがついた扉がずらりと並ぶ景色は圧巻で、この中にはきっと有名な俳優も休憩しているのではないかと思われる。
　なんか……、すごいぞ？　なんかめっちゃ良い匂いするし。
　今まで、スタジオなどというご立派な場所を利用したことがないため、目に映るものすべてが真新しくてしかたがない。早く集合場所にたどり着かないといけないのに、欲求に素直な性質のせいで方々に目移りしてしまう。
　そうやって、きょろきょろしながら歩いているせいで、目の前の扉が開くのに気づくのが遅れた。
「あっ！？」
「！？」
　気づけば白が目の前にあって、衝撃の後に火花が散る。俺は踏鞴を踏んで、その場に屈みこんだ。おもいっきり角にぶつけてしまったらしい、額がまるで焼けた棒を押し付けられたように熱くて感覚が無くなった。
　たらりと、頬を伝う感触がして、水滴が落ちる音がする。すっと下を向けば白い床の上に赤い斑点が散っている。
　その光景を、まるであの映画のワンシーンだと思うくらいには、唐突な衝撃に頭が混乱していた。
「君、大丈夫かい？」
　次いで、落ちてきた声にも。
　昨晩までずっと傍で聞いていた声が、俺の耳を優しく擽った。映画の中で獣の慟哭を上げていた筈なのに、まるでステラに向ける様な優しい声を紡いでいるのはどうしてだろう。というか、いったいどの媒体から彼の声が漏れ聞こえているんだ？
　呆然としていると、誰かの掌が俺の肩を揺する。ライムイエローのシャツを着た、高そうな時計をした手。香水をつけているのか、爽やかな匂いが鼻を擽る。それはなんとなく、俺の大好きな人が好んでつけているというウッディ系の香りのようで。
　思考した頭で、とりあえず顔を上げて謝罪をしなければいけない。と言う所まで、考えがいきつく。不法侵入したパンピーじゃなくて、迷子なのだと伝えなければと。……、考えがまとまった所で。
　ゆっくりと、腕を伝いながら視線を上げれば、そこには推しが居た。
「……、ワイスガイ？」
　そこには、昨日の夜、大切な恋人を喪った筈の推しが居た。俺が名前を呼べば、彼は酷く驚いたように目を見開く。
　そこで、俺は失態に気づく。
　あっ、そう言えばこの人は、自分の事を知っている人間は殺してしまう冷酷な人間だった。　マフィアのドンであることを言い当てて、無事で済む筈が無い。もしかしたら、次の瞬間には懐から取り出された銃で撃ち抜かれるかも……。
　けれど俺はそれでもいいと思えた、だって俺は、この人の慟哭を見てしまったのだから。
「君──、血が──、」
　シャツにジーンズ姿という、一般人の格好をした推しが俺の顎に手を伸ばしてくる。そういえば、トレードマークである筈の片目の傷も黒い義眼も見当たらないが、何かで隠したのだろうか。さすが、ドン……。さすが、俺達のワイスガイ。たった一つの星を喪った、憐れな男。
「今、抑える物を持ってくるから、そこで動かないで！」
「っ、ワイス、」
「──、っ！？」
　俺は、慌てて立ち上がろうとする彼の服を引いてその場に留めた。ああ、そんな、そんな驚いた様な表情をしないでくれ。こんなの大した怪我じゃないんだ、銃弾に撃ち抜かれたわけじゃない。俺は、俺は……！！
「愛してる、キース」
「君、は……？」
　その日、俺が朦朧とした頭で言い残したのは。【ワイスガイ・スカーフェイスの覚醒】の中で、恋人であるステラが今際の際に、スカーフェイスとなった男に言い残した愛のメッセージだった。
　額を涙代わりの血で赤く塗らし、泣き腫らした目で。あの劇中の美しい恋人と同じ有様で、俺はW・ドラルクに向かって言ってのけたのである。
　そう、その日別の収録で待機していた、本物のドラルクに。
『目覚めるまで傍に居られなくてすまない、治療代は私が出すから、ちゃんと病院に行くように。マネージャーの連絡先を伝えているから、のちほどちゃんと謝罪をさせてほしい』
　目覚めた俺は、W・ドラルク本人からの謝罪のメッセージを受け取り、自分の同時に思い出した奇行に身悶える事となったのである。
　まさか、推しを前にしてとんでもない醜態を晒してしまうとは……！！
　ぐぬぬぬ、とベッドの上で悶えている俺に、スタッフさんが渡してきたのは本物のW・ドラルクのマネージャーの名刺。

　ひええ、夢じゃなかった……！！！　俺は咽び泣いた。

　余談だが、俺の額の傷は幸い縫うまでの傷ではなく、医師からも、そんだけ意識が明瞭としているなら大丈夫でしょというお墨付きを受けた。ドラルクさんのマネージャーからは、詳しい検査をした方が、と言われたのだが。残念ながら、我が国の医療費は自己負担で馬鹿高いのである。そんな負担を、ドラルクさんにさせるわけにはいかねえ。

　『ならばせめて食事をとドラルクさんが言っています。』連絡が来たのがその日の夜だった……。俺は死んだ。