おつかれジェイドリーチ ジェイド・リーチは疲れていた。
疲れるなどとヒトらしい事とは無縁の、完璧主義者の仮面を被った男があけっぴらに、なんのてらいもなしに、麗しいかんばせのつるりとした唇から疲れたと零した。
オンボロ寮のだだっ広い談話室にぬめっと現れたかと思うと、古ぼけたソファの上に古代兵器が寿命を迎えたように音もなく硬いマットレスに倒れ伏した。
しばしの間固まっていた監督生は、一緒に課題のお供としてツナとニンニクの限界ペペロンチーノを作っていたグリムと顔を見合わせた。
そうして出来上がったほかほかと湯気の立つパスタを、グリムと目配せして取り分ける。
許可がおりたので2人分のパスタを3分割にして、ほんの少し自分の分から多めに取り分けたパスタを微動だにしない大男の前に置いた。
「食べます?」
常温の水を人数分グラスに注いで、定位置に座って声をかける。のっそりと重たく顔を上げたジェイドの虚無顔に、グリムが黙ってフォークを差し出す。
ぐしゃぐしゃになってしまった襟元がきつそうだったので、蝶ネクタイを外してあげる。
ついでにボタンも数個外して、心做しか草臥れたジャケットも脱がせる。
ぼーっとされるがままだったジェイドは、グリムからフォークを受け取り、もそもそとパスタを啜り始めた。
「子分、それ取ってくれ」
「はい」
汁多めのパスタを思いっきり啜って口元をビシャビシャにしたグリムへウエットティッシュを1枚あげる。あっという間に全員平らげると、ジェイドはまたもやソファへ横たわった。食べ終わったお皿を片付ける時に、グリムがつんつんとジェイドの頬っぺをつついたが何の反応も無いので、「コイツ…死んでる…?」と戦慄していた。
グリムを先にお風呂に行かせて、お腹が冷えないようにちょっと奮発して買った厚手のブランケットをかける。色々な家事を済ませて、ふぅと一息つくとグリムがお風呂から上がってきた。
ふわふわの毛を揺らしながらソファの方を見て、ウワまだ居たという顔をする。
「おい、そんなとこで寝るななんだゾ」
てしてしと洗いたてのぷにぷにを頬っぺにぶつけられたジェイドは、胡乱げな瞳をグリムに向けると、ぐわ、と手をナマケモノの如く伸ばし、キョトンとしたグリムを自身の腕の中に閉じ込めた。
「ぎゃー!子分助けろなんだゾー!」
じたばた藻掻くグリムをものともせず、高い鼻筋をふわふわのお腹に埋めて思い切り息を吸い込むジェイドリーチ。
分かる分かる。
疲れているとそうしたくなる。
思わずにへらと顔を緩めてしまった。