雪男とは無関係ですぞー(某赤い雪男風に) 吾輩はオタクである。
漫画を愛し、アニメを吸って、ソシャゲを嗜み、推しのためにATMになることに己の人生をかけて生きてきた生粋のオタクである。
そんな吾輩、現在本気で死にかけている。主に心が。
「なんっで既知転……」
目が覚めたらド派手なビラビラ服着て棺桶に詰め込まれてましたうぇーい!
ツイステじゃねぇかよ!! しぶで!! 百万回見た!!!!
まさか狸呼ばわりの猫型のアレが棺桶を開けたりしねぇだろうなと戦々恐々としながら時間が過ぎるのを待ってたんだけど、普通に時間宣言とともに蓋ぱっかんして鏡の前に呼ばれ、さくっと組み分け……じゃなかった寮分けされて列に並ばされた。
鏡曰く
「汝の魂は……スカラビア!!」
ちょーーっと待ってなんでそうなる?! 自分のどこに熟慮の精神があると? 深く考えるより前にまず行動、脳筋の代名詞とまで言われた人間に何を求めてらっしゃるの?!
「しかも暑いの死ぬほど苦手なんだけど……詰んだ」
案の定、日が昇って1時間で熱中症で病院に担ぎ込まれたよね!!!
『スカラビアには雪男の子孫がいる』
そんなおかしな噂が立ったのは、入学してからひと月もたたない頃だった。熱すぎる(誤字ではなく)熱砂の気候にあって、日が昇った瞬間から氷の魔法で常に自分の部屋を覆い、エアコンを最大出力にして、できうる限り日差しが当たらないよう全身を布で覆って生活をしている生徒がいるせいだ。
まぁ、何を隠そう自分なんだけども。
「魔力量だけは異常と呼ばれるほどいっぱいあって助かった……」
もうね、熱砂の気候舐めてた。何で日が昇って数時間で体温より気温が高くなっちゃうの? 馬鹿なの?
雪男の噂を聞いて転入早々速攻確認に来たキラッキラ笑顔の光属性の富豪の長男には、残念ながら雪国出身のただの人間だと言ってはあるけれど、信じてもらえたかどうかはちょっとわからない。
「信じてもらえてたらいいなーって思ってるとこなんだけど……わかってもらえてない感じ?」
「さすがに、入学式の翌日に病院に担ぎ込まれた、というのが嘘でない以上、そこまで疑っているわけではないが……普段から目元しか見えないような格好をしているのが寮内をうろうろされるのは、防犯上どうしても不都合があってな」
「だったら転寮の許可貰うの手伝ってくれてもいいんだけどな、バイパーくんよ」
今現在、自分、ジャミル・バイパーくんに壁ドンされてます。
一年生の時ってちょっと背が低くて細身なんだね可愛いねーー?
「別に顔を隠してるわけじゃないよ?」
「……そのよう、だな。というか、顔を晒してまだ数分なんだが、もう赤くなってきてるのはなんの冗談だ?」
「体質なんだわこれが……てかさすがにこんなに日差しに弱かった覚えないんだけど、ここの直射日光どれだけ強いの」
「まぁ、熱砂の太陽はこんなものだ」
「こわ」
いくら日差しの差し込む場所での強行とはいえ、ここも一応室内なはずなんだけどなー。
ジャミルの手によってむしりとられた、自分の顔全体を覆っていたお手製のニカーブっぽい物(ジャミルが『ニカーブを取れ』って言ったことで名前が判明)をどうにか返してもらいながら、ひりひりし始めた頬に水魔法を当てる。うぅ、またアロエ貰ってこなきゃ。
「てか、はじめは普通に接してくれてたのに急にこんな強硬手段とか何事? あのアジーム君のため?」
「そうだな……俺だけなら別にどんな奴がいようと気にすることはないが、主人が通うとなればやはり確認は必要だろう」
「お仕事熱心だねぇ」
自分の格好は一応学校の方に事情を話して許可を得ているもので、はじめはフードにマスクとか顔にスカーフグル巻きとかいろいろ試してたんだけど、何しろどれも怪しいことこの上ないうえに面倒臭いが過ぎるので、今は昔TVで見たSF映画の砂漠の民の格好を真似ている。暑い地方の出身者に本来は女性がつけるものだって言われたけど、この際そんな小さなことにかまってられるほど余裕はないんだ。
「まぁ、自分はもうこんな状態だから、学園にきちっと許可は取ってるし、一方的に禁止するなら真面目に転寮手続き手伝って。日差しで火傷するのはここだけだからほかの寮なら顔さらして生きていけるし、別にどこの寮でも構わないんだよほんと」
「ぐ……せめて、一目で絶対に君だってわかるような目印でもあればいいんだが」
「あー……うーん、さすがに無茶振りが過ぎるね?」
どんなに珍しい飾りをつけたり柄を選んだりしてもまねされない保証はなし、何なら奪われてしまえば意味はない。
「なんて―か、そこまで気をつけなきゃいけないとか、お金持ちも大変だよねぇ。闇深だわー」
「他人事だと思って軽く言ってくれる……」
「まぁ、実際めいっぱい他人事だからねぇ。自分、アジームとはあいさつ程度の顔見知りでしかないし」
「は……? カリムは、友達だ、と高らかに宣言していたが?」
「え、なんで?! この間雪男かどうか確認に突撃してこられたけど、その前後も今も会話もかかわりもほとんどないよ?!」
速報:いつの間にか大富豪の友人ができていた件。
呆然としている間に、するりと自分を抑え込んでいたジャミルの手が外れて、
「アイツは……すまないな、とりあえず対処は転寮も含めて考えさせてもらう。詫びになるかわからないが、日焼け後のケア用の化粧水を後で届けよう」
「うわぁ、何より嬉しいよ。さすが気遣いのバイパー」
「普通だろ」
んなわけないじゃん。ねぇ?
ユニーク魔法に目覚めました。
何を言ってるかわかんないだろ? 大丈夫、自分もよくわかってない。
ただまぁ、推しに対するオタクの執念はそれだけの力がある、ってことで一つ。どっちが推しとかきいてくれんなよ、箱だ。あと腐ってはねぇから。
「それを、いきなり俺に教えてよかったのか?」
「いやぁ、バイパーにこそ、教えておくべきかなって思ってさ」
自分のユニーク魔法は、その名も【後ろの正面だぁれ?】。
「とりあえず、自分がこれを発動してる間は、相手も自分も「絶対に相手を間違えることはない」ってユニークなんだ。今ここで発動したら、バイパーは自分を、自分はバイパーを、見間違えたりすることは絶対にない。変装とかだけじゃなく中身だけの入れ替わりとか、そういうのもちゃんとわかる」
「なんというか、ある意味護衛にとっては喉から手が出るほどに欲しいユニークだな……」
「それな」
しかもこのユニーク魔法、カリムのそれのイメージからか、なぜかやたらと発動コストが低い。多分だけど、一日中発動しっぱなしにしたとしても、一晩寝たら回復する程度にしかブロットはたまらないと思われる。
「今のとこそこまで命の危険にさらされてる生徒なんてアジーム以外そういないしさ、とりあえず帰宅後即で自分と寮長とアジームとバイパー、4人でこの魔法の範囲に入ってもらったら、寮にいる間『こいつもしかして中身は刺客なんじゃ』とか思わずに済むかなって」
「……毎日で負担にならないか?」
「あー、まぁ、多分大丈夫だと……もし気になるなら、変に疑われないこと以外になんか追加報酬ちょうだい」
「フム……考えておく。今夜から実装でいいか?」
「了解~」
ま、さすがの自分も日差しが出てない夜は素顔で歩いてるし、本当は夕方から夜まででかまわないんだけど、安心させる意味でもちょっと長めに提案など。休みの前日は思い切って長くした方がいいかな、外に出てることも多いけど。
やったね、これから毎日推しに合える口実ができちゃったじゃん。これで物陰から主従を眺めてニヨニヨするストーカー行為をしないで済む!
はなからするな、は言わないお約束な。仕方ないじゃん、オタなんだもん(熱い風評被害)
「なぁ、ユニーク発現祝いはしないのか? 折角仲良くなれたんだし宴しようぜ!」
にっこにことそんな提案をしてくれる満面の光の笑顔……。
えっと、うん、いつ君と仲良くなったんだっけか。ほとんど会話してなかったと思うんだけど、陽キャランキング上位のコミュ力マジですごいな?
「えーと、まぁいっか。あ、そんなら、ぜひ一度やってみたいことがあるんだけど!」
「お、楽しいことか? いいぜ!」
「まずは内容を聞いてから返事をしろカリム!!」
それな。信用してくれてる、と思っておくな。
熱砂の国のお祭りなんかで超大人数の人にふるまうための専用の巨大な平鍋。そこには、現在縁までみっちみちにこねたひき肉が敷き詰められていた。
「さて、そろそろ返すから、みんな離れていてくれ」
一年生だと思えない見事な制御魔法でもって、ふわり、と鍋の周りに魔力が集まるのを、いつの間にか鈴なりになっていた目を輝かせたDK達がごくりと息をのみながら見守っている。
「よし……ではカウントを頼む」
「ふは、ノリノリじゃんね。熱砂の数字はよく知らないからわかりやすく共通語で行くぞ。3、2、1!」
カウントと同時にふわりと肉が舞って、脂一滴こぼさずひっくり返ってみごとに鍋の中に納まった瞬間、わぁ、とその場が沸き上がった。惜しみない拍手。うん、みんな楽しそう。
「さっすがジャミル。一発で成功させて来たなぁ」
「ふん……普段から料理をしていれば、コツのようなものはわかってるからな」
「さすがだよお母さん」
「やめろ。やめろ俺は従者だ」
大事なことなので二回言われてしまった。
「火力は魔法のコンロだし、厚み自体はそれほど厚くしてないから、あとは普通のハンバーグと同じくらい……そうだな、10分ほどで焼き上がると思う。その間にソースを……」
「手伝うよ」
「……助かる」
宴で自分がカリムに提案したのは、いわゆる「馬鹿の作る料理がやってみたい」ってやつだった。
馬鹿、と言っても食べ物に冒涜的なことをするんじゃなくて、DKが頭に思い浮かべる、自分じゃ絶対できないような『男の子の夢』であるトンでもネタの料理、だ。例えばこの超巨大な一枚ハンバーグ(直径1M)とか、一枚につきチーズが1キロ載ったピザとか、巨大ロブスター丸々一匹で作ったエビフライだとか。
「うちの故郷じゃ、かき混ぜる専用のショベルカーを作ってまで超巨大な鍋で千人分の芋の煮込みを作る祭があってな」
「なんだその奇祭……カリムには言うなよ、絶対自分もやると言い出すぞ」
「あ、ごめん、すでに話しちゃった」
「んなっ……はぁ……もしやることになったら絶対に手伝わせるからな」
「ひぇ」
いっぱい作ってみんなで食べれば、その人数が多ければ多いほどカリム安全じゃんね?
「今度もしやるなら百人ビリヤニとか見たいな」
「……それはすでに熱砂の国でやってるぞ。祭のときとか。」
「さすアジ」
なお、出来上がったハンバーグは寮生全員に大好評で、ぜひまたやりたいとか、こんな料理もやってみたいとか、大いに盛り上がったことをご報告いたします。
頑張ってハンバーグソース10種も用意した甲斐があるってもんだよ。うん。
その後、馬鹿の作る料理は宴会の定番になって、毎回次はこれ!っていうアイデアがあれこれジャミルに持ち込まれるようになった。
なんでジャミル?とは聞かないでほしいそうだ。まぁ、入学して半年もたったころには、スカラビアの料理長扱いになってたもんな。
惜しみなく提供されるアジーム家の財力にものを言わせた高級食材で、普通なら絶対できないような料理をみんなでワイワイやるのは純粋に楽しく、ついでにそういうものが一品あるだけでその分料理の数を作らなくてよくなるジャミルの負担は大幅に軽減されるらしく、しかも大皿料理が多いから安全面でも少しだけ気が休まるそうだ。
お母さんの苦労が減るならそれに越したことはないよ、うん。
それにしても、本当にまさかこんなにメインキャラクターと仲良くなっちゃうとは思わなかったなぁ。
原作4章の時間軸で案の定寮の中で騒ぎが起こって、ユニークのせいでカリムの中身が微妙に違うことに気づいちゃった自分がジャミルにこっそり監禁される未来が待ってるなんて、予想もしなかったよね。
はー、人生万事塞翁が馬っすわー。
でもまぁ基本は自分はモブ。そこそこジャミルと話すとはいえ、元の世界に帰れるならそれでよし、帰れなくてもごく平凡な企業にでも就職して世界の片隅でひっそりと……
「なぁ、卒業したら、熱砂の国に、アジーム家に来ないか? そのユニーク魔法だけでも、十分採用されると思うんだ!」
え?
焼け死ねと?