望むべくは、「連翹」
ひどく広く古風な造りをした日本家屋の奥、ひっそりと造られた離れにその声は静かに響いた。
低くぶっきら棒に吐き出されたその言葉は、盛りの頃を過ぎた春に花を付ける樹の名で。夏の終わりに耳にするには、少しアンバランスだと離れに置かれた文机の前に座る男は小さく笑う。まるで自分のようだと。盛りの頃を過ぎても、今が盛りであると勘違いしていた男には似合いの名だ、なんて春に花咲く木の名をそのまま付けられた男はゆっくりと振り返る。
振りからずとも、盛りの過ぎた花の名を――滅多に呼ばれることは無くなっていた自身の名を呼ぶ男が誰かは知っていた。桐生連翹は両腕でその体の向きを変え、離れの入り口に立つ男を確かめるように視線を向けた。
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