悪夢を祓う 「姫は物の怪の類は怖くはないのですか?」
「物の怪…霊の類か。特に恐ろしくはないな、それに恐れていたら生前あのような戦いできるわけがない」
「ははっ、そういえば生前姫はどのような武士よりも男の子らしかったですな」
「そうだろう。それにまあ…倒せるものであれば特に恐怖は感じん」
「では拙者とこのゲームを共にしませんか」
「…これは、ホラーゲームというやつか」
現世では前世の頃にはなかったものが多く溢れていてこのゲームというのもその一つだった。
「弁慶がこういったものを持っているとは意外だったな」
「生前はないものでしたから興味があったのです。」
「けど何故ホラーゲーム?」
「姫の拙者の知らない顔を見て見たいと思うのです。申し訳ございませぬ」
そうやってしゅんと飼い主に叱られて耳を垂らせる犬のような姿の弁慶に思わず私は声を上げて笑った。
「構わん。」
逆に弁慶の知らない顔を見られればそれはそれとして私の褒美になることだろう。
「では、姫。コントローラーをお持ちくだされ」
「ああ」
弁慶に包まれるような体勢でコントローラーを構える。弁慶と部屋で二人で過ごす時の体勢はいつもこれだった。
「ああ、ちなみに姫」
「なんだ。」
「このゲームは実は武器と言ったものがありません」
「何?」
「ただ、敵から…物の怪から逃げて生き延びるゲームでございます」
***
「っ、……くぅっ……くそっ……」
主人公の視界で逃げるではなくスクロール式なのは助かったがそれでもバクバクと心臓が煩く音を立てる。漸く逃げ場所を見つけ逃げ込む。ゲームの主人公と同じく私の心臓は煩く音を立てていた。
「ふ、ふははっ…」
「弁慶…お前……!」
楽しそうに笑う弁慶の声が聞こえ顔を上げると弁慶は楽しそうに笑っていた。
「いえ、すみません。姫があまりにも必死で」
「こんなにも怖いとは思わなかったんだ!」
そう言葉をぶちまけると更に弁慶が頬を緩める。
「やはり怖かったのですね」
「怖いに決まってる…!」
涙目になっている私の目尻にそっと弁慶は口づけを落とした。
「まさかこんなに怖いものとは…せめて武器さえあればな…」
ぶつぶつと呟く私にまた楽しそうに弁慶は笑った。
「弁慶、今度はお前の番だ。交代だ」
コントローラーを押し付けると分かりました、と言って弁慶が操作しだす。弁慶の操作する画面を見つつ必死にその恐怖と戦う私だった。
***
「姫!どうしたのですか、このような時間に」
弁慶の部屋の前で寝間着姿で佇む私を見て驚いたような顔を弁慶はさせた。枕を抱きかかえ、顔を埋めながら私はじっと弁慶を睨む。
「…お前のせいだ」
「え?」
「お前のせいだから責任取って一緒に寝ろ」
「!…承知しました」
ふ、と楽しそうに笑う弁慶が分かってそれを見ないふりをしたまま弁慶に誘導されるがまま部屋の中へと入り弁慶に招かれ弁慶のベッドの中、弁慶の腕の中に飛び込む。
「……怖くなったのですか?」
「だから言っただろう、お前のせいだ」
「ふふっ、それは申し訳ありません」
全く悪びれてない言い方に私はその頬に手を伸ばし摘まんだ。
「ひめ……!」
「今のはお前が悪い。分かった私を安心させて悪夢を追い払ってくれ」
ふ、と笑うと手を離し笑うとお任せください、と弁慶は頼もしい笑顔を浮かべる。
「姫の憂いなど全てこの弁慶が吹き飛ばして見せまする」
太陽のような輝きを見せる笑顔に私の中の心がほぐれていくのが分かりながら私はすり、と頬を寄せた。
「姫、良い夢を。拙者はずっと姫のお側におります故」
弁慶に抱きしめられているとどうにも安心してしまってすぐに眠くなってしまい、重くなっていく瞼のまま弁慶の背に腕を回す。
「ああ…弁慶、おやすみ……」
「はい、おやすみなさい」
そっと私の頬に温かい何かが触れそれが弁慶の唇だと認識する頃にはすっかり私の意識は夢の世界へと落ちていった。
-了-