サンズが風邪をひいた。人間でいうところの所謂風邪とは似て非なるものらしい。
トリエル曰くモンスターのかかる風邪とはつまり「魔法の流れがおかしくなる」ことらしく、症状は発熱、頭痛、倦怠感などなど。普通の風邪とよく似ている。
暑さ寒さや疲れ、寝不足などがきっかけで身体を構成する魔法に綻びが出来ると罹りやすいようで、いかにも身の回りを適当にやっていそうなサンズが罹ってしまったのも納得だ。
モンスター達が地上に戻って数年。太陽の下での暮らしにも慣れつつある今、緊張が解けて気が抜けてしまったのかもしれないとトリエルが心配そうに眉を下げていた。
「フリスク!いらっしゃい!お迎えにきてくれたんだね」
「こんにちはアルフィー。サンズの具合どう?」
可愛らしいドアベルの音にペタペタと足を鳴らしながら現れたアルフィーに、フリスクは軽く片手を上げて挨拶する。
地上のアルフィーのラボだ。アルフィーは地下で王立の科学者としてケツイの研究をしていたが、地上に出てからは体調を崩すモンスター達の相談役を担うことが増えたようだ。薬を調合することもあるようで、いま彼女の職業は?と聞かれれば「医者」と答えた方がしっくりくる。
3日前に熱を出したというサンズがパピルスによってここに担ぎ込まれたのは今朝早くのことだった。パピルスはそのまま「マスコット」の仕事でメタトンと共にテレビ出演の予定が入っていたため出かけ、スケルトン兄弟のご近所さんであるフリスクとトリエルにお迎えの要請が入った。どうやらサンズお得意の「近道」も使えないほど弱っているらしい。
トリエルが自宅で看病の準備を整えている間に、フリスクがサンズを迎えにきたという流れだ。
「熱は下がったんだけどね、咳が結構出てたみたいで」
「熱、咳…」
肌や肉、気管や肺もないのに?という疑問をフリスクは一度飲み込んだ。
「今はまるで声が出なくなっちゃってて…」
「ああ、そうなんだ。声が…」
喉や声帯もないのに?
人間のフリスクからするとモンスターの在り方自体不思議なことでいっぱいだが、それにしてもスケルトンは摩訶不思議だ。
案内された部屋は、学校の保健室を彷彿とさせる作りをしていた。3つ並んだベッドのいちばん手前でサンズが毛布もかけず無造作に転がってゼェゼェ言っている。口元はいつものニヤニヤした笑みの形をとってはいるけれど、なるほど確かに時々から咳をゴホゴホとやっているし、眼窩に光がない。
「とにかく、喋らせないであげて。声を出そうとしないで休ませるのが一番良いよ」
アルフィーから一週間分の薬の袋を受け取り、フリスクはサンズのそばにしゃがんでその顔を覗き込んだ。
「サンズ、迎えにきたよ。今日はうちに泊まりなよ。パピルス遅くなるみたいだし、ご飯とか大変でしょ?」
「………」
ノロノロと顔をあげたサンズがフリスクの顔を見て、小さく「アイツめ…」と 恨みがましい口調で呟き、2度3度と頭を振る。
「…あー…ありがたいけど遠慮しとく。寝てりゃ治る…」
まるで音になっていないカッサカサの囁き声で返され、フリスクはサンズの口を手で塞いだ。いけない。喋らせてしまった。
「ダメだよ。そうやって3日も適当にしてたから悪化したんじゃん。ママが準備して待ってるから行こう」
多少無理やりに手を取って立たせる。地下世界の冒険から数年経ち少し背が伸びたフリスクはサンズと同じくらいの身長のはずだが、今のサンズは背中を丸めてヨロヨロとしているものだから何だか小さく見える。
不謹慎ながらフリスクは少しキュンとした。想いびとの弱った姿が可愛い。それは仕方のないことだろう。
「お大事にね。何かあったら知らせて」
「ありがとうアルフィー。またね」
手を振ってラボを後にする。フリスクの移動手段は自転車だ。フラウィのものなので使用には彼の許可が必要だが、今朝は緊急事態だからというフリスクの剣幕に押されたように「汚さないでよね」と一言釘を刺されただけだった。
ピカピカの赤いボディと金色のカゴ。普段はフラウィを乗せることが多いカゴに薬の袋を入れ、サンズはサドルの後ろの荷台に座ってもらう。つまり二人乗りというやつだ。
「寒くないかな。具合悪くなったら知らせてね」
サンズにパーカーのフードをかぶせてその上から持参したブランケットをかぶせる。ぐるぐるっと巻きつけて、首のところで結んだ。
サンズが何か言いたげに顔を上げ、苦々しい表情をした。咳き込んで諦めたようにまた項垂れる。
おおかた「スケルトンだから寒さは関係ない」的なことを言おうとしたのだろうと予想がついた。
「寒くはないかもしれないけど、フワフワなものに包まれてると安心するでしょ。少し飛ばすからちゃんとつかまっててよ」
勢いよく漕ぎ出したフリスクの腰に、しぶしぶといった様子の骨の腕が巻きつく。その細さと硬さ、いつもふざけ合っているサンズから頼られているという実感にフリスクはこっそりと胸を震わせた。