本当に恐れていたもの(未完)/キラ門「キラウㇱくん、ちょっと話があるからこっちおいで」
「蕎麦を茹で始めてから呼ぶな」
出鼻を挫かれた。これはキラウㇱが正しい。次いで飛んできた「暇なら柚子の皮でも切ってくれ」という言葉に、門倉は座卓の上を片付けてから台所へ立った。俎板に転がされていた柚子から皮を剥き、細く切る。天麩羅の盛られた皿と箸、七味唐辛子を運んだ。せっかくならと普段は使っていない箸置きも出す。台所へ戻ると、キラウㇱはざるに取った蕎麦の水気を切っているところだった。力強く振り下ろすたびに水滴が飛ぶ。手際良く器に盛り付けられ、こっちが門倉の、と量の少ない方を手渡された。
蕎麦は知り合いの店から買ってきた手打ちの二八だ。かけつゆには軽く焦げ目を付けた長葱が入っていて、柚子の皮が散らしてある。いただきますと手を合わせて蕎麦を手繰った。数年前には海老やら南瓜やら豪快に並べていた天麩羅も、今年は皿一枚に収まる量を二人で分け合っている。キラウㇱも歳を取ったのだ。その事を考えると、不思議と少し安心感を覚える。
2317