ふと、ダークからスケートをしないかと誘われた。
ぼくは運動音痴だから無理だよ…。と言ったら俺が手取り足取り教えてやるからと言われ、彼の熱意に負けてしぶしぶ承諾した。
無様に転んで彼に迷惑かけたくないのに…ってぼそっと呟いたら「お前も才能あるんだからそんなに自分を卑下するんじゃねぇ…。」と小さな声で返された。
それ以上は何も言えなくなって互いに無言になっちゃったけれど嫌な空気は全く無くって、逆に彼がぼくの事を考えてくれているから静かになったのだろうな…と思った。それがわかるかのように彼は淡々と温かい飲み物や手袋等色々と鞄に詰め込んで、これから向かうための準備をしてくれている。
その準備が落ち着いたようで彼は動き出し、自分の部屋から持ってきたのか「服はこれが一番いいと思う。」とぼくに差し出してくれた。
その服はグレーを基盤としたシュッとしたスポーツウェアで、どうやら昔彼が着ていたものの様だった。その頃から成長してサイズが小さくなった今、クローゼットの奥にしまってあったのかその服からほんのりと彼の好きな香り袋の匂いがした。
過去に彼が着ていた服を身につけ、彼の好きな香りに包み込まれた自分を想像して顔が赤くなる。彼もそんなぼくの様子に気付いたのか「何考えてんだよ……。」と言いながら顔を赤くした。
着替えも済み、綺麗に氷の張っている所まで二人共に手を繋ぎながらゆっくりと歩いていけばあっと言う間に目的地までたどり着く。彼は少し大きな鞄から小さな折りたたみ椅子を取り出してぼくをそこに座らせた後にゆっくりとブーツを脱がせていく。
「それくらい…ぼくがやるってばぁ…。」とぼくは小さな声で言ったのだが彼はスケート靴は履くのは難しいし、きっちり締めて履かないと怪我の心配があるからとか言いながら絶対にぼくにやらせようとはしなかった。ぼくの靴のサイズもわかっていたようで、きつく締めすぎたような違和感や痛みもなく黙々と靴紐を通し、締めていく。気づいたらあっという間に両足が出来上がっていて、彼がぼくの隣で自分のスケート靴の紐を締める為に腰を降ろしていた。
「まずは、辺りを見ながらゆっくりしてればいい。」と言い、準備の終わった彼は氷に向かってゆっくりと歩いていく。
そして氷の上に立ったかと思った次の瞬間、滑らかな動きをしながら彼は滑り出した。
「わぁぁ……。」
氷の欠片がキラキラしながら彼の周りを彩る度にぼくはうっとりとして声を漏らす。本当に彼は美しく、戦いに明け暮れて血と泥に塗れた過去の日々の姿がまるで嘘のように感じたのだ。
しばらく滑って納得できたのか、ウォーミングアップを終え軽く汗をかいた彼がぼくの方に向かいやって来る。その姿に惚れ直してしまいそうだ…と思うような胸の高鳴りと、これから滑るという不安のドキドキが混ざってぼくの胸を押しつぶす。
「…行くぞ。暫くは地面だから意識せずに歩けば良い。」
そう言いながら彼はぼくの手をギュッ…と握る。
少し汗ばんだ、ぼくよりも少し大きな手……。彼の優しさによってさっきより更に高鳴ったぼくの胸は滑り終わるまで止むことは無かった。
「…今日は……ありがとう…。」
普段は使わない体のあちこちの筋肉が悲鳴をあげていて少し辛い中ブーツを履こうと思い、重くなった足を持ち上げる。足がガクガクしていて困っていたらダークがスケート靴を履かせた時と同じようにぼくのブーツを履かせてくれた。
あの後、ぼくはへっぴり腰になりながらも彼はゆっくりと丁寧に教えてくれたお陰でなんとか一人で滑る事ができた。だがその代償は大きく、今日の帰りは何とかなるものの明日は家から一歩も出れないかも…というくらい体が辛かった。
いたた…と声を出しながら立ち上がったぼくを彼は優しく抱きかかえる。あまりにも突然な事でびっくりしていたら、「……明日は…家にずっと居ればいい。今日は俺の我儘に付き合ってくれたのだから明日はシャドーの我儘を聞いてやる…。」と彼は耳を真っ赤にしながらぼくと目線を合わさず、そっぽ向いたようなようなかたちで照れながら呟いた。
そんな姿も好きだなぁ…と思ったぼくは、「…なら、明日はお菓子作りを一緒に手伝って貰おうかな…?君の大好きなお菓子を作ろうと思うんだ。」と彼に向かって優しく語りかけた。
その時に見せた彼の驚いた顔とその後に好きなお菓子と聞いて にこっ…と普段誰にも見せない可愛い顔をしたことで、さっき治まったはずの胸の高鳴りがドキドキと、また聞こえてきたような気がした。