先生と俺の日常。任務終わり後、そのまま五条先生の家に向かった。
日が暮れて夕飯には丁度いい時間帯に向かえば、黒い2人が座っても余裕なほど、大きくフカフカなソファに腰を掛けている先生の後ろ姿が、リビングに続くドアを開けた時に目に入った。
部屋は明るくても綺麗な銀髪や陶器のような白い肌を照らすブルーライト。
黒いサングラス越しに書類片手にパソコンと睨めっこしている。
ただいま。夕飯食べた?
上着を脱ぎながら聞くと、気だるげに書類が終わらなくて、まだなんだ。と書類をテーブルに投げながら背もたれに両腕を投げ出し言う。
お風呂は沸いてるよと聞いて、じゃあ直ぐに夕飯を食べてゆっくりしようと提案すると、なら早く終わらせよ!と先程より生き生きとした返事が来た。
豚肉に調味料と肝心な生姜を染み込ませて、熱したフライパンにタレと一緒に炒めていると、いつの間にか仕事が終わった先生がお皿や箸の準備をしようかと引き戸を開けた。
二人で料理をする一時が好きな俺はホクホクした胸を感じながら、じゃあお願い!と気持ちを笑顔に乗せた。
小皿にサラダ、そして生姜焼きと味噌汁とちょっと物足りない気もするが、サングラス越しでも分かるキラキラと光る瞳と、美味しい!と言いながら味噌汁を片手に食べる姿にまた頬が緩む。
悠仁は任務後で疲れてるでしょ?先におふろはいってきな。と自分のお皿と一緒に俺の分まで纏めてキッチンに向かった姿を見ながら、じゃあお言葉に甘えて!とお礼をしながらバスルームへ。
頻繁にこの部屋へ訪れるようになってから一つ一つと着々に増えていった、俺専用の寝巻きや下着。
壁にある収納スペースの扉を開けば、いくつか小分けされたケースの中に俺の服は入っている。
片手で数えて少しはみ出るぐらい何回かこの家に来た。慣れてもいいんじゃないかって思うけど、まだ先生の部屋に私物が増えていく感覚はむず痒い。
浴槽に続く扉の隣にある洗面台にタオルやら下着やらを用意して、早速風呂へ。
シャンプーやボディーソープは先生と共有。
最初は自分の体から先生の普段の匂いがするのは、落ち着かなくて誰かに付き合っていると気付かれるんじゃないかとソワソワして、自分専用も置きたいとお願いしたら即断られた。
直ぐに慣れるよ。同じ匂いがするって嬉しいし。と目元を緩めて蕩けるように微笑まれたら、無理なんて一言も言えず折れるしかなかった。
今では落ち着くいい匂いにまで至った自分と、自室にあるシャンプーとボディーソープじゃ少し物足りなく感じる自分に恥ずかしくなる瞬間があるのは、どうしても慣れない。
肩にタオルを引っ掛けてリビングに戻り入れ替わりに先生が入る。
冷蔵庫からミネラルウォーターを拝借し、任務でガタガタになった体を床でストレッチしながら解す。
開脚に両脇腹を伸ばして、前屈も。
一通りやり終えた所で背中にズドンと重みが伸し掛る。
重いと抗議するが、ふふふと笑われて、はぐらかしながら両腕が俺の両脇下を通って顔に似合わない、がっしりした腕が胸の前で組まれた。
左肩と首筋が重く暑いことから、頭を乗っけているのだろう。
頬に髪の毛から冷めたばかりの水滴がピッとひっつく。
寝る前になると、たまにこうやって甘えてくることがある。
学校で不機嫌な時でも、帰宅してお風呂入った後はこういった感じで引っ付いてくる。
お疲れ様の意味も込めて、まだ濡れている髪を梳きながら撫でれば耳元で小さく囁かれる。
先程とは打って変わって甘い声と、強請るような言葉に顔が熱くなる。
心臓がバクバクする。
ゆっくり振り向きながら、いいよ。と先生と同じぐらい小さい声で答えれば、代わりにお風呂でポカポカと温まって濡れた唇が吸い付いてきた。
先生は目が良いから寝室のカーテンは遮光タイプ。
レーンの上からもカーテンの隙間からも光が漏れないから、今何時なのかは分からない。多分昼前だろう。ぐらい。
身を右向きから左向きに変えれば、暗くても分かる端正な顔立ちが白くて長い睫毛が、下まつ毛とくっついている。
分厚い胸板が、ゆっくりと上下する。
寝顔、それにサングラスや目隠しを付けていない姿はレアで拝む機会は寝起きぐらい。
しかも睡眠時間が短いとなると更にレアでプレミアものだ。
堪能したいが、無駄な肉のない薄い、けどどこか柔らかそうな頬を触りたくて突くと端正な顔が少し歪んだ。
ゆっくりと開いた瞼とまだポヤポヤしている瞳が俺を捉える。
おはよう。と両腕を伸ばして昨夜より力の無い腕で抱き寄せられる。
顔に似合わない分厚い胸板に頬を擦り付けながら朝食の話を振ると、そのまま体幹を使って強制的に起こされた。
多分俺より筋肉ゴリラだと思う。
俺の体重何キロあるか知ってるの?
ベットの周りに落ちた服を拾い身につけながら、洗面台へと向かう。
歯磨き粉の乗った歯ブラシで、髪の毛1束が変な方向へと向いてる先生の頭を見ながら丁寧に歯を磨いていく。
まだ覚醒しきれていない先生も歯を磨こうと口の中に歯ブラシを突っ込んだ。
「……!!!!」
「え、どしたの?」
「うー……。マズイ…。苦いよぉ…」
「あー。俺のと間違えた?いつも甘いの使ってんもんね」
「ゆーじの味がする…でも甘くない…」
「解釈が追いつかんが、恥ずかしいこと言ってるのは分かる」
梅干しを食べた時のように眉間にシワを寄せながら、これ以上動かしたくないと言いたげな手元は次第に止まった。
「もうちょっとだけ磨いたら口ゆすご?」
眉間にシワが寄ったままで停止した先生は、端正な顔立ちの筈なのにグシャッとしてる。
声をかけても動かない先生に、自分の歯ブラシを片手に持ちながらくるっと一回転して名案だと思い口を開いた。
「あ、じゃあ早く磨き終わったらご褒美あげる!甘いヤツ」
閃いたと隣でしかめっ面な先生を見ながらニコニコ提案すると、今までの表情は仮面だったのかという程に目をかっぴらくと瞬く間に高速で磨き始めた。
その隣でいつも通りに磨き終えた俺は、タオルですすいで濡れた口元を拭いた。
「…っ、はい!磨き終わったよ!なに?甘いご褒美って」
同じく、ゆすぎ終わってタオル片手にこちらを向いた先生はプレゼントを貰う前の子供のように、ワクワクとした笑みを浮かべていた。
まだ口角に残っている歯磨き粉の残りを俺のタオルで拭きながら、そのまま唇に己のをゆっくり押し付けた。
「へ?」
「実はね間違えて、せんせいの歯磨き粉使っちゃったんだよね。だから今口ん中甘いの。おすそ分け。甘かった?」
先生の歯磨き粉はイチゴ味。
チューブには対象年齢5才と書いてある。
そんな可愛らしい歯磨き粉を使っている本人は昨夜、似ても似つかない行為を俺にぶつけていたけど。
基本積極的な行動は恥ずかしくてしない俺だけど、あまりにも先生の顔がグシャッとしてたから何気なく発した言葉と行動。けどやっぱり恥ずかしい。
あまり顔を見られたくなくて、タオルでさり気なく隠しながら先生の顔をチラッと見ると、見たことないぐらい真っ赤だった。
「え真っ赤…」
「〜!そりゃ真っ赤になりますよ!ゆーじからの初キス!しかも、しかも…あぁ〜」
何かに項垂れるように前かがみになったと思ったら、今度は頭を抱えながら仰け反った。
自分の顔も赤いだろうし、この空間にずっと居るのは恥ずかしい。
そして、先生のこれは治まるのに時間がかかると付き合ってからたまに、見かける似た行動だと分かると、タオルを洗濯機にぶち込みながら「朝食作ってるね〜」とキッチンへ向かった。
後ろから『人垂らしぃ〜』と弱々しい声が聞こえた気がする。