初恋 本当は分かっているの
多分、私の気持ちは先生を困らせてしまうだけだ
でもこの気持ちの消しかたなんて、知らない
初めての、大切な気持ち
なかったことになんてできないよ──
「マリィ、顔色が悪いわ、どうしたの?」
「マリィが元気ないのヤだよ~」
そんなことないよ、元気元気、と笑顔を作る。無理に作った笑顔なのは、きっと二人にはバレちゃってる。
それでも、
無理はしちゃダメよ、と
話したくなったらいつでも聴くよ、と言ってくれる親友たちの優しい言葉に泣いてしまいそうになる。
みちるちゃんやひかるちゃんにも言えずにいる思い
大切な気持ち──
□ □ □
私は、多分勘違いをしていた。
自分は特別なんじゃないかって。
先生にとってただの生徒ではないんじゃないか、なんて勝手に期待していた。
だから、あの日──
先生に会える日は嬉しくて、
先生と話せると楽しくて。
先生の手が、頭や背中に触れる。
その手があんまり優しいから、それで勘違いしてしまった。
普通の課外授業じゃなく、はじめから私だけを誘ってくれた。
デートなんじゃないかと、ときめいた。
少しでも先生に近づきたい。
大人っぽく見えるメイクやコーデの研究して、そしたら先生も少しは私にドキドキしてくれてるかな、なんて
勘違いして、バカみたい
今思うと本当にバカみたいなんだけど
あの日、勘違いした私は、先生に、キスをした。
正確には半分だけキスをした。
私の唇は、先生の唇の端の方、頬の境目あたりに、……当たった。
(あ、ちょっとズレちゃったかも、キスって難しいな、……先生? お願い、なにか言って)そう思いながら目を開けた時、
先生は笑ってなかった。
「なかなかやるなぁ、真面目ちゃん」
「でもまだまだだな」
「本当のキスってのは、こうやるんだぜ」
そんな風に笑ってキスをしてくれるんじゃないか、って
勝手に期待していた。
「今のはアウトだ、真面目ちゃん」
「そういうのはさ、やめとこーぜ、送るから今日はもう帰るか」と先生は言った。
目の奥は全然笑ってなかった。
恥ずかしくて恥ずかしくて、「一人で帰れます」と、その場から走って逃げ出した。
舞い散る桜の花びらが顔に貼りついて、自分が泣いていることに気が付いた、恥ずかしいんじゃない、悲しかったんだ。
気づいてしまえば、溢れる涙を止めることはできず、私はそのまま桜の絨毯の並木道に座り込んでしまった。
明日っからどうしよう。
今年もクラス担任が御影先生だったことにうきうきしていたのは、つい先週のことだったのに。
運命なんじゃないか、とか少し、じゃない、かなり、考えちゃったのに。
振られちゃったのにあと1年同じ教室で過ごすのかぁ……。
口にして少し笑う。
本当に明日っからどうしよう。
こんなに悲しくても私は明日のことを考えてしまう、根っからの真面目ちゃんなんだ。
どうしたらいいかは分からなかったけど、とにかく私は家に帰った、ご飯を食べて、お風呂に入って、布団の中でまた泣いた。
一晩泣いて、私は、好きな気持ちが自然になくなるまでは好きなままでいよう、と決めた。
私が、…私くらいは、私の気持ちを大切にしてあげなくちゃ。そうじゃなきゃ、私の初めての大切な気持ちが可哀想。
□ □ □
夏服に変わっても、好きな気持ちが自然になくなるなんてことはなかった。
私の席は教卓の一番前で、先生は変わらず面白くてカッコ良くて優しくて、この気持ちが自然になくなるなんて、
(ホント、無理……) 盛大なため息をついた。
もうこうなったらずっと先生を好きなままでいて、それで高校を卒業したら髪を剃って仏門に、いやいや、そんな気持ちじゃ仏様にも失礼、でも仏様ならそんな私もきっと受け入れてくれる、あ、違う、そんなことじゃなく…
「バカなこと考えてないでそろそろ帰ろ」 呟いて教室を出る。
下駄箱で、靴をはきかえて校庭へと向かう、意識しなくても自然に右側を見てしまう。癖になってる。
・ ・ ・
遠目でも、気付いてしまう、好きな人
一句詠めた。
くだらないけど。
(いーな、園芸部の子は…)
御影先生の周りには、園芸部の子たちが沢山いた。楽しそう…私も園芸部だったら、ああして先生と一緒に夏野菜のお世話とかしてた?
私はそのままそっとベンチに腰掛けた。先生を見てるのがバレないようカバンから読みかけの本を取り出し、カモフラージュにする。
見てるくらい、いいよね。
先生の笑顔を見ると胸がきゅっとする。
ああ、好きだなぁ、まだ全然好きで、全然諦められない。
あの日、あんなことさえしなかったら、私は、今でも先生の真面目ちゃんでいられたのかな、一緒に帰ったり、お茶したり、出掛けたり…。
校庭の端から、数人の歓声と、ひときわ大きな声が響く。
「ミカゲッチチャレンジ~スタートー」
声は、陸上部の女の子たちで、そのまま一人が駆け出し、大きくジャンプして先生の首もとに飛び付いた。
「なんだぁ?危ねーな、お前ら。大会前に怪我したらどーすんだ」
「大丈夫、ミカゲッチなら絶対受け止めてくれるって信じてたー」
いつも先生の隣で笑っていたのは私だったのに。
胸に渦巻くこの感情は嫉妬なんだと思う。
嫉妬する権利なんて私にはないけれど。
「あれ、ミカゲッチチャレンジって言って、陸上部の中で流行ってるんだって。男子も女子もよくやってるみたいだよ、御影先生背が高いからね」
隣のクラスの、──よく知らない人だった。
「小波さん、今、少しだけいい?」と言われ、いいよ、と本をカバンにしまう。
彼は、私に、告白をしてくれた。
男子に面と向かって、告白をされたのは初めてだったから、驚いた。
だけど、嬉しいという感情は沸いてこなかった。
「もし、良かったら付き合ってくれないかな、小波さん、風真と付き合ってる訳じゃないんだよね?」
どうしてそこで玲太くんの名前が出るのかな…。私の、私の好きな人は……、絶対に口に出せない人を想う。
「やだー、大胆」「こんなところで告白ってすごくない?」周りがざわめき出す、中には口笛を鳴らして囃し立てる人もいた。
お断りをしようと顔をあげた先に──先生と目があった。
もしかして先生、私が他の男子に告白されてるの、気にしてくれてるのかも、一瞬期待してすぐに落胆、目があったのも多分勘違い、自意識過剰…
ごめんなさい、と、言いながら涙が溢れた。
………………
ごめんなさい、付き合えません。
ごめんなさい、せっかく伝えてくれたのに、
ごめんなさい、先生の反応ばかり気にして、
ごめんなさい、あなたが伝えてくれた言葉が、断片的にしか思い出せない、ひどいよね。
ごめんなさい、振られたのにしつこくて、
ごめんなさい、いつまでも好きなままで、ごめんなさい。
ごめんなさい、先生……。
□ □ □
「おーい、風真ー、小波もー、ちょーっと、来てくれ」
私の名前を呼んでくれる声を聞いただけで、胸が弾んだ。
私が先生に話しかけられなくなってからも、先生は普通に、一生徒として気軽に声をかけてくれる。
生徒の誰にでも掛けるような言葉、「気をつけて帰れよー」とか、その程度だったけど。
それでも先生に声をかけられたら、私は嬉しくて、嬉しくて、ときめきを覚えた。
「このソファー運ぶのちょっと手伝ってくれ、風真そっち側持ってくれ。それと、小波はこっちな、ソファーカバーを持ってくれるか」
なんで俺たちが、と不満げな玲太くんも、お茶くらいは出すぜ、という先生のペースに乗せられてしまう。
そして、私はソファーカバー持ちなんていてもいなくてもいいような役目なのに、しっかりお茶をご馳走になった。
西日が射す生物準備室の中、扇風機が生ぬるい風をかきまわし、セミの声が響く。
クーラー壊れててごめんなー、なんて言いながら、淹れてくれた冷たいジャスミンティーはとても美味しかった。
玲太くん曰く、無駄にすげー重いというソファーは「御影式相談教室」のために、搬入されたと聞いた。
そのあとすぐから生物準備室の扉には、「只今相談中」の札がかかっていることが多くなった。
普段は「誰でもどーぞ」と書いてある札を、相談がある生徒がくるりとひっくり返して生物準備室に入っていく。
進路の話、将来の夢、家庭のこと、人間関係の悩み、専門外の教科の質問もしてもいいらしい。
中には喧嘩中の彼との仲直りの仕方なんて恋愛のアドバイスを貰ったという強者までいた。
私は、何度も生物準備室の前まで行き、でも先生に話しかける勇気は出なくて、結局私がその扉を開けることはなかった。
□ □ □
夏休みに入る直前、教室で盛り上がったその噂話は私を絶望のどん底に突き落とした。
「御影っち、結婚するらしいぜー」
「え、マジで?」
「誰と?モーリィちゃん?」
「や、それがすげー美人って噂」
「私、この間見ちゃった」
「私もー、はばたき駅前で」
「俺も!俺も見た!超スタイル抜群で、フェロモ~ンって感じのいい女だったー」
「すげー、やるな、流石俺らの御影っち」
「静かにしたまえ」教室の扉が開き、噂の張本人は、しばらくのお休みだと告げられた。
会えないことに少しホッとした。
きっと私、今、すごく変な顔してるから。
先生、結婚しちゃうんだ…
もう、好きなままでもいられない──
どうしよう
今度こそ、忘れなくっちゃ
先生のこと好きな気持ちをゼロにしなくっちゃ
どうやって? どうすればいいの?
インターネットのヨロズお悩み相談コーナーで調べても、初恋や憧れは一過性のもので、すぐに忘れてしまうものと書いてあるけど、私にはどうしてもそう思うことは出来なかった。
どうすれば、この気持ちは消せるの?