手を引くわけにはいかない 「――朔夜が、――で、――の時なんか――」
「…………君は朔夜のことが本当に好きなんだな」
しみじみとそう零せば嬉しそうに朝日奈さんは笑った。
「はい、大好きです!…あ、月城さんは別枠で大好きですからね!?憧れというかなんというか…」
そう弁明する姿がおかしくて笑ってしまう。
(散々朔夜が好きだの言っておいて……)
「俺からは充分仲良く見えるが…君たちは付き合ってないのか?」
そう問えば表情が曇り、それだけでそこまで至ってないことが見て取れる。
「告白はしていないのか?」
「してますよ!『大好き』とか『好きだよ』とか」
「……思うに、君の言葉が軽すぎて朔夜に本気と取られていないんじゃないか?」
ガーン、といった効果音が聞こえて来そうな表情をする朝日奈さん。
「押して駄目だなら引いてみる、というのもありだと思うが?…後は、そうだな」
きょとんとした朝日奈さんに顔を近づけてその頬に手を添えてみる。町で偶然会ったあの時とは違い顔を赤くしたりはせず、すっかり俺の顔に慣れたようだ。それは嬉しくもあり寂しくもあることだった。
「――俺と付き合ってるフリをする、とか」
「え、ええええっ……!?」
「そんなに驚くことか?」
「そ、そんな恐れ多いですって!月城さんとフリとはいえ、つ、つつ…付き合う…とか」
「朔夜のこと好きなんだろ?」
「う、うう~~……」
表情をころころと変えて悩む朝日奈さんを見て楽しんでいると――
「朝日奈、」
「朔夜!」
「迎えに来た。慧も悪かったな」
「いや?俺も楽しかったしな。朝日奈さん」
名前を呼ぶとくるりと彼女は振り返る
「さっきのこと、考えておいてくれ」
「…はい、考えてみます」
「ああ、いい返事を楽しみにしている。」
背を向ける朝日奈さんとは逆に朔夜はじっと俺を睨むように見つめていて俺はそれに笑みを返した。その優しさに甘えていたらいつかきっとその手をすり抜けていってしまうから。彼女が欲しいのはお前だけじゃないってことを知って欲しくて。
「ま、欲しいのは嘘じゃないけどな」
鼻歌を歌いながらティーカップを傾ける。アッサムの香りが俺の鼻をくすぐった。
-Fin-