テーブルマナー「はいよ、沢山食べてね、お兄さんたち。ごめんねえ、今日ちょっと混んでて、メインはもうちょっと時間がかかるから、先にこれ食べといておくれ。特別に大盛りにしといたから」
と、早口で言い、にこやかに笑って、飯屋のおかみさんが机の上に皿を置く。
ハッサンはおかみさんに、そりゃどうも、と言って、そして目の前の皿を見て嬉しそうに、「お、美味そうだな。ここの店、当たりだぜ」とこちらに笑いかけた。
確か、これは、骨つき鶏の唐揚げ、…だったと思う。飯屋に入って、ハッサンに「レック、お前、何食いたい?」と聞かれていざメニューを見ても、今まで城で食べていたものと違いすぎて想像がつかなかったので、結局全部注文をハッサンにおまかせしてしまった。
「嫌いなもんはねえのか?」と聞かれて、ない、と言うと、ははあ、立派だねえ、と少しだけ呆れたように感心された。
嫌いなものがあって、もし食べられなかったら、会食に招かれた時に失礼でしょう? だから何でも頑張って食べなさい、あなたは王子なんですから。それに、何でも食べた方が体にもいいのよ。
母上の言葉が頭をよぎる。久しくその言葉を聞いていない。もうそんなにわがままを言うほど子どもじゃない。それに、…ずっと、眠った顔しか見ていない。
「……ハッサンは、好き嫌いは?」
「オレか? オレは肉が好きだな、野菜はあんまり好きじゃねえ」
わかりやすくて思わず笑ってしまった。そういえば、野菜を使った料理をあまり頼んでいなかった気がする。
「野菜も食べた方がいいよ」と言うと、
「おふくろみてえなこと言うな、お前」と苦笑された。
「まあいいや、熱いうちに食おうぜ。ほら」
そう言って、ハッサンが、ずい、と、骨つき鶏の唐揚げをこちらに寄せてくる。ほら、と、言われても、これは、どうすれば。
「ナイフとフォークって、ないのかな…お皿も」
「ナイフとフォークぅ!?」
ハッサンが目を丸くしてこちらの顔を見て、やがて、あっはっは、と笑い出した。
「レック、これはな、そんなに上品に食う必要ねえんだよ。手で骨持ってかぶりつくんだ」
ほら、と言って、ハッサンがひとつ唐揚げの骨のところを手に取り、歯でかぶりついた。そしてもしゃもしゃと咀嚼し、飲み込むと、ハッサンは、「美味いぜ、ほら、お前も食いな」と言って笑いかけてくる。
「レック王子様は、どうせ城に帰ったらこういうのできねえんだろ? 今のうちに庶民の味と食い方、覚えとけよ」
そう言って、さっさと最初の唐揚げを平らげたハッサンは、2本めに手を伸ばす。さっさと食わねえと全部オレが食うぞ、と言われて、慌てて手を伸ばし、骨を手で持って、ハッサンと同じようにかぶりついた。……ああ、これは。
「おいしい」
「だろ? へへ、鶏の唐揚げ、美味いよな」
母上の、「レック、ちゃんと静かにお行儀よく食べなさい」という言葉と、ハッサンの、「うめえな、ん? どうしたレック、黙っちまって。うますぎて言葉が出ねえのか?」という言葉が、頭の中で喧嘩して、思わず笑う。
……母上、ごめんなさい。
ムドーを倒して城に帰ったら、また、行儀よくするから、今だけは。
「うん、おいしい。あと野菜も頼もう、やっぱり。肉ばっかり食べてたら体に良くない」
「ええっ!? そりゃねえよ、せっかく旅に出て、これからは好きなもんばっかり食えると思ったのに!!」
情けない顔をするハッサンを見てまた笑い、そしてボクはメニューを手に取った。さて、…何を頼もうか。