夜のおたのしみ 大好きなひとと、いわゆる「お付き合い」をはじめた。
この気持ちが「恋」なのかは、よくわからない。でも、ボクはあのひとともっともっと特別な関係になりたかったんだ。
それから、何が変わったって?
何もなくても、ときどき、そっと手を繋いでくれるようになった。乾いていてひんやりした、大きな手だ。もっとも、もともと手を繋ぐこともあったし、頭もたくさん撫でてくれていたし、前とあんまり変わらない気もするけど。
もともと、「愛している」とも言われていたし、抱きしめてもらっていたし、一緒だね。
そうだ、お休みが重なっている前の日には同じベッドに入って眠るようになった。これは、かなり大きな変化かも。そのまま、翌日も一緒に過ごしてくれる。それはもちろんほかの仲間と一緒に四人や三人の時もあるし、二人きりの時もある。でも、一緒に寝るのは二人きりだ。
とにかく、大好きなひとと長い時間一緒にいられることが、嬉しい。
「さて、一緒に寝ようか」
「うんっ」
お風呂に入ったあと、パジャマを着て、同じベッドの上で横になる。
大好きなひとが、そっと手をこちらに伸ばしてきて、やさしく髪をなでてくれた。とってもうれしくて、幸せな気分になる。やさしい微笑みはいつもと同じで……。そのまま、手を包むように触られて、どきどきしてしまう。長い指に自分の指をからめて、そのきれいな手にキスをした。
いつの間にか、眠ってしまっていた。目が覚めたら、隣で相手がすやすやと寝息を立てている。うれしいのは、手を繋いでくれていることだ。
外は暗くて、まだ朝にはなっていない。もう一度眠り直すために、目を閉じる。
***
「そんな感じで、もう半年になるんだけど……」
「ほ〜」
以前は再々ツンケンした態度をいつも取ってきていた後輩が、しおしおとしおれながら悩みを相談してきた。
内容は、自分も知っている相手との交際についてのことだ。すこし身構えたが、聞いてみると何のことはなかった。同衾しても、手を握ったりする以上のことはしないらしい。
目の前の後輩も、相手をしているという先輩も、しょうじき、性欲など無さそうな感じに見える。なんとなく浮世離れしていて、仮に裸で抱き合っていたとしても、教会の壁に飾られている絵のような印象を受けそうだ。だが、本人はこちらの想像とは違って、生身の身体を抱えて悶々としているようだった。
「最近はね、目が覚めたら抱きしめられてることもあって、とーってもうれしいんだけどね、なんか……。ボクって……湯たんぽなんじゃないかと思うんだ」
「湯たんぽかぁ」
ぬいぐるみの湯たんぽ、雑貨屋とかに売ってるよな。
「あのひとにとって、あったかくて安心してお休みできる場所になってるなら、それでいいんだけど……」
「いや、俺に相談してるくらいなんだから、よくないと思ってんだろ〜。素直になれよな」
「これが、素直な気持ちのつもりなんだけど。うーん……」
「最初の頃はね、隣で眠ってても『ほんとにちゃんと、生きてるかな?』って心配になってたんだ。耳をすませて、寝息を聞いて安心してた。でもね……」
ちいさな後輩は少しうつむいて、口をとんがらせている。
「最近ちょっと、なんか、寝顔を見てるとむずむずするの……」
「ああ……」
こいつも、いくら小柄でも……もういい年の男だもんな。
「本人に直接言ったら、抜いてくれるんじゃね?」
「ぬいてくれる、って何を抜くの? どういうこと?」
「そ、それはだな……」
どうしても回答することを躊躇してしまう。目の前の純真な眼に怯んでいるのもあるが、もしも答えた場合、後々困りそうだからだ。そのようなことを目の前の後輩に教えたことを知ったらネチネチ言ってきそうな顔がいくつも頭をよぎる。さっきの話で同じベッドの上で寝ているというひとも、かなりネチネチ詰め寄ってきそうな気がした。
後輩が口火を切る。
「言いにくいことなら、自分で調べてみるよ。大丈夫、誰にも言わないから」
「お、おう」
「聞いてくれて……ありがとねっ」
「もっと、もーっと、大好きだよって……いっぱい伝えるにはどうすればいいと思う?」
「まあ……いろいろあるんじゃね」
あとほんの少しで、性愛かもしくはもっと別の何かに到達しそうだが、それは当人に任せたほうがいいだろう。
おそらく、相手も「恋人になる」ことを受け入れたくらいなのだから、きっとそういう場合のことも何か考えているはずだ。いや、どうなんだろう。単に面白そうだから、な〜んて話だったら、かわいそうだよな。などと、相変わらず年齢より幼く見える丸っこい頬をぼんやりと眺めた。