肉は美味いソファーに少し丸まって、こちらには背を向け穏やかにくうくうと眠っている盧笙の姿を見て向かいのチェアに座っている簓はあいも変わらず愛おしいなと思っていた。
が、それはそれとして、鑑賞タイムも気づけばあっという間に1時間とちょっと経ってしまってガラス窓の向こうは夕焼け小焼け。
買い出しジャンケン、簓が負けた。で、帰ってきたら盧笙がのびのびソファーで寝ていた。回想終わり。
さて、そろそろ起こさなな、怒られてまうわ、と思いながらそれでも、もうちょっと、と思う簓が居る。自宅は繭みたいなものだと簓は思う。そんな場所に盧笙がいるものだから安易に監禁とか、せめて軟禁とか、そういう単語が簓の頭の中で過る。あと童話の赤ずきんちゃん。恋ってこっわ。
いや、ウン、帰って即、静音カメラで寝顔はばっちり撮ったし充分眺めたしもう起こしてええねん、悔い無しや、ウン、別に盧笙はまた普通に家来るし、そもそももうちゃんとソウイウ間柄やし、ウン、これ以上寝かし続けたら絶対怒られるし、約束もあるし、そう、約束。
簓は先日出たクイズ番組にて最新型のなんかとにかくすごい電気圧力鍋を賞品として当てたのだった。いやもろても、んなもん。ただ厄介だったのがそのクイズ番組の担当プロデューサーがエライ人、かつ簓も事務所も日頃お世話になってる人で、今後もぬるさら的にお世話になるであろう人なのであった。なので、使わず放ったらかし(最悪一度も使わずに捨てる)はアカンやつなのである。一回ぐらいはSNSで使ってるトコ アッピールしとかな。パワーだけではやってけないとこある芸能界は。……あ〜…じゃあどないしょ、まあ、とりあえず盧笙の家送ろ、と簓は思ったのだ。が、その盧笙より『いや家置く場所ない』とメール。で、なんやかんやあり、昨夜、肉じゃがの材料がパンパンに詰まったエコバック携えて盧笙が簓の家に来てくれたのである。回想②終わり。
だから今から肉じゃがをその最新型電気圧力鍋で作ってパシャリして、ぬるさら公式アカウントにUPしないといけないのである。本当は今朝からやるつもりだった。でも昼も機を逃した。じゃ、じゃあ夜な、とダラダラ、ああ、このままでは晩ごはんも逃してしまう。明日朝に盧笙は自宅に帰る。簓も朝から仕事がある。ダッッッッッル。監禁、軟禁……、いや、ウン…、ンな事したら零にも怒られる。クッソ、あいつナンコウあたり沈めたろか、で、政府?ラップバロー?知らん、いや勿論野望とかウンタラカンタラあるけどンなもん目の前ですうすう寝る盧笙見てたらンなもん……………………アカン、支離滅裂や、まずそもそもや俺、このままやったら肉、チルド室の肉が傷んでしまうやん、折角盧笙に買うて来てもろたのに、…………もう盧笙さっさと目覚ましてくれ、と思いながら簓は盧笙をじっと眺め続けあっという間にもうすぐ2時間行きそうだ。回想③終わり。
『米も無いとは思わんかった』。イヤイヤ、無いに決まっとるやん。いや炊飯器とか一応必要最低限の家電はあるけど、あった方がええんかなあって引っ越して来た時なんとなく買うただけで、自炊なんてするわけないやん。〝生活〟する気ないねんここで。寝る場所、考え事する場所、誰にも見せたらアカン事をする場所、それがここ、自宅。いわゆる〝一般的な普通のくらし〟をするのは躑躅森盧笙さんのお家でだけで充分。……と、そのような事を簓は勿論盧笙に伝えていなかったので、ジャンケン、ポン、で茶碗2杯分、米1合、とりあえずいっちゃん高いやつをマンションから5分のスーパー、…アレ、何?スーパー?なんやろあそこ…、セレブ御用達高級スーパー?…、で簓は買ってきたのであった。ちなみに初めて行った。で、帰宅し、盧笙の寝顔を何枚か撮ってから簓は、とりあえず炊飯器の使い方は知っているのでプライベートではン十年ぶりに、この家に引っ越してきてからははじめて米を炊いた。可愛らしいメロディが先程鳴って米の炊けた良い匂いが部屋には漂っていた。回想④、ああもうなんでもええわ。
自宅で家庭的な匂いがしたのもこの部屋に引っ越して今日がはじめてである。もぉなんちゅうか奇跡の連続や、とりあえず今日はナントカ記念日や、と簓は思う。…ところでじわじわと肩がこってきた。もうはよ自発的に目覚まして、こっちはイカれとるから、と窓の外のオレンジの光を見て簓は思う。……もう、傷んでもええんちゃうかな肉、もっかいリベンジ、今日の失敗を生かして今度こそ…って来週誘ってもええんちゃうかな、いやだってアレやん?電気圧力鍋を使いこなせないのも本当のことやし、プロデューサーに媚びなアカンのも本当のことやし、盧笙が俺ん家のソファでくうくう寝とったらとてもとても俺は起こせへんしのも本当のことやし、食材なんてまたなんぼでも買うたらええのも本当のことやし、閉じ込めたいのも本当のことやし、おばあさんの振りした狼の家にまんまと来た赤ずきんちゃんは猟師が来るまで狼の腹ん中におる定めなんやろ。あ、狼ってあっちの狼ちゃうくて、…はあ…………。
結局、盧笙はぐっすりと4時間ほど眠り続け、外はとっぷり日暮れ、簓は盛大に怒られ、マアマアじゃあ仕切り直しで…と簓は言ったが、問題の最新型電気圧力鍋はなんかとにかくすごかったので、肉じゃがはトータル30分で出来上がり、一方簓が炊いた米は水が多かったようでベチャベチャで、〝薄々気づいとったけどお前の生活が心配や…〟と悲しげな目で盧笙に言われた簓は相変わらず監禁か軟禁、ぱくりと腹の中に飲み込んでまいたいと盧笙を見て考えていた。