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    狭山くん

    @sunny_sayama

    腐海出身一次創作国雑食県現代日常郡死ネタ村カタルシス地区在住で年下攻の星に生まれたタイプの人間。だいたい何でも美味しく食べる文字書きです。

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    狭山くん

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    2021-12-07/COBA2の後日談。うっかりしてたら本編書いた3年後に本編にも登場した男二人がデキてた。デキてるとは思わなかった。

    ##COBA
    ##桐七
    #BL

    望むべくは、連翹レンギョウ
     ひどく広く古風な造りをした日本家屋の奥、ひっそりと造られた離れにその声は静かに響いた。
     低くぶっきら棒に吐き出されたその言葉は、盛りの頃を過ぎた春に花を付ける樹の名で。夏の終わりに耳にするには、少しアンバランスだと離れに置かれた文机の前に座る男は小さく笑う。まるで自分のようだと。盛りの頃を過ぎても、今が盛りであると勘違いしていた男には似合いの名だ、なんて春に花咲く木の名をそのまま付けられた男はゆっくりと振り返る。
     振りからずとも、盛りの過ぎた花の名を――滅多に呼ばれることは無くなっていた自身の名を呼ぶ男が誰かは知っていた。桐生連翹は両腕でその体の向きを変え、離れの入り口に立つ男を確かめるように視線を向けた。
    「珍しい客だな――というよりも、此処までよく入れて貰えたと言うべきか」
     正座のまま暗い色の着流し姿で入口に立つ男に向かい合う連翹は、喉で小さく笑い声を上げた。その様を見ていた男は、眼鏡のレンズ越しでその黒曜にも似た瞳を細めピクリと片眉を揺らす。
     その様子が若い時分にその男が時折見せていた表情と寸分違わぬもので、連翹は再び笑ってしまう。そうすれば男は「邪魔するぞ」と縁側と室内を隔てる境界線を跨ぐのだ。
    「まず、アンタにとって俺が珍しい客なのは承知している。そしてこの家にはもう使用人も殆ど居ないだろう、特に俺の事を知っている奴は。局の用事だと言えばホイホイ通したぞ。マサキの前に通されたのには閉口したが」
     澱みなく、そして淡々と感情を孕まない声で――しかし丁寧に言葉を紡ぐ男に、本当に彼は変わらないと心の内でだけ呟いた連翹は「今は柾が当主だ」と言葉を返した。
    「だろうな。こんな奥に軟禁みたいな事されてりゃな」
    「この生活も、悪くはない――七生ナナオ、何故来た」
     その身に半分流れる西洋の血のせいか、口端だけを上げるような笑みを浮かべて肩を竦める男の様はどこかの俳優のようで。連翹の問いに七生――ナナオ・アスティンは右の腕をひらりと振りながら「ギブスがようやく外れたからな」と言葉を返した。
    「本当はもう少し早く来るつもりだったが、ギブスがあるとスーツもキマらんし――それにアンタ見たくないだろ、自分がけしかけた部下が俺を傷つけた結果みたいなモン」
     重ねられた七生の言葉に、思わず深く息を吐き出してしまった連翹に、七生はへらりと笑う。
    「ま、アンタがやってた仕事まで俺ん所回って来たから、此処に来る暇も無かったってのもあるけどな」
     笑みを含む――しかし少しだけ棘が含まれた声色で告げられた言葉に、いつの間にか連翹は苦笑を浮かべていた。
    「変わらんな、お前は」
    「アンタは変わった――が、今は憑き物が落ちたみたいな顔してんな」
     小さな独り言のような連翹の言葉を拾い上げ、七生はどこかすっきりしたように笑う。静かな足取りで、決して広くはない離れの両端に位置していた距離を縮めていく七生は、更に言葉を重ねた。
    「変わったアンタは気に入らなかったが、あの頃のアンタは結構好きだったんだぜ?」
     部屋の奥で座ったままの連翹に視線を合わせるように、七生はそう口にして畳へと膝を付く。二十年以上も昔、袂を分かった二人の男は再びその視線をはっきりと絡ませる。
    「アンタがただの俺の先輩で、青臭い理想を口にしていた頃。倫に外れた恋だと分かっていても、物分かりのいい愛人の顔をしてアンタに身体を許す位には――俺は、アンタに恋をしていた」
     かつて家に用意されたレールを進む事を生まれ落ちたその日から定められ、家に決められた妻と家に求められた子の居る身で、連翹は七生に恋をしていた。二十年以上も前にその袂を分つまで。
     そしてせめて身体だけでもと酔いに任せて七生を組み敷いた連翹に、七生は「嗜好の一致、相互利益ってヤツだな」と笑って見せた。
    「――お前は、何を考えているんだ?」
     過去を振り返り思わず口を突いて出てきた言葉に、口を開いた連翹自身も驚いて。こんな反射のように、言葉を口にしたのはいつ振りだったかすら連翹自身も思い出す事は出来なかった。
     連翹の言葉に少し驚いたように黒々と輝く瞳を開いた七生は、ゆっくりとその瞳を柔らかく細めて口元に優しげな笑みを浮かべる。
    「あの時、アンタの事を蹴ったのを覚えているか?」
     七生が口にするあの時という言葉に、連翹は先ほどよりも随分と近い過去を思い返す。あれは、本部の青年を贄にこの家を――そしてかつてこの国に存在していた祓魔師協会を再興させようとした時の事だった。
     終焉を司る神のような尊大さを纏う御本尊と呼ばれた存在に、連翹がその刃を向けられた瞬間。死すら覚悟したその時に、連翹を蹴り倒したのは七生だった。今となってはあまり思い出したくもないその経験に、苦々しげに頷いた連翹に七生はどこかすっきりしたような笑みを浮かべながら言葉を重ねる。
    「あのまま斬られて、アンタが死んだりしたら嫌だと思った。多分、あの人は気付いていたけどな」
     あの人、と言うのは御本尊の事なのだろう。連翹は七生の言葉にその意図を測るように眉を寄せる。そんな連翹の表情に七生は柔らかな笑みを湛えたままに再び口を開く。
    「本当にアンタは不器用なんだよな。だから、家に縛られて理想の火すら消され――押し付けられた理想を真としてその心根を曲げるしかなかったんだろう」
    「七生……?」
     七生の言葉の真意を測りかね、目の前に座る男の名を口にする連翹に、七生は全てを見通し全てを許すような慈愛に満ちた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
    「御本尊とやらが消えた今、祓魔師協会再興の宿願はもう果たされない。日本支部の膿は俺が全て出し切ったし、今後は外生管の一支部として安心安定の運営が為されるだろう。一宮、鷹司、氷川――そして桐生、その四家の優遇も今後は無くなっていく。歪みは是正されなければならない」
    「……何が言いたい」
     淀みなく紡がれる七生の言葉に、連翹は眉を寄せて口を開いた。その言葉に「相変わらずの鈍感男だな」と笑った七生は「祓魔師協会への執着という歪み、日本支部特有の四家による支配構造、そしてその家名による歪みによって暗く心根すらも膿んでいった四家に連なる人間。その歪みを全て無くしてやるって言ってんだよ」と言葉を繋ぐ。
    「――俺は、」
     連翹は逡巡の末ぽつりと声を漏らし、その口を噤む。連翹自身その理由は分かっていた。その言葉を口にして、目の前の男に拒絶される事だけは避けたかったのだ。
     今も昔も七生は正しく、その高潔さに連翹は惹かれていた。そして、連翹は家に縛られたままその選択を誤った。そんな男が今更何を言えると言うのだろう――目の前に座る七生を、いとおしいなどと。
     連翹の逡巡と怖れすら解り切っているかのように、七生は呆れたような笑みを見せる。
    「アンタは相変わらずだな」
     袂を分つ前のあの頃に、何度も七生が口にし見せたその言葉と笑みを、連翹の前に座る七生も口にしてその笑みを見せていた。
    「連翹。俺はな、変な所で臆病で生真面目な癖にたまに大胆な事しでかして、その上鈍感で不器用なアンタが今でも好きだよ――桐生の家とか、祓魔師協会とか、そういうアンタを取り巻く環境を全部まっさらにしたアンタ自身はどうなんだ。俺に此処まで言わせて日和るなよ」
     七生はいっそ怒気すら含んだ語調で一気に口にして、連翹を真っ直ぐに見つめていた。その瞳には一切の嘘も媚びもなかった。
     ――そんな瞳を向けられたのは、一体いつ振りだろうか。連翹は真っ直ぐな七生の瞳を見詰め、思い至る。そんな瞳を自身に向けるのは、後にも先にも七生しか居なかった事に。
    「――愛している。家が決めた妻はもう居らず、家に求められた二人の子供の一人は出奔し、一人はこの家の主人になった。この家はもう俺が存在しようがしまいが勝手に動いていく。全てを無くした男だ。七生……俺にはもう、お前しか居ない」
     感情を吐露するように絞り出された連翹の懺悔のような言葉に、七生はゆっくりと笑みを浮かべてその両腕を、身体を、連翹へと寄せる。連翹の肩口に額を埋め首元に両腕を巻きつけ縋るように抱きついた七生は「俺も、愛してる」と連翹の肩口で少しだけくぐもった声を返し、そのままその肢体に込められた力を抜いていく。七生の体重を受け止めながら、連翹はおずおずとその両腕を七生の身体へと回していった。
     互いに黙したままで、二十数年の溝を埋めるような抱擁は、一体どれほどまで続けられたのだろう。随分と長い間七生の体重を感じていたような気がする。それこそ、関係を持っていた時よりも。性の気配を孕まずに、七生とただ抱き合うだけというのは恐らく初めてではないだろうか。
     そんな結論に達した連翹は、突然どうしようもない羞恥に襲われる。頬が熱くなる感覚に、高まっていく鼓動。恐らくその鼓動を七生も感じたのだろう。
     小さく笑いながら「もっとすげぇことやってたのにな」と口にして、連翹の腕の中からその身をするりと抜け出していった。
    「七生……」
     懇願するような音色を孕んだ連翹の声に、七生は笑って「後でな」と言葉を返す。そんな言葉に思わず眉を下げる連翹に、七生は深いため息を漏らす。その様にも表情を暗くする連翹を見た七生は眉を吊り上げ真っ直ぐに相手を見詰めたまま強い語調で言葉を繋いだ。
    「あのなぁ、俺にも準備があんの。それにアンタの処遇とか、色々全部クリアにしてから憂いなく事を進めたいし――今アンタに抱かれたら、訳わかんない事になると思う……違う! そうじゃなくてだな……あぁまどろっこしい!」
     立っていれば地団駄を踏んでいただろう語調に、思わず連翹は笑ってしまう。喉や鼻で笑うような小さな嘲りの混じったものではない若い青年のような大きな笑い声を上げ、連翹は笑ってしまっていた。
     連翹が上げた笑い声に、七生は驚いたように目を丸くして柔らかな笑みを浮かべる。
    「アンタがそうやって笑うの、初めて見たな」
     そう口にして、小さく――しかししっかりと呼吸をした七生は「ウチに来い。二人で暮らそう――もう、遠慮する相手も居ないしな」と言葉を重ねる。
     七生の言葉に、連翹は諦念に近い苦笑を漏らした。
    「――桐生がそれを許すとでも? 俺はこの離れで永蟄居の身だ」
     そんな連翹の言葉に七生は眦を吊り上げて声を荒げ、畳へとその拳を振り下ろす。拳から伝わる衝撃が七生の治りかけの骨に響き、声が漏れた。
    「痛って――あぁ、そんな顔すんな。ていうか、言ったよな。歪みは是正する。桐生も例外じゃない。あとさっき柾にも会ったって言ったよな俺……そん時、連翹の身柄は外生管で引き受けるって伝えて来てる。桐生だって今外生管に否とは出れない、本家当主はそれを了承している」
     駆け足に告げられた七生の言葉に、連翹は唖然としてしまう――一体どこからがこの男の計算だったのか。もしかしたら全てが計算だったのかも知れない。
     呆然とした連翹に、七生は悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開くのだ。「好きな男を絡め取る程度の職権濫用は認めてくれよ」と。
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