微笑む運命論者と、足掻く確率論者。「…せーのっ、」
唯の掛け声に合わせて、その手の折り畳まれた白い紙を開く。
唯は急くように、朔夜は緩慢な動作で。
開いた紙面をパッと覗き込み、探していた特定の“単語”をいち早く見つけた唯は、その瞳を一際輝かせた。
「やった、大吉朔夜は」
「大吉」
唯に遅れてその“単語”を見つけた朔夜は、淡々と書かれた通りを告げる。
特に何の感慨も湧かない、ただの文字。
しかし、唯は嬉しそうに親指を立てる。
「お、さすが相棒!これでスタオケの未来は安泰と言っても過言ではないね」
「…それは過言だろう」
溜め息をつきながら、朔夜はチラリと開いたおみくじを一瞥した。
細々と書かれた文字が紙面を踊る。
たかが紙切れに印刷されただけの文言に一喜一憂できるなんて、朔夜には正直理解できない。
おみくじの結果で何かが変わるわけではないのに。
こんな紙切れに人生を左右されるなんて以ての外だが。
そんな朔夜がおみくじを引くことになったのは、言わずもがな彼女に引っ張られたから、それだけだ。
「あ、失せ物…『出る 高い処』…朔夜から借りてたハンカチ、あそこかな…」
「やっぱり君が持ってたのか…」
「出産、『安し』だって」
「…何を産むんだ、君は」
「…待ち人は『すぐ隣に』…もう出会ってる…?」
「……」
「朔夜?」
唯が読み上げるおみくじの内容に、気怠げに突っ込んでいたはずの朔夜が急に黙り込んだ。
不思議に思った唯が顔を上げれば、朔夜はじっと自身のおみくじは凝視していた。
困惑と驚きが入り混じったような、複雑怪奇な表情。
「…それ、ちょっと見せてくれないか」
「おみくじ?はい、」
言われるがまま、唯は差し出された朔夜の手のひらにおみくじを乗せる。
受け取ったおみくじを見つめる朔夜の視線は真剣そのもの。
先ほどまで、おみくじに興味など微塵も無さそうだったのに。
唯の頭上には疑問符が増すばかりだ。
「…朔夜?」
「…同じだ」
「へ?」
「おみくじの内容。全く同じことが書かれてる」
少しだけ高揚した朔夜の声音。
珍しい、と唯は思わず朔夜の顔をじっと見つめる。
しかし、そんな視線も、ずいと目の前に並べられた二枚のおみくじにあっさり遮られた。
唯は少しの不満を覚えながらも、朔夜の珍しい変化の答えを得るため、おみくじに視線を移す。
唯の視線が、最初はゆっくり、次第に忙しなく、二枚のおみくじの間を移動する。
二枚のおみくじに書かれた、正真正銘、一言一句違わぬ文字列。
唯の瞳に、徐々に興奮の色が浮かぶ。
「わ…、ほんとだ…え、待って…何これ…すごい…これ、すごいよね」
「…こんなことあるんだな」
白い息を吐き出しながら、唯は素直に、朔夜は静かに感動していた。
「ねぇ、これって運命…」
唯は興奮気味に朔夜を覗き込む。
朔夜は僅かに言葉を詰まらせた。
同じ神社の、同じおみくじを引いたのだ。
同じ内容のおみくじが出てくることだって、“決して”“有り得ない”ことではない。
けれど
それは、どれだけの確率なのだろう。
隣に立つ人物と、同じタイミングで、同じ内容のおみくじを引くことのできる、確率。
それは、もしかして
彼女の言う通り、
「……偶然だよ」
「えぇっこんなすごいことが起きたのに」
「…運命、なんて、そんな大層なものじゃないだろ…」
「えー…私はずっと、朔夜に運命感じてるけどな…」
「は…?」
「同じ星奏学園の普通科なこととか」
「…君はクラスメイト達全員と運命を感じてるのか?」
「同じヴァイオリン奏者なこととか」
「世の中に、どれだけのヴァイオリン奏者がいると思ってるんだ」
「同じ秋山先生に師事してることとか」
「…世の中は狭いからな、そういうこともあるんじゃないか」
「……あの日、合格発表の日、私の隣にマフラーをした朔夜がいて、私が鼻を拭いちゃったこととか」
「……それがこの腐れ縁の始まりだったな」
「…腐れ縁」
「……まぁ、これから先も君と一緒にいることがあるのなら……それを、運命と呼ぶのかもな」
「…っする絶対運命にする」
運命にする、だなんて
とてつもなく大層なことを簡単に言ってのけて、笑ってみせる運命論者
彼女ならきっと、運命にしてしまうのだろう
それも悪くないかもしれない
けれど、
今はまだ、足掻いていたいのだと、確率論者
たくさんの奇跡のような確率の『偶然』が重なり
運命になり得ることを、その身をもって知るのはいつの日か