風が吹いた日「ほんま、いい加減にせぇよ」
「……」
風のない、静かな夜だ。
今日の火の番は最初がヴァッシュで、次がウルフウッドという取り決めだった。月が天頂から45度傾いたら交代という暗黙の了解があったのだが、ウルフウッドが目を覚ました時、月はだいぶ先の方まで傾いていた。起こすために話しかけるより、寝ずの番をした方がましってことか、と、内心で舌打ちをする。そうやって出て行った先では、赤いコートの男が酷く傷ついた顔をして座っていた。それが、ウルフウッドの気持ちを逆撫でした。
「いつまでぶすくれとんねん。おどれがそうやって黙っとるから、ねーちゃんもおっさん――は知らんけど、とにかく揃いも揃って辛気臭い顔してかなわん。車内の空気が最悪や」
「拗ねてなんかない」
ぴしゃりと言って、ヴァッシュがじろりと睨み付けてくる。怒ってる方が、悲しんでいるよりまだましだ。ウルフウッドは煙草に火を付けながら焚き火の側へと座った。
「……自分が気に入らないってだけなのに、他人を引き合いに出すのは卑怯だ」
「はぁ、さいですか」
普段は柔らかい印象を受ける二つの瞳が、責めるようにウルフウッドを見る。それを真っ向から受け止め、目をそらさずに煙を吐いた。
「謝らんからな」
思ったよりも攻撃的な声が自分の口から漏れ出して、ああ、と内心で嘆息した。これでは八つ当たりだ。謝るつもりはないし、わざわざ慰めるつもりも無かったが、感情をぶつけるつもりだって無かったはずだ。
案の定、男は更に傷ついたような顔をする。
ああ、腹が立つ、と、ウルフウッドは思う。
「あのなぁ――」
「……悼んでくれよ。謝らなくて良いからさ」
泣いてるような怒ってるような顔で、ヴァッシュが言う。
二つの瞳の表面が揺れているように見えた。視線はそらされることなく、ウルフウッドの方へと向けられている。
「ロロは……泣き出すと誰があやしても止まらなくてさ。でも、僕が抱き上げたら泣き止んでくれたことがあって……小さくて柔らかい手で、笑いながら、僕の顔を触ってくれたんだ」
言われて、反射的にウルフウッドは奥歯を噛みしめた。
古い記憶が、意識の先で明滅するようによみがる。
ウルフウッドは知っている。子供の体温も、重さも、匂いも。
男がぽつりと呟いた後、ざ、と音を立てて砂が宙へと舞った。一陣の風が橙色の炎を揺らす。ウルフウッドは反射的に目を閉じて、それから深く息を吐いた。
いっそ泣いてしまえば良いのに、とウルフウッドは思う。
目の開ければ、涙も流せないまま、痛みに耐えるようにしている男がいるはずだ。男は泣かないだろう――それが分かっているからこそ、余計に泣いてしまえと思うのだった。
風が止んだ。
そして、朝が訪れる。