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    かんざキッ

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    かんざキッ

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    8軸柏桐

    イチャついているだけ「ありがとうございました」

     本日、最後の客が退店した。客は片手をひらひら振って、店を後にする。
     少し間を置いてから、閉店の札を扉にかけた。
     軽く店周りを確認してから中に戻ると、店奥のカウンターで呑んでいた男が軽く笑った。

    「まだ、いますよ」
    「もう良いと思ってな」

     また一口、桐生はグラスの中で揺れる琥珀色の液体を呑む。
     その様を一瞥してから、店内の照明を三分の一と店先の灯りをおとした。こうしておけば、少し離れたところでも閉店していることがわかるだろう。
     言葉通り、此処からはプライベートな時間を楽しむものだと行動で示す。
     カッターシャツの前を少し崩してしまえば、いよいよ桐生も諦めたようだ。

    「マスターの時間は終わりですか」
    「ああ。カウンター内だが、俺も呑ませてもらうとするよ」
    「…柏木さん」

     磨き抜いたグラスに氷を一つ入れたところで、妙に甘ったるく、そして何処か遠慮がちな声で呼ばれる。
     疾うに失くした筈の名前を、二人だけの時間ならば呼んでも構わないと言ってあるが、それでも未だに悩みどころであるらしい。このような桐生の割り切れない性格は見慣れたものだから、今更気にかかることなどない。
     鼻と肩を揺らしてみれば、少しばかり桐生が眉間に皺を寄せる。またもや、見慣れた顔だ。

    「俺が良いって言ってるんだ。何か不満か」
    「いえ、そういうわけじゃ」
    「なら主人に従っておけ」

     桐生に出したものと同じウィスキーを自分のグラスにも注ぎ、前に出してみれば慌ててグラスを合わせてくる。

    「此処は俺の城だ。城の主人が良いって言っているんだから、お前が気にかけることじゃねぇよ」
    「分かりました」

     漸く、納得したようだ。
     このやり取りも今が初めてではない。何度も似たような言葉を交わしてきた。
     よくも飽きないものだと笑ってしまうことも無理ないだろう。
     ふと、桐生の手元にある煙草が視界に入った。昔から変わらない銘柄だ。

    「お前、まだそれ吸ってんのか」
    「え? ああ、これか。そうだな、変わりませんね。これは」

     グラスの横に置かれた灰皿には既に十本に僅か満たないぐらいの潰れた煙草が転がっている。桐生が店にやってきてからまだ二時間と経っていないはずだ。
     予想よりも多い本数に思うところがあったものの、元々喫煙を咎める立場にない。吸える場所ぐらい好きに吸わせてやるべき、というものが今のスタンスだ。

    「柏木さんは、今は?」
    「暫く吸ってねぇな。この仕事を始めてからは少しずつ減っていってな。まぁ、一応接客業だ。気にする奴は気にするだろうよ」
    「そうですか」

     話の流れからか、まだ本数が残っているらしい煙草の箱を手の中で転がし始めた。カラカラと鳴る音は思ったより大きくない。もう残りは少ないようだ。
     カウンター越しに手を伸ばしてみれば、また乾杯か追加の酒とでも思われたか、グラスが差し出される。それに、首を振ると困った顔をする。
     どれだけ歳を取ろうとも、やはりひとつひとつの表情は何も変わらなかった。

    「お前だよ」
    「え、………あ、あの、柏木さん、」

     かさついた頬に触れ、指を遊ばせる。
     困惑した表情は次第に溶け始め、やわやわと目を閉じて体温に身を寄せる。さして温かくもないだろうが、桐生は満足そうに微笑んだ。
     カウンターから身を乗り出して、唇に迫るには無理があった。しかし、やってしまいたい欲望は確かにある。一瞬ばかり悩んでから、そのまま指を滑らせて酒で濡れた唇に這わせた。
     びくり、と肩が跳ねる。見逃せるはずが無い。
     閉じた瞼と開いて、信じられないものを見るような目で此方を見てくる。失礼だと思いつつも、その奥の隠し通せない熱を視認してしまえば、男として調子乗る他しかなかった。
     爪先でキツく閉じられた唇の隙間を突く。何度か繰り返せば、鈍い桐生にも言いたいことが伝わったらしく、ゆるゆると開かれた。それまで含んでいたウィスキーと期待に満ちた唾液を掻き混ぜる。そのまま舌に乗せてみれば、あまりにも拙い動きでゆっくりと舐めた。
     幾秒か。その様を眺めていたが、暫くして桐生が唾液を溢すようになった。此処らが潮時かと指を引き抜けば、やはり小さく咳き込む。
     濡れた一本の指を見つめる。その奥から視線を感じ、微笑みかけてから自分の唇に触れた。
     また目が見開かれる。

    「続きは俺の家だな」

     桐生は顔を真っ赤にしたまま、片手で顔を覆って俯いた。

    「…やっぱり、アンタって人は狡い男だ」
    「今更すぎるな。それは」

     大きく笑い声を上げて、グラスを片付ける。
     店を完全に閉じるまでにそう時間はかからない。しかし、それまで桐生の我慢が効くだろうか。
     本人に言えば、また顔を赤くして不貞腐れるに違いない。それを見たい気持ちがない訳ではないが、長く歳を食った男として今はまだ飲み込んでおくことにする。
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