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    んまちゃん

    @yummyyummy02052

    んま(pixiv:76667149)です
    ドラロナ/周作やwebイベの展示

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    んまちゃん

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    20220807-0808
    赤い退治人をねらい撃ち!2
    展示物①
    9月発刊予定のドラロナ短編小説集、収録作品
    サンプルとしてどうぞ

    #ドラロナ
    drarona
    #赤い退治人をねらい撃ち2
    #0808狙い撃ち2
    0808AimingAndShooting2

    てぐすねまんでー すっかり夜明かしをしてしまった。
     本を読み終えたタイミング。端までぴったりと閉めていなかったらしいカーテンの隙間から、細く強い日が射し込んでいるのを見て、私はそう思った。街はもうすっかり、太陽に照らされている。一度気づくと周りの様子が鮮明に拾えるようだった。
    窓の向こうからは、薄らと喧騒が聞こえて来る。耳を澄ますと、小さな子供の、きゃらきゃらと楽しそうに母親を呼ぶ笑い声がした。今日のお昼はなあに、と尋ねる様が微笑ましくてつい笑みが漏れる。お昼、お昼ご飯、昼食。おやもうそんな時間だったのかと驚き、壁掛けの時計を見やれば、針が指していたのはてっぺんを少し過ぎた辺りであった。
     私としたことが、本に夢中ですっかり朝を通り過ごしてしまったらしい。
     物事に熱中する余りその他のことを忘れてしまうというのは、私の短所の一つだった。
     じんわりとした疲労を訴える目元を揉み解して、本をそっと閉じる。
     お父様の書斎から拝借してきたその本は、背表紙がぱらと割れ、今にも解れてしまいそうだった。重厚な造りをしているが、それ以上に年季が入っていたのだろう。厚みを感じさせる頁を一枚、また一枚と捲る度、埃っぽい音がするのだ。ぱたぱたと表の通りを走る子供の足音にも似たその音は、私と同じ年くらいか、或いは僅かばかり年上の本から響く。
     しかし、一体どれほど熱中していたのだろうか。湿布の広告案件が来たら様になるだろうな、と思うほど身体が酷く強張っているのに気づき、溜め息が漏れる。無理のない程度を心掛けて背伸びをすると、体側がぐっと伸び、心地の良い痛みが身体を走った。
    ゲームをしている時もそうだが、同じ態勢を長時間保っていた後は、いつも死に直す方が早いのではないかというぼんやりとした疑問を抱くことがある。唯、如何せんそれで身体のコリが完全に解消されるかと言われればそういう訳ではないだろうし、どうせまた直ぐに凝るのだからもういいかと言う所もあるので実行には移さないのだが。
     立ち上がり、窓際に近寄る。
     日光に触れないようそっとカーテンを引くと、布地と同系色の蔦柄の刺繍が揺らめいた。
     吸血鬼向けのインテリアを専門とする店で誂えてもらった帳色のカーテンは滑らかで、それでいて圧迫感を感じさせない程度の、心地良い暗闇を提供してくれる。
    素晴らしい出来だ。やはり良いものは違うなと、私は深く頷いた。
     お父様の代からお世話になっているかの店は、店主が幾度か変わっても気品を損なうことなく上質であり、正に老舗の名に相応しい様だと思えるものだった。それ故、確かにお値段は張る。現に見積りを依頼した際、決して手頃とは言えない数のゼロを見たロナルド君は口をあんぐりと開けていた。だが一度、実物を見てしまえば、考えは変わる。真に素晴らしいものというのは、素直に買って良かったと思えるものであるに違いないのだ。
     つぎ込まれた技術が、使われた素材が、その何もかもが一級品。
    それを手に入れるには、それ相応の対価が必要になるというのは、世界の真理である。
     自身もある種の技術職である若造は、その道理が分かったらしい。到底審美眼があるようには思えない男でも、費用の半分を持とうとしたのだから、つまりはそういうことだ。
     俺の家なのだから俺が払うのだと意固地になった男に、私が必要とし私が気に入ったものなのだからと紙幣を突き返してやった時の、癇癪玉のような喚き声が思い起こされる。五歳児のような有様ですら愛おしいと思うのだから、いよいよ私も焼きが回ったものだ。
     呆れの混じった欠伸が漏れる。大口を開けるのは、はしたないからと噛み締めるように溢したそれは、私の目元に涙を滲ませた。眠気が無い訳ではない。けれどそれよりも、もう起きていればいいかという妥協的な怠惰こそがあった。日の入りまで時間があるが、先に家事を済ませて、ゆったりと、有意義な夜半を過ごすのも悪くないだろうと思ったのだ。
     そうなれば、先ずは洗濯から。
     枕カバーも洗ってしまおうと振り返り、ソファベッドの方へと向かう。
    「ロナルド君、おはよう」
     昼過ぎにこの挨拶は如何なものかと思ったが、君は未だ眠ったままであるから問題はないだろう。ソファベッドに横たわり、いつもの喧騒などまるで感じさせないほどひっそりと睡眠を貪っている姿。逞しい胸元が、呼吸に合わせて上下しているのが見えた。
    最近何かと忙しかったせいか、目の下には隈が浮いているし、顔色も少しばかり良くないようだ。さりと白銀を撫でても、身動ぎする様子すら見受けられない。緊張することも出来ないほど深く眠りについた君の髪は、その輝きをくすませ、色褪せているようだった。
     それでも、よく眠れているのなら良かったのだと、僅かに安堵する。
     もう少し寝かせておいてやろうと考え、腹の辺りに気持ち程度掛かっているだけのブランケットを手に取る。草臥れているのは君の物持ちが良いせいだが、毛がへたっているのは暫く洗濯していなかったせいだ。これも洗濯機行きだと枕カバー共々引っぺがせば、呻き声が聞こえた。気持ちよく寝ていたというのに、布団代わりのブランケットをひん剥かれたのが寒かったのだろう。代わりに私のスペアのマントを掛けてやれば、君の表情が少し和らいだのが分かった。マントの端を掴み、ぎゅっと抱え込む様子は幼子のようである。
     家事をこなすことは嫌いではない。
     むしろどちらかと言えば、成果が目に見えるという点を鑑みるなら好ましいとさえ思う。
     水に濡れた洗濯物がどんなに重かろうが、小分けにして干せば良い。何より自身では出来なかった昼間の屋外干しですら、君が手伝ってくれるのだからそれで良いのだ。
     一人と一匹で暮らしていた時は出来なかったことも、君が居れば容易くなるのだと気付いたのはもう随分と前のことになる。干したての洗濯物からはおひさまの匂いがするのだと、君が笑うのを見るのが堪らなく幸福だと気付いたのも、同じくらい前のことだ。
     私は、君との生活を気に入っていた。
     君が、私の洗った服を着て、私が作った食事を口に運び、私が掃除した家で眠ること。
     小さな日々の積み重ねが、君の健やかな未来を創造していくということが、何よりも誇らしく、愛おしい。私よりもうんと年若い君は、けれど私よりもうんと短命であるのだから、せめてより良く生きてほしいと思う。それは私の我儘だった。吸血鬼の執着心がふっと顔を出して、私の心の柔い所に食い込んでいく。蔓のようなそれは、君の形をしていた。
    「夕飯は何が良いかな。時間もあるし、いつもより染み染みのから揚げでも作ろうか」
     穏やかな日常を願って、献立を思案する。食事は身体づくりの資本であるから。
     朝と夜が交わる時間まであと少し。私の中の執着は、君の目覚めを待っていた。
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