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    初恋の子供とずるい大人

    #雷コウ
    ##ハンセム

    地獄の底で待ち合わせ(雷コウ) 彼と初めて肌を重ねたのは一年ほど前、彼が十八の年のこと。無理矢理から始まった関係も、どうしてか今は合意の上に成り立っている。有無を言わさず強引にされているのが楽だった。決してこちらを認めない相容れない視線で刺されるのが息苦しくて心地よかった。devaのHEAD、先生、そしてカミサマ。そのどれでもない天神コウというただ一人の矮小な人間として扱われることにどこか安堵を覚えていたのかもしれない。
     一度肌を重ねてから、なんの縁が結ばれたのかはわからない。それまで半年に一度会う程度だったこの男と、仕事で、あるいは偶然に、そしてプライベートで一か月に一度は出会っては性欲を発散するだけの関係を続けていた。

     いつかは終わるだろうと思っていたこの捻じれた関係が、こんな風に突然、それも思いもよらない形で終わろうとは思ってもいなかった。

     いつものように呼び出されたホテルの一室。いつもと同じルーチンで軽くシャワーを浴びた後二人でベッドにもつれ込む。触れて、抜いて、舐めて、挿れて、そして出す。それでこの行為は今日も簡単に終わるはずだったのに、どうしてか押し倒してきていた男がこちらを無言で見下ろしたまま一向に動かない。
     見下ろしてくるサファイアブルーに困惑したような自分の顔が映っていた。沈黙に耐えきれず男の名前を呼んだ。
    「わ、じきくん……?」
     返事の代わりに男の右腕が動いた。伸ばされた短く爪の整えられた指先が頬の上の方をなぞる。それがどうにも優しくていたたまれない。すりすりと小さく撫でるように目じりを親指で撫でられて、くすぐったさにたまらず瞳を閉じる。
    「アンタが好きだ」
     突然降ってきたのは柔らかくついばむような口づけと突然の愛の告白だった。言葉の意味は理解できるのに、それが自分に向けられている、目の前の相手が発しているのだということがどうしても受け入れられない。
    「天神さん、アンタが好きだ」
     ダメ押しのように重ねられた言葉も、熱っぽくこちらを見つめてくる二つの両の目も、何もかもが非・現実的だった。目の前の男が地球外生命体が如く理解することが難しく、突如襲ってきた甘くて柔らかくて生ぬるい何かから逃げようと体を起こして一歩肘だけでベッドの頭元の方へと逃げ出す。
    「和食くん、冗談は――」
    「冗談でこんなこと言うかよ」
    「そんなの嘘に決まってる」
    「他人に自分の感情を嘘だと決めつけられることほど腹立つことねぇわ」
    「でも君が俺のことを好きだなんて信じられない」
    「俺だって信じられねぇっつーの」
     でもアンタが好きなんだよ。そう真っすぐ告げる男から逃げようともう一歩ずりずりと後ずさりをする。逃げた分だけ男は簡単に距離を詰めて、けれど一定の距離を保ったまま無理矢理捕えようとはしない。
    「そんで、アンタは?アンタは俺のことどう思ってんの?」
    「あ……君は、そのまだ、未成年で……」
    「そんなことは聞いてねぇ」
    「俺と君じゃあ年齢差が」
    「それも聞いてねぇ」
     ずり、ともう一歩後ろに下がる。背中が壁にぶつかって、もう後ろには逃げ場が無いことを知る。
     喉がカラカラに乾いたまま張り付いていた。紡ごうとする言葉は全て胃の中にたまって吐きそうなほどに気持ち悪い。思わずシーツを握りしめていた指は真っ白になっていた。
    「でも君は子供で――」
    「なぁ、天神さん」
     いつも強く、決して揺らがないと思っていた男の瞳が泣きそうに細められた。くしゃりと歪んだ表情はまるで母親に置いて行かれた幼子のようにも見える。
    「断る理由が年のせいはやめろ。じゃねぇと、一年たったら、俺が二十歳になったらチャンスがあるんじゃねぇかって勘違いするだろ」
     だからちゃんとふってくれ、そう聞いたこともないくらいの小さな声で告げられて伸ばされた手はこちらに触れることなく白いシーツへと力なく落とされる。
     瞬間に気が付いてしまった。この男は今、振られることでこの捻じれた関係を綺麗に白紙に戻そうとしている。そう思ったら一気に頭がクリアになった。困惑しかなかった脳内をじわじわと焼いていくのはふつふつと煮えたぎるマグマのようなどろりとした怒りだ。
     抱かれ慣れた体はもう元には戻らなくて、無理矢理に暴かれて潰される以外に深く眠れることなんてもうできなくて、触れられるたびに呼吸ができなくなるのが何物にも代えがたいくらいに酷く心地いいのだ。
     こんな捻くれた歪んだ感情を自分だけが抱え続けるなんて許さない。地獄の釜の淵から逃げる男を逃がすものかと足を掴んで引きずり込むような醜い感情から出た言葉。

     それは、一般的には美しい愛の告白への返事だった。
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