遠くで冷蔵庫を開け閉めする音がする。フリスクはうっすらと浮上した意識の中でそれを感知した。しかしだからといって目を開いて身体を起こすことはしない。まだまだほとんど眠っている状態なのだ。心地よい微睡の中で、今はまだ夜中であることと、この音は同居人が立てているもので、単に彼が外から今帰って来たのだろうという予想がついた。
ぱきりとミネラルウォーターの蓋が開けられる音、何かをテーブルに置く音、だんだん近づいてくる足音。そして寝室のドアが開き、音の主がベッドへ潜り込んでくる気配。
フリスクはほぼ無意識で寝返りついでに隣にスペースを空けるが、その背中にぴたりと硬い身体がくっついてきて、ほんのりと骨とお酒の匂いがフリスクの鼻腔をくすぐった。
細く硬い腕が身体に回され、背後から抱き締められる。やっとひと心地ついたと言わんばかりのため息がフリスクの首にかかった。
くすぐったい、とぼやけた意識でフリスクは思う。お腹の辺りに回された腕。硬い手がするすると身体を撫でて………
むに。
あろうことか胸の膨らみを無遠慮に掴んだ。
「んん……?」
大きい方とは言えない、なだらかに膨らんだ胸に骨の指が沈む感触。そのままぐにぐにと柔らかさを確かめるように揉まれ、フリスクの意識はだんだんとハッキリしてくる。
「ん、ん、や、何…?」
「んー…」
返ってきたのはほとんど眠っているようなサンズの声だ。よほど飲んだのか、もう意識を手放す寸前の状態であるようだった。
手つきにいやらしさはない。たまたまそこに柔らかいものがあったから揉んでみた。ただそれだけ。そんな雰囲気だ。
けれど揉まれているほうはたまったものではない。せっかく気持ちよく微睡の中にいたというのに、家具屋で見つけたビーズクッションの具合を確かめるかのようにされて、目が覚めてきてしまった。
「…ちょっと、サンズ」
小声で呼びかけて見ても反応はない。仕方なくフリスクはまた目を閉じた。されるがままというのは多少迷惑だが、そのうち彼が眠ってしまえば手は離れるだろうと踏んだのだ。
しかし困ったことに、事態はそれだけでは治らなかった。
大して力も入っていない骨の指が、カリ、とフリスクの胸の先を擦るように引っ掻いたのだ。
「…っ」
ピリリと背筋を走った一瞬の感触にフリスクはピクリと肩を揺らした。
わざとならぶん殴ろうと怒りを込めて振り向
くも、問題のホネは骨を抜かれたかのようにぐでんと枕に顔半分を埋めて気持ちよさそうに目を閉じている。フリスクは大きめのため息をつき、身体に乗っていたサンズの腕を丁寧に除けた。そっと優しく布団の中にしまってやり、自分もまたコロリと横になる。何となくサンズの方を向くのは癪な気がして、もう一度背中を向けた。
と、離れたはずの身体がゴロンと転がってくっついてくる。日頃はフリスクの方からふざけて抱きついたりする事が多いのだが、酔っ払ったサンズは意外なことに甘えたなのだ。フリスクはくすぐったいような気分になった。擦り寄るようにうなじのあたりにサンズが顔を埋めてきて、物理的にもくすぐったい。
首に硬くひんやりとしたものが押し当てられる。少し離れて、また触れる。繰り返されるその仕草が、キスであるとフリスクは知っている。小さな子どもが親に甘えるような無心のキスにきゅうきゅうと甘い痛みが胸を締め付けた。
何かに負けたような、仕方ないなと諦めるような気持ちでフリスクはころりとサンズと向かい合う形で寝返りをうつ。
一体どんな仕組みになっているのか、まぶたのように眼窩は閉じられ、気持ちのよさそうな寝息が聞こえる。じっと見つめていても起き出す気配はなさそうだ。
また飲み過ぎたんだなと呆れるとともに、隣で眠っていてくれること、そばにいることを許されている今のこのタイムラインを宝物のように大切に思う。
そっとそっと、ガラス細工に触れるように顎のあたりに手を触れさせ、サンズの頬に唇を寄せた。
1秒、2秒、3秒の後、音を立てないように離れて止めていた息を吐き出す。どくどくと心臓が波打っていた。サンズが起きている時はとても出来ないことだ。いつまで経っても子ども染みた戯れのようなスキンシップしか出来ない。気持ちを伝えたい思いはあるのに。
だから、これは練習だ。
剥き出しのスケルトンの歯列をそっと指で撫で、そこにこっそりと唇で触れようとして…
「………」
誰に見られているわけでもないのに、フリスクは息を止めて顔を離した。サンズに触れていた指もこれ以上ないくらい慎重に離す。
さっきまで気持ちよく眠っていたというのに今はもう緊張感で眠気などどこかへ行ってしまった。ばくばくと激しく存在を主張する心臓のあたりを押さえて音を立てないように深呼吸をする。
眠って動かない相手の前でハァハァと呼吸を整えている様子は客観的に見てヤバいのではないかと頭のどこかで冷静なフリスクが言った。確かにヤバい。どう見ても変態だ。
「…………」
サンズは動かない。着替えもせずに潜り込んできたのだろう、白いTシャツから外の匂いがした。この匂いが子供の頃は苦手だった。