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    bunbun0range

    敦隆、龍握、タダホソの人。

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    新刊のタダホソの進捗。
    独自設定なので……。

    #タダホソ

    第一章 細見との出会いは、約十年前まで遡る。
     小学生の頃にはキーパーとして活躍していた多田は、中学に上がる頃には全国でもそれなりに有名な選手になっていた。早めに成長した身長は、高校生の選手と変わらない高さになり、現在進行形で伸び続けている。
     そして、北海道のジュニアユースに所属していた時、初めて日本代表に選抜されたのだった。
    「お疲れ様でした!」
     日が暮れ始めた練習場に響く高低差のある声。声変わりした低音とまだ幼さを残した声が交じり合って、不思議な和音を奏でている。それをどこか他人事のように俯いて聞いていた。
     知らない面々、知らない場所。
     練習初日は本当に緊張して、上手くいかないことばかりだった。
     名前と顔、そしてポジションも何人か合致していなくて、コーチングが思うようにできず、サブ組で参加したミニゲームは散々な結果に終わってしまったのだ。
     相手チームの中心は細見という選手で、ボールを持った瞬間、敵も味方も嫌というほどその名前を呼ぶ。全国の試合でも見かけた名前。味方チームの焦りと相手チーム期待、そしてボールが細見に一斉に集まる。
     純粋に上手いなと思った。ボールのコントロールはもちろんのこと、少しでも甘い守備をすると、眉を吊り上げて鋭いシュートを打ってくる。全く油断ができない。
     それでも最後は、細見のボールを指先で捉えられるまでになっていた。だけど、納得いく結果じゃない。所詮は指先。掠めてもネットを揺らしてしまえば意味がないのだ。
     ゴールマウスを守れるのはたった一人。
     ゴールキーパーはフィールドプレーヤーのように控え選手でも出場できるわけではない。たった一人に選ばれるため、本来ならがむしゃらにアピールしなきゃいけないのにいつもの調子の半分以下の出来栄えになってしまった。このままでは頑張れと言って送り出してくれた両親やチームのメンバーに顔向けできない。
     もっと上手くなりたい。
     試合に出て、チームに貢献できる選手になりたい。
     そのためにもっと頑張りたい。
     練習が終わったあとでも、自主練は可能なのだろうか。
     ロッカールームに戻る気になれなくて、そのまま芝生の上に立っていた。悔しさが胸を支配する。
     焦燥感からギュッと強く拳を握ると、ぬるりとした感触がした。
     なんだろうと思って、つけっぱなしにしていたグローブを剝ぎ取る。
     血だ。真っ赤な血……。
     あかぎれ寸前だった肌に、強烈なシュートがとどめを刺したようだった。ひび割れた肌から溢れた血が、グローブの内側と掌を湿らせている。
    「痛っ……」
     盛大に裂けている手を見て、じわじわと遅れて鋭い痛みが襲ってきた。さっきまで出ていたアドレナリンが、薄れていく感覚がする。いつの間にこんなことになっていたのだろう。全く気づかなかった。
     自主練どころか、絆創膏をもらわないといけない事態だ。早く絆創膏をもらわないと。
     でも、誰に声をかければいい?
     今日初めて会った人ばかりで、声をかけるのを躊躇してしまう。こんな怪我をしてると分かれば、明日の練習で何か言われるかもしれない。そうなったら……。
    「うわ。その手、やばくないか」
     不安が頭を過ぎった時、少し高めの声が真横から響く。
     それが、細見がかけてくれたプライベートでの一言目だった。
     怪訝そうに眉を顰めた細見が、キーパーグローブを外した自分の掌を覗き込む。指と指の隙間でパカッと裂けた肌から、また新たにジワリと血が滲んだ。
    「試合中は平気そうな顔してたけど、痛くねぇの?」
    「さっきまでアドレナリン出てたから」
    「つまり、今は?」
    「痛てぇ」
    「痛いのかよ。お前、面白い奴だな」
     ポカンとする多田の顔を見て、細見が声を上げて笑う。目の前で柔らかそうな髪がサラサラと揺れた。鼻筋の通った整った顔。あの度肝を抜かれるプレーを見ていなかったら、サッカー選手よりもアイドルとかモデルの方が似合ってるんじゃないかと口を滑らせていたかもしれない。
    「あの」
     敬語で話しかけそうになって、そういえば同い年だったなとため口に直す。
    「……なぁ、細見は救急箱の場所、分かる?」
    「いや。でもコーチなら知ってるんじゃね?」
     そう言って、自分より身長の低い細見が大きく手を振りコーチを呼ぶ。すると、拍子抜けするほどあっさりとした態度でコーチは絆創膏とテープを渡してくれた。テーピングの仕方は分かるかと尋ねられたので「それは大丈夫です」と頷く。
     それからロッカールームに移動し、指を補強している最中も、なぜか細見は多田のそばを離れなかった。質問したわけではないのに、メンバーの名前やポジションのことを色々と話してくれる。
     初対面の自分のことを気に入ったのだろうかと思ったが、すぐにその考えを否定した。細見は掌の傷を自分の責任だと感じているのかもしれない。何度も細見のシュートの衝撃をこの手で感じたのだから。
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