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    an_nyarooo

    腐/ガウェロビ/DOMAN
    @an_nyarooo

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    an_nyarooo

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    メモテスト 大昔に書いたぐだロビ的な何か

    森がざわめき、目の前で燃える小さな火は大きく揺らいだ。幸い火が消える事はなかったが、この風だ。念のために木の枝をいくつか折って火の中に放り込めば、それまで弱々しかった火は少しばかり勢いを取り戻してくれた。指の先にじわりと伝わってくる熱に、立香はほっと息をつく。
     しかし指先の温かさとは対照的に、背中の方は少しばかり寒い。カルデアから支給された制服は耐熱、耐寒共に優れている。歩き回っている時は気にならないのだが、こうして夜にじっとしていると、やはり風や空気の冷たさがわかってしまうのだ。
     少しはマシになる事を期待して、肩をかき抱き体を丸める。けれど冷たい風は容赦なく背中にぶつかってくる。カルデアにならば自然環境に適応できるだけの魔術礼装があるのかもしれないが、あそこに戻るまでにはまだ時間を要するだろう。つまり今はただ耐えるしかないのである。
     思わず嘆息を漏らしかけたその瞬間、不意に背中に感じていた寒さが消えた。肩に、何かがかけられたのだ。手を伸ばしてそれに触れれば柔らかな布の感触。立香が振り返れば、そこには緑衣を纏った痩躯の男が呆れたような顔をして立っていた。
    「寒い時は寒いってちゃんと言えよ、マスター」
    「ありがとう、ロビン。……俺だけ寒いって言うのも、ちょっと気が引けて」
    「あのなぁ」
     立香の答えに、緑衣の男――ロビンフッドはますます呆れ顔になった。肩にかけた毛布を一度取り上げ、今度は頭から被せてくる。
    「オレ達はサーヴァント。アンタは生身で、しかもマスター。気を遣うならまず自分に気を遣ってくれませんかね」
    「……うん。ごめん」
     謝罪を口にすれば、ロビンフッドは溜息を漏らし、毛布の上からぽんぽんと頭を軽く叩いてきた。小さな子供にするようなそれに、立香は思わず唇を引き結ぶ。それから被せられた毛布を手のひらで撫でた。肌触りの良い、上質な毛布だ。
    「この毛布は?」
    「あー、以前にどこかの街で見かけましてね。安かったし、あれば便利でしょ」
     そういえば以前、買い物をしているロビンフッドを街で見かけた事があった。あの時は何やら大量に買い込んでいたが、一緒にこの毛布も見かけた気がする。あれは自分のために買ってくれたものだったのだと今更気付き、立香の頬が緩む。
    「ありがとう。ロビンは優しいね」
    「……そりゃあ、」
     礼と共に思った事を素直に口にしたが、返ってきた声は何故か少しばかり小さかった。その事に引っかかりを覚え、立香は顔を上げて振り返る。木に寄りかかったロビンフッドと目が合った気がした。夜目の利かない立香にとって、小さな炎が放つ橙色の光だけではどうにも心許ない。それでも、ロビンフッドが些か複雑な表情をしていた事だけは、なんとなくわかってしまった。
    「買い被りってやつだぜ、マスター。オレは優しさとかそういうの、残念ながら持ち合わせていないんで」
    「毛布を用意してくれるのは優しさだと思うけど」
    「んなもんただの偶然ですし? たまたまオレが毛布を持っていて、たまたまアンタが寒がってた。それだけだ」
    「それを優しさって言うんじゃないかな」
    「アンタはオレの事を知らないから、優しいだなんて思えるんですよ」
     事実、優しいではないか。しかしこれ以上は無意味な押し問答になりそうだったので、立香はそのまま口を閉ざした。視線を再び焚き火へと戻す。先ほど火の中へ投げ入れた枝が爆ぜて、静かな空間に音を響かせていた。その音に耳を澄ませるように、立香は静かに目を閉じた。

     目を開けた時、そこにあったのは見慣れた風景だった。白い天井。無機質な壁。間違いなくカルデアの、自分に与えられた部屋だ。立香は何度か瞬きをしてから首を動かし、改めて部屋を見渡した。そしてゆっくりと息を吐き出す。
    「夢……」
     それは過去の夢だ。いつだったか、人理を修復するための戦いのさ中、レイシフト先で迎えた夜の記憶。昔というにはほど近く、最近という程には近くない。そんな過去の夢だった。
     何故、今頃そんな夢を見たのだろう。ぼんやりとその理由を考えていると、不意に部屋の扉がノックされた。扉の向こうから、控えめな声が聞こえてくる。
    「先輩、おはようございます。これから朝食なのですが、よかったらご一緒しませんか」
     その声は立香にとっての大切な仲間、マシュのものだ。立香は慌てて体を起こすと、扉の向こうに届くように少し大きな声で応えた。
    「おはよう、すぐに出るから待ってて」
    「はい。あっ、慌てずゆっくりで大丈夫です。待ってますから」
     なんともマシュらしい返しに、立香は思わず口許を綻ばせる。一度大きく伸びをして、ベッドから下りると、待ってくれているマシュのためにさっそく身支度を始めた。



     オムレツから立ち上る白い湯気と優しい香りは、寝起きで空っぽの胃を良い具合に刺激する。クリーム色をしたそれをフォークで一口大に切り分ければ、割れ目からはより濃厚な香りが溢れてきた。掬い上げ、期待と共に口に入れる。塩気の効いた玉子は柔らかく、ほろほろと崩れ、口の中に広がる旨味に立香は頬を緩めた。
     カルデアで提供される食事は実に美味だ。それは単に料理の質が良いだけではなく、作り手の味付けが妙に立香の舌に合うためでもある。聞けば、厨房に立つエミヤはオールマイティに調理をこなすが、かつては和食を得意としていたらしい。どういう経緯で和食が得意だったのか、詳しい事は知らないが、日本出身である立香の味覚に合うのはそのためだろう。
     二口目を舌の上で味わいながら、立香はふと昨晩の夢の事を思い出した。
    ──アンタはオレの事を知らないから。
     あの時のロビンフッドの言葉が、今更妙に引っかかる。毛布をかけてもらった事はしっかりと記憶していたが、あの時何を話したかまでは忘れていたというのに。人理の修復を終え、別の事を考える余裕ができたからなのかもしれない。
     このカルデアにやってきてからずっと、立香はただ一人のマスターとして強大な相手と戦ってきた。無論、一人だけの力ではない。実に多くの助力を得て、ようやく成し遂げたのだ。
     そしてその助けてくれた者達には、立香と縁を結び、このカルデアへと来てくれたサーヴァント達も含まれる。ロビンフッドもその内の一人だ。
    (……だというのに)
     立香はロビンフッドの事を何も知らない。『ロビンフッド』という存在を知識としては知っていても、彼がどう生きて、何故英霊になったかはわからないのだ。
     勿論それは彼に限った話ではない。立香は彼らを信頼しているが、何でも話せる親しい友人になったわけではない。そもそも英霊達が立香に自らの生い立ちを話す理由はないし、立香にそれを問いただす権利もない。立香自身、彼らが自ら語らない以上、相手の心に土足で入り込むような事はするつもりはなかった。
     それなのに、やはり、夢の中でロビンフッドに言われた言葉が頭の隅に居座っている。これは一体どういう事なのだろうか。
    「……んぱい、先輩」
     不意にからかけられた声に、立香は現実へと引き戻された。視線を前方へと向けると、同席のマシュが心配そうな顔で立香を見ている。
    「大丈夫ですか? 先ほどから手が止まっているようですが……」
    「ああ、ごめん。ちょっと昨日見た夢の事を思い出してて」
    「夢、ですか。それは武蔵さんの時のような……?」
    「いや、ごく普通の一般的な夢だよ」
     夢、と聞いたマシュが不安げに眉根を寄せたので、立香は慌てて否定した。夢に関しては以前に色々あったせいで、敏感になっているのだ。少なくとも、昨日の夢はそれらのような異質な事象ではなかったと断言できる。
     とはいえ、不安にさせてしまったのは立香がぼんやりと考え事をしていたせいだ。隠す必要がある内容でもないので、マシュに話してみる事にした。
    「実は、昔の出来事を夢に見て」
    「昔というと、先輩の子供の頃でしょうか」
    「いや、カルデアに来てからの……と言っても、大した内容じゃないんだ。レイシフト先でロビンとちょっと雑談をした時の夢」
    「ロビンさんと?」
    「うん。……ところでさ、マシュはロビンについて何を知ってる?」
    「え? え、っと、そうですね。真名、ロビンフッド。一二世紀にシャーウッドの森でジョン失地王を相手に戦い続けた義賊が有名ですが……」
     まるで辞書に書かれているかのような解説が、マシュの口から零れ落ちる。シンプルでわかりやすい答えだが、しかしマシュはそこで言葉を止め、考え込むように視線をテーブルへと落とした。
    「ですが、それはあくまで伝説、伝承としての『ロビンフッド』です。このカルデアにいるロビンさんは……」
     再び顔を上げたマシュは、目を細め唇の端を吊り上げる。
    「普段の態度とは裏腹に、カルデアでもトップクラスに面倒見の良い方だという事だけはわかります」
    「確かにそうだ」
     あまりにも自信に満ちた顔で言うので、立香は思わず吹き出してしまった。マシュの言う通り、このカルデアにいるロビンフッドは、そういう男だ。立香もそれは今までのやりとりで十分にわかっている。
     それだけわかっているのなら、それで良い。それで良い筈なのだ。けれどどうしてだろう。納得する一方で、まだ心に引っかかりを覚えている。けれどもそれが何故なのかわからないまま、立香はようやく食事を再開した。
     目の前の料理を八割がた腹に納めた頃、横から手が伸びてテーブルに二つのマグカップが置かれた。同時に、ミルクの混じったコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。置かれたマグカップからそれを持つ手へと視線を移せば、そこにいたのは朝食を作ってくれたエミヤだ。わざわざコーヒーを持ってきてくれたらしい。
    「邪魔をしたならすまなかった。先ほど何やら二人で考え込んでいるように見えたのでね」
    「大丈夫。ありがとう、エミヤ」
     立香が答えると同時に、マシュも深々と頭を下げる。するとエミヤは唇の端を吊り上げ、今度は小皿を二つ、テーブルに置いた。黒い陶器皿の中心に、狐色の粉を纏い、黒いソースがかけられた四角い塊が鎮座している。
    「わらび餅だ」
    「これもお餅……なんですか?」
    「ああ。試作品でね。君達に是非味見をして貰いたい」
     子供達にはくれぐれも内密に。そう念押しをして、エミヤはわらび餅の皿を各々の前へと移動させる。小さなフォークを手に取って、立香はさっそくエミヤ特製のわらび餅を口へと運んだ。マシュもまた、立香の動作を真似てわらび餅をぱくりと食べる。その瞬間、マシュの目が輝いた。
    「おいしい、とてもおいしいです。お正月に食べたお餅とは異なりますが、確かにこれはお餅です」
     どうやらいたく気に入ったらしい。後輩の愛らしい反応に思わず笑みをこぼしつつ、立香はわらび餅をもう一つ口に放り込んだ。弾力のある触感のわらび餅に、たっぷりとまぶされたきな粉。甘さは控えめだが、かけられた黒蜜がそれぞれの風味を調和させている。
    「程良い糖分は朝の活力に繋がる。これで少しは元気も出るだろう」
     全てのわらび餅が二人の腹に収まると、エミヤはそう言って少しだけ笑った。そこで立香はようやく気付く。運ばれたコーヒーも試作品のわらび餅も、立香達への気遣いだったのだ。
    「エミヤもトップクラスの一人だね」
     そう言えば、マシュが笑みをこぼして頷いた。一人だけ話の流れがわからないエミヤは、僅かに眉根を寄せる。
    「君達は一体何の話をしていたんだ」
    「すみません、ええと、元はロビンさんの話をしていたんです」
    「ほう?」
     ロビンフッドの名に、エミヤは片眉を持ち上げる。マシュはそんなエミヤへと質問を投げかけた。
    「エミヤ先輩はロビンさんと仲が良いですよね」
    「待て。あれと仲良くなった事は一度もないのだが?」
     マシュの一言に、エミヤは心外だ、と言わんばかりに顔を歪める。しかしマシュにはエミヤの否定が予想外だったようで、不思議そうに首を傾げた。
    「でも、よくお話しているところを見かけるような……」
    「……まあ、顔を合わせる度に嫌味の応酬はしているが」
     確かに、と、立香はいつか見たエミヤとロビンフッドのやりとりを思い出す。ロビンフッドは王や貴族、騎士達に対しては避ける傾向があるものの、大概の英霊とは『それなり』の付き合いができる男だ。だからこそ、エミヤとのやりとりは立香にとって少しばかり意外なものであった。
     嫌味の応酬ができるというのは、『それなり』以上の関係と言えるのかもしれない。そう思うと、何故か少しばかり息苦しくなった気がした。
    「……俺よりずっとロビンの事を知ってるんだ」
    「? それはどういう意味だ?」
     ぽろりと零れた小さな声を律儀に拾ったエミヤが不思議そうな顔を見せる。立香は慌ててその顔に笑みを張り付けた。
    「いや、ちょっと昔の夢を見てさ……ロビンに優しいって言ったら、オレの事知らないから言えるんですよ~って。なんか、思い出したら気になっちゃって」
    「……ふむ」
     エミヤは僅かに眉を寄せ、唇を指の腹をなぞる。何かを思案するように立香を見たのち、その視線をマシュへと向けた。
    「君はどう思う?」
    「えっ、ロビンさんが優しいか……ですか?」
     問われたマシュは少しばかり驚いたような顔を見せたが、しかし特に迷う様子もなく首を縦に振った。
    「私は優しいと思います。いつも周りに気を配ってますし、小さい方達にも人気ですし……たとえロビンさん自身が否定しても、私は優しい人だと思っています」
     その答えに、エミヤの唇が弧を描く。
    「本来優しい、冷たい、怖いといった印象は自己が他者に抱くものだ。相手の自己申告は自身の捉え方に影響を与えるかもしれないが、決定権を持つわけではない。あの男や、たとえば私が今この場で否定したところで、二人があの男に抱く印象はそう簡単には変わらないだろう」
     そこまで言って、エミヤはその表情を些か神妙なものへと変化させる。その上で、何事をも見透かすような目で立香を見据えた。
    「……もし、それで満足できない、表に出た面の印象ではなくもっと内面の深いところに触れたいと思うのなら、その時は当人に直接聞くといい。答えが返ってくる保証はないがね」
     ふと、遠くからエミヤを呼ぶ声が聞こえ、エミヤの視線がそちらへと移った。厨房から顔を出してぴょんぴょんと跳ねながら手を振るのはタマモキャットで、どうやら人手不足を訴えている様子だ。気がつけば食堂は先ほどよりも混雑している。
    「長話が過ぎたようだ。戻るとしよう」
    「エミヤ」
     そう言って踵を返すエミヤに、立香は声をかける。再び向けられる視線に何と言うべきか少しばかり迷って、しかしすぐに笑顔を作った。
    「わらび餅、ありがとう」
    「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
     立香の横でマシュが深々と頭を下げる。エミヤはもう一度笑顔を見せて、今度こそ厨房へと戻っていった。
    「……内面の深いところ、か」
    「先輩?」
     エミヤの背を見送りながらぽつりと呟いた言葉に、マシュが首を傾げる。そんなマシュに立香は
    「何でもないよ」
     と笑みを作り、残された食事を腹に詰めるべく再びフォークを手に取った。



     修復を終えてなお発生する微小特異点への対応。今後やってくる査問団への対策準備。人理修復が為されたとはいえやる事は存外に多く、立香の予定表が空になった訳ではない。大体の事は館長代理であるダ・ヴィンチがやってくれているのだが、当事者の一人である立香にもそれなりに作業は発生する。加えてマスターという立場上、英霊達のためにその時間を割く事も珍しくはないのだ。
     今日も今日とて朝食を済ませば待ち構えていたのはジャック、ナーサリー・ライム、バニヤンの三人。どうやら立香達がエミヤから貰ったわらび餅の情報をどこからか仕入れたらしく、取り囲まれてずるいだの自分たちも食べたいだのとひたすら訴えられた。おかげでエミヤとタマモキャットを巻き込んでの料理教室開催と相成り、午前の自由時間はそれに費やされた。
     盗み食いをしに来た茨木童子も調理班に加え、完成したのはちょうど昼前。三時のおやつにするのだと容器を冷蔵庫に仕舞う三人と、すぐに食べられるものだと思っていたらしい茨木童子があんぐりと口を開ける様を見届けてから、立香は急いで昼食を済ませる。昼食といってもしっかりとした食事ではなく、十秒でお手軽に摂取できるゼリー飲料だ。育ち盛りの青少年である立香には当然足りる量ではないのだが、この時間に腹一杯食べてしまうと午後はしばらくの間眠気との戦いとなってしまう。これからブリーフィングを控える身としては、それは避けたい事態だった。
     必要な資料を片手に、一人廊下を歩く。窓から見える景色は今日も真っ白で、それはそれで美しくはあるのだが、視覚的にはどうしても他の色も欲しくなる。例えばそう、森のような、鮮やかな緑だとか。
     その時ふと、微かな匂いが鼻孔を掠めた。なんとなく覚えのある匂いだ。すん、と香りを吸い込めば、それが煙草の匂いだと気付く。
     立香は思わず足を止め、周囲を見渡した。基本、廊下は禁煙で、この辺りには喫煙所もなかったはずだ。とすれば、誰かが近くの部屋で吸っているのだろう。
     カルデアは使われていない部屋も多く、空き部屋を好き勝手に使う英霊もいる。今回もその例だろうと、立香は弱々しい匂いを頼りに、一つの扉の前へと立った。
     この場合ノックをすべきだろうか。少しばかり思案してから拳を持ち上げる。しかし立香が扉を叩くより先に、突然その扉が開いた。中からひょっこりと顔を出した人物――ビリー・ザ・キッドは、立香の顔を見るなり楽しげに笑った。
    「やあ、いらっしゃい。いいタイミングだ」
     そう言って手招きをすると、ビリーは部屋の中へと戻っていく。ブリーフィングの時間が差し迫っていたが、ビリーの誘いを断って去るのも気が引けて、立香は部屋の中へと足を踏み入れた。先程まで微かであった煙草の香りが色濃くなる。香りの元を視線で辿り、その先にいた人物に一瞬、心臓が高鳴った。
    「ロビン」
    「やー、マスター、よくここを見つけましたね」
     灰皿に押しつけていた煙草を指からはなすと、ロビンフッドが振り向いて笑みを見せる。村娘なら心を奪われるであろう甘い笑みだ。
    「覚えのある匂いがしたから、誰かいるのかなって。ロビンの匂いだったんだね」
     立香が返すと、ロビンフッドは眉根を寄せた。自らの宝具である顔のない王を掴み、顔に寄せて匂いを嗅ぐ。
    「オレ、そんなに普段から煙草臭いですか」
    「えっ、いや、そんな事はないっていうか普段は煙草の匂いとか特に意識した事なかったし、多分鼻がいいのかも、俺」
     ロビンフッドの反応に失礼な事を言ってしまったような気がして、立香は慌てて弁解する。すると背後でビリーがきゃらきゃらと笑った。
    「煙草の匂いには随分気を付けてたからね、ロビンは」
    「余計な事は言うなよ。ただ匂いが強いと隠れる時に不利ってだけだ」
     後で洗濯しとくか、とぼやくロビンフッドに立香は苦笑する。それから少しばかり首を傾げた。ロビンフッドに告げたのは真実で、立香は今まで彼から煙草の匂いがする事に気付いていなかったのだ。例えば普段から煙草を吸っているエルメロイⅡ世などはわかりやすいが、それに比べるとロビンフッドから漂う煙草の匂いはひどく微弱だ。なのに何故、あの微かな匂いがロビンフッドのものだとわかったのだろうか。
    「で、ロビンの煙草臭はともかく、暇ならマスターも一緒にどう?」
     どうやら二人はここでカードゲームに興じていたらしい。ビリーがテーブルに散らばったカードを指先で一枚拾い上げ、立香に差し出す。反射的にカードに手を伸ばそうとした立香だったが、ふと本来の目的を思い出し、首を横に振った。
    「ごめん、これからブリーフィングがあるから」
    「ありゃ、それは残念。せっかく楽しく遊べると思ったのに」
    「健全な青少年に悪い遊びを教えるなよ、ビリー」
    「マスター相手ならちゃんと健全なゲームにするつもりだったさ。……さて、と」
     眉根を寄せるロビンフッドに笑みを返し、ビリーは手にしたカードをテーブルへと戻す。そのまま流れるように酒瓶を手に取って呷るが、少しばかりの液体がビリーの舌先を濡らしただけだった。どうやら中身はほとんど入っていなかったらしい。
    「不健全なゲームは一旦休憩だ。賭け事なんて素面でやるもんじゃない。追加の酒を確保してこないと」
    「あいよ、赤いのに見つかるなよ。昼間から飲んでるのがバレたら煩いぞ」
     ふと、ビリーに向かっていたロビンフッドの視線が再び立香へと戻ってきた。眉間に皺を寄せたまま、立香を呼び寄せるように指先でテーブルをトントンと叩く。立香が彼のもとへと近寄れば、今度は口を開けろと指示をされた。意図がわからないまま言われた通りに口を開く。するとロビンフッドの手が伸びて、開けたままの口に何かを放り込んだ。
     舌の上に広がる甘い味。ナッツ入りのチョコレートだ。
    「オタク、昼飯ちゃんと食ってないだろ」
    「……満腹だと眠くなるから」
     溶けて舌の上に広がるチョコレートを喉の奥へと押しやって、立香は答える。返ってきたのは呆れたような嘆息だった。
    「腹が減ってたら頭が働かないだろ。糖分くらいはここで口にしていったらどうです?」
     そう言って、ロビンフッドはチョコレートをもう一つ差し出し、立香が躊躇いがちに開いた口へと放り込む。立香がチョコレートを飲み込むのを確認し、ようやくその顔に笑みを作った。彼の白い手が、ついでとばかりに立香の頭を軽く叩く。その瞬間、立香は喉がきゅうと締まるような感覚を覚えた。胸の中に言い知れぬ感情が広がっていく。
    「じゃ、午後も頑張ってくださいよ、マスター」
    「……うん、ありがとう、ロビン」
     立香は頷き、ロビンフッドに笑みを向ける。しかしその視線はすぐに逸れ、扉へと向いた時には浮かんだ笑みも消えていた。
    「じゃあ、行くね」
     ひらひらと手を振り、立香は扉へと歩き出す。そのまま振り返る事なく部屋を出た。
     扉を閉め、数歩前に進む。踵が硬質な床を叩く音は耳に馴染み、いつも通りの日常に戻った気がして少しだけ安堵する。しかし同時に、未だ口の中に残るチョコレートの甘さに、立香は何とも言えぬ感情を抱いていた。喜びではない。嬉しいとも異なる。ましてや怒りや哀しみでもない。強いて言うならばそれらがぐちゃぐちゃに入り交じったような、複雑な感情が立香の胸の辺りにわだかまっていた。
    「マスター」
     不意に名を呼ばれ、足を止める。その声がロビンフッドのものでない事にやはり安堵しながら、立香は声の主へと振り返った。その視線の先に立つ男、ビリーは立香に向かって片手を上げて笑みを作る。
     何か用なのかと口を開きかけたところで、ビリーがロビンフッドに酒を取りに行くと伝えていた事を思い出した。つい先ほど耳にした会話だ。それすら頭から抜け落ちているなどさすがにどうかと思い、立香は己の頬を両手で叩いた。再び足を踏み出せば、ビリーは立香の隣に並んで歩き出す。
    「どうしたのさマスター、眠い?」
    「いや、ちょっとぼんやりしてたから」
    「さっきから少し不機嫌に見えるけど」
     そう言われて、立香は思わず目を伏せた。別に機嫌を損ねた訳ではなかったが、あからさまに目を逸らした事はビリーに気付かれていたらしい。となると、間違いなくロビンフッドにも伝わっていただろう。
    「不機嫌って事は……」
     訂正しようと口を開き、しかし立香は結局そこで口を噤んだ。胸の中に靄が生まれたのは事実なのだ。自分自身が気付かなかっただけで、もしかしたら無意識のうちに腹を立てていたのかもしれないと、そう思い直す。しかしそれは一体何に対して。
    「……チョコレート」
     甘ったるいチョコレートの味がまだ舌の上に居座っている気がする。これは立香に対するロビンフッドの気遣いだ。間違いなく彼の優しさだ。そう理解しているのに、本当ならば感謝こそすれ腹を立てる必要などどこにもないというのに、立香は彼の行動を些か不服に思っていた。
    「俺って俺が思ってるよりずっと子供なのかな」
     つい、そんな事を吐き出してしまう。こんな感情を抱く事自体が自らを子供と証明しているようで、立香の心境はさらに複雑なものへと変貌していく。ビリーはそんな立香に目を丸くして、しかしすぐに言葉の真意を理解したらしい。
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