雨宿り バケツをひっくり返したような土砂降りの中、コンビニの軒下で手遅れになってしまったTシャツを絞る。スニーカーから染み込んだ雨は、靴下までも濡らしていた。ぐっしょりと重さを持った靴が気持ち悪い。
「なぁ湯沢、誰が降らないって?」
屋根から伝う雨のカーテンを憎らしげに睨みつつ、事の原因に棘のある言葉を投げる。
「えー、俺は降らないって言ってないよ。今は晴れてるって言っただけ」
「はぁ? 『今は』は言ってなかっただろ! つーか、普通出かけるのに今の話はしねぇし。今の天気なんて外でりゃ分かんだろ」
「確かに」
「確かにじゃねぇ……それに、俺ははっきりと言ったぜ。『これからの』天気はどうかって」
「そうだっけ?」
十センチ上から湯沢が悪びれる様子もなく答えた。
おい、噓だろ。二人で買い物に出かける前、湯沢の家でだべっていた俺は明確に、間違いなく、自信を持って湯沢にこのあとの天気を尋ねたのだ。しかし、テレビを見ていた湯沢が伝えてきたのは、予報ではなく現時点の天候だったというわけで。ふざけんなよと怒り心頭である。これは屁理屈とかいう話ではない。詐欺だ。
「くそっ……お前が買い物に行きたいって言ったから、付き合ってやったのに」
滴を垂らす前髪をいそいそと分ける湯沢にポツリ苦言を呈す。しかし、俺より雨で額に張り付いた髪の毛の方がうざったいのだろう。責められている自覚はないのか、切り揃えられた前髪を何度も弄っていた。そんなに気になるのならもっと切ってやろうかと思ったが、逆に喜ばれそうな気がして思い留まる。あとで覚えてろ。
「でも、雨って言ったら買い物に付き合ってくれなかったでしょ?」
「当たり前だろ」
ただでさえ昨日は夜遅くまで欧州のリーグを観戦していたのだ。就寝したのはもはや夜明けを感じる時間で、出かけるよりも家でのんびりと過ごしたい気分になっていたのに。起きて早々買い物行きたいなんて言い出し……そして、この有様である。
「まぁ、雨の日の試合よりはマシじゃん。屋根あるし」
そうだけども……。
ワックスで立ち上げていた髪の毛は湿気を帯び力なく項垂れ、着てきた白いTシャツはインナーの色が何色か分かるほど透けてしまっていた。これをマシと表現してもいいものだろうか。考えあぐねていると、無表情に近く何を考えているのか分からない顔でふいに俺を覗き込んできた。
「ねぇ、赤崎って好きな人いんの?」
「はぁ……?」
突拍子のない発言に自然と眉に皴が寄る。空気は吸うものであって読むものではないと湯沢は思っているのだろうか。戸惑いは募るもよくつるむ湯沢に嘘をつく必要もないかと結論づける。
「……いねぇよ」
サッカーに勤しむあまり恋愛事には疎い生活をしている自覚があった。ファンからの熱い声援は感じられても、人の深層にある情は向けられたことはない。引退の年齢を考えると、早めに所帯を持つ選手が多いが、俺には幸せな家庭は遠い未来の話に思えてしょうがない。
「へー、なるほどねー」
そして返ってきたのは、感情が篭っていないような間の抜けた声。興味があったから質問してきたんじゃねぇのかよ。もう少し反応しろよと肩透かしをくらったお返しに、同じ質問を投げかけてやる。
「で? お前は、どうなんだよ」
「俺?」
自分で質問してきたくせに訊かれると思っていなかったのか、キョトンとした顔で俺を見つめてきた。
「俺は、赤崎が好きだよ」
「……は?」
急に落とされた爆弾は、今日の天気を答えた時と同じ軽いトーンで、友情という長く築き上げてきた壁をぶち壊したのだった。