黄色い窓で それは、なんでもない会話の最中だった。
深夜の時間帯、同じ趣味の仲間たちと、無料の会話ツールで一つのお部屋に集まってワイワイとお喋りをする。一日の疲れとかこの生活感じている不安とか、そういう細々としたものが全部吹っ飛ぶ大切な癒しの時間。
一人暮らしならともかく、寮生活だったり家族と暮らしているメンバーは時折背後に賑やかな生活音が入ってきたりして、それもまたお互いの生活の一端が垣間見えて面白い。
今までオンボロすぎてネット環境どころかスマホの電波すらろくに届かないようなオンボロ寮で、こうして普通に会話を楽しめるのは、何のかんの仲良くなった先輩や先生方といった有志の皆さんのおかげだ。
少し前なら考えられなかったそんなささやかな幸せを噛みしめながら、監督生は今日もSNSで知り合ったイツメンとのお喋りを楽しんでいた。
それが聞こえたのは、旦那さんがいるという女性が話をしている時だった。
時折背後で物音が入ったり旦那さんが普通に話しかけてきたりするお家だったので、今日もそれかと思って、監督生はくすくす笑って声が、と指摘した。
直後、場の空気が変わった。
その場にいた数名は、そろって何のことだと返答してきたのだ。
え、だって今、と言葉を重ねても、誰もそんな声を聴いてないという。
何を言っていたのかはわからなかった。でも確かに、男の人の声で、話しかけられた、と感じ、て……。
「ごめんね、たぶん気のせいだった! ていうかノイズが入ったからそのせいだと思う!」
ぞ、と背筋を走った寒気にとっさにそういうことにして、その場は小さな笑い話として誤魔化した。
気のせいであってほしい、と、そう思っていた。
でも。
お風呂で、髪を洗ってるとき。
お布団で目をつぶろうとした瞬間。
一人で学校で廊下を歩いている、そんな時。
誰かに、声をかけられたような気がして。一瞬、動きが止まってしまうのだ。
そして、首筋にふわりと冷たい空気を感じる気がする。そう、隣で誰かが身じろぎしたときのような、そんなかすかな空気の揺らぎ。
そのたびに、背筋が、お腹が、ひんやりと冷たくなって、泣きたくなる。
「どうしたぁ、監督生?」
「……ううん、なんでもないよ」
そんな日が、しばらく続いた。
ふと目についたのは、青い炎だった。
なぜかはわからない。特別親しいわけでもない。なのに、この人に声をかけなければ、と自然に足が向いた。
「あの、イデア先輩」
「ヒィ! なななな、なにっ、だれっ……って、あ、あぁ君か……な、何、なんかよ、う……」
初めての時は全力でダッシュで逃げられたし(足は早くはなかったけど)、その後もちょいちょい声をかけるたびに物凄い早口で嫌そうにぼやかれてたから今日もそれを待つ気でいたら、なぜかひたりと目が合った。
初めてかもしれないまっすぐ向けられたその瞳は、青い髪の印象で隠れていたけど、とても綺麗な金色だった。
「はー……君、ほんと運命の女神に見放されてるんじゃない?」
「え、あの、それどういう……」
す、と伸ばされた腕が、監督生の髪をかすめて肩のあたりでくるりと動いた。
それだけだ。
本当にただ手首を返しただけ、に見えた。
「はい、おしまい。もういいだろ」
「……はい、え、えぇと……ありがとうございまし、た?」
なのに、嘘みたいに目の前がパッと明るくなって、もう大丈夫、という気になった。
訳が分からないままお礼を述べる監督生氏に小さく手を振って、そそくさと小走りに遠くなっていく、丸まった背中。
「えー……」
呆然としたままそれを見送ってしまった監督生は、しかしじわじわと浮かび上がってくるわけのわからない高揚感に、とうとう声を上げて笑いだしてしまったのだった。
その夜、なぜかふと、ストンと思い出したことがある。
あの時聞こえたあの声は。
「イクネ」
そう、言っていたのだと。