節分斬神 それは節分の日だった。これまでと違ったのは、もう一振の鬼切の伝承を持つ刀、鬼丸国綱がいたことである。年が変わった頃に顕現した彼は未だ本丸での生活に不慣れで、鬼切と呼んでいた旧知にその自覚が薄いことを個体差と飲み込むのに、表に出さずとも苦労していた。
節分といえば鬼である。「この日は髭切さんが本丸の見回りをするんだよ、やっぱり鬼と言えば髭切さんだから!今年からは鬼丸さんもだけどね」この本丸の風習を教える乱の言葉に、鬼丸はまたしても困惑した。この本丸の髭切は鬼切としての色は薄いのではなかったのか、と。
「それでいいのか。」
そう鬼丸が問い質した先は話を聞かせた乱でなく、同じく旧知の鶴丸だ。畑当番真っ最中だった鶴丸は「それ、今じゃなきゃ駄目なやつかい」と呆れたが、放置されている事の経緯と次第によっては大事である。さっさと話せ、と目で促せば「まあ、君はまだ来て日も浅いしな」と抱えていた肥料の袋を下ろし、鬼丸の目を見据えた。
「それでいいのか、と君は訊いたな。それなら答えは至極簡単だ、これでいい。」
それは分かっていた返答だ。では何故。鬼丸は口を開く。
「何故鬼切の奴を放っている。あのやり方は」
「歳徳神すら斬りかねない、かい?」
そう。その通りだ。口には出さず、鬼丸は一層強く睨め付けることで是を示した。
「そこまで分かっていて、何故」
何故あのままにしている、何故鬼切の刀として自覚のある己と交代させない。問えば鶴丸は、だからさ、と笑った。
「君は鬼切の刀として、髭切より強い。とはいえアレは個体差によるものだから、ここの髭切よりも、だが。君には鬼とそれ以外の区別がはっきりつくだろう。だからさ。だから、鬼門の見廻りには少なくとも当分の間つけられない。
これについては、君ならすぐ分かるだろうと思って何も言わなかった俺達の落ち度だな。あー、そう睨むなって。悪かったよ、今度万屋の隣にある茶屋の… 何、いらない?勿体ないな君、あれは絶品だぞ?そんなんだからいつまで経っても仏頂面、ってああもう悪かった、悪かったって!
ま、改めて説明するとだな。君はこの本丸がどういう所に建っているか知ってるかい?他所の本丸は考えなくていい、此処だ、この本丸。―そう、時空の狭間だ。年代も何も存在しない、政府が切り開いた空間。そんなところにな、歳徳神がやってくると思うかい?此処の恵方がどちらかも分からないのに、鬼門を潜ってまで。
だからそもそも、この本丸には遡行軍か妖怪か怨霊かそれこそ鬼か…まあ、害なすものしかわざわざやっては来ないのさ。」
「迷い込んだ奴はどうする。」
「そりゃ政府に連絡するなりして帰すさ。その辺の区別は上手いぜ、髭切は。」
何せ前例がある、そう言って笑う鶴丸にそれなら、と鬼丸は畳み掛けた。「矢張り鬼切でなければならない意味が分からん。」そんな理由なら、自分でも不都合が無いように思う。釈然としない様子の鬼丸に、鶴丸はいいや、と続けた。
「言っただろ?お前じゃ鬼とそれ以外との区別がハッキリつきすぎる。」
《―――ここまでで放置 》