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    jvhkgjgbAMC

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    同棲サンフリサン
    捏造いっぱい
    ホラーのつもりで書いているけれど怖くはない

    #フリサン
    lewdPerson
    #サンフリ

    フリスクが変な目に遭う話 フリスクは肩が重かった。
     平日の夜、十九時を回った頃。この日、フリスクはいつも通りに仕事をこなし、いつも通りの時間に退勤し、電車に乗り込んだ。フリスクは駅を出るとすぐに、自分の家に住む恋人にメールで「今から帰る」といった内容の連絡を送り、いそいそと歩みを進めていた。その道中のことだった。
     突然、自分の肩が重くなった。仕事中に何らかの力仕事をしたわけではなかったし、特筆して大変な業務をこなしたわけでも、朝に体調が悪かったわけでもなかった。理由らしい理由は見当たらない、唐突な重みがフリスクを襲った。
     とは言え最初は、ただの肩こり程度の重みだった。歩きつつ肩をもんだり回したりして、「ああ疲れたな」、「今日は湯船にゆっくり浸かった方が良いな」なんて暢気に構えていた。
     しかし歩みを進めて約十分。徐々に肩の重みは増し、自分の皮膚に食い込んで骨をも軋ませるような、そんな嫌な重さに変化していった。
     本当にゆっくりと、忍び足のように膨らんでいった重みは、気づいた時には肩以外の部分にまで広がっていた。それはフリスクからすれば、重力魔法にかけられたあの時のような感覚に近かった。しかし、記憶の中にあるその魔法よりはずっと意地が悪く、じっとりとした不快感を催すものだった。
     足の裏が地面に縫い付けられているみたいで、歩くだけでもひどい疲れを覚えた。いつもフリスクは空に浮かぶ星を楽しみながら家へと続く夜道を歩いていたが、今日はあいにく曇りの天気であるうえ、そんな心の余裕すらなかった。月も見えず、淡く灯る街灯しかない道は息苦しい黒をビロードのようにまとっている。それが自分の体を覆い隠し、消そうとしているような、嫌なイメージを彷彿させた。
     遠い。
     どうしてだろう。何度も通っているこの一本道が、なぜかフリスクには終わらない迷路のように思えてきた。本来ならばあとものの数分もすれば家にたどり着けるはずなのに。
     遠い。
     肩だけでなく、頭も重くなっていく。おかしい。そんなに歩いたわけではないのに。足を踏み出すごとに、肩の重さは比例して大きくなっていく。それに加えて、何十時間も歩いてきたような足の徒労感が、更に肩の重みを助長させる。でも、立ち止まってしまえば、そのまま動けなくなってしまいそうな予感がフリスクにはしていた。だからフリスクは、足を止めて休むこともできなかった。動けなくなることに対する焦燥感だけが、フリスクの足をがむしゃらに前後させている。しかし、歩けば歩くほど体は重く、止まってしまいそうになる。まるで袋小路に追い込まれたような気持になる。フリスクの手のひらに、じんわりと汗が滲んだ。汗をかくほど体は熱いのに、背中は氷に触れたように寒かった。まるで、夜の落ち込んだ気温を負ぶっているような気分だった。
     もしかしたら、帰れないかもしれない。
     何の確証もない考えが、ふとフリスクの頭をよぎった。脳内にかすんだ線を引いたその不安は、どんどんと濁った色をにじませ、心を蝕んでいく。嫌な考えがとめどなくあふれていく。冷静な考えができない。ああ、肩が重い。こんなに歩いているのに。こんなに足を動かしているのに。たどり着ける気がしない。帰れないかもしれない。帰れないかも、しれない。
     そう思った時だった。
     どこかでトロンボーンの音がした。
     ひどく間が抜けていて、まるでくすくすと笑っているような、いたずらっぽい音色だった。フリスクは辺りを見渡す。その音は、フリスク自身の体近くから聞こえくるものだった。フリスクは自分の体を探り、音の出所を見つけた。
     その音は上着のポケットから鳴り響いているものだった。
     フリスクは緩慢にポケットから携帯電話を取り出すと、暗い画面に明かりを灯した。
     十九時半を示す時刻表と一緒に、フリスクの瞳いっぱいに親しいヒトたちの顔が見えた。フリスクが幼少の頃から仲の良い彼らは、こちらに向かって無邪気に微笑んでいる。
     フリスクはやや面喰い、その数秒後に気づく。これは自分自身で設定した待ち受けの画面だ。
     電気が消えかけた街灯しかなく、ほとんど真っ暗闇の中で、写真は淡く光る。
     初めて見た写真ではないのに、なぜか新鮮な安堵感がフリスクの中に湧きあがる。あれほど必死に動かしていた足を止めて、フリスクはその写真をまじまじと眺めた。肩の重みや疲れ、不安感でバラバラになっていた意識が、今、目の前に映る友人たちに集約していく。
     笑っている。みんなが笑っている。当時、この写真を撮っていた自分に向かって。
     あるがままのその事実が、寒さや重さを感じなくなるほどの暖かさをフリスクに与えた。
     そしてフリスクは、指の腹で画面を叩いてメールのアプリを開いた。先ほど鳴っていたトロンボーンの音は、このメールの着信音だった。
     そうだ、メールの着信音にしてはあまりに大きな音が出るから、うっかりマナーモードにし忘れていた時に職場でトロンボーンの音色を響かせてしまって、大恥かいたんだっけ。でも愉快なその音が面白くて、なかなか着信音を変えることができなかった。だから今もこのままにしている。だって、自分のためにわざわざトロンボーンを演奏して、録音したモンスターのことを想像すると、愛しくて仕方がなかったから。
     届いたメッセージは、まさにそのトロンボーン奏者であるモンスターから送られてきたものだった。
     その内容は、
    「こんばんは。今晩は、遅くなる?」
    というしょうもないギャグを交えた連絡だった。
     フリスクの口角がふと上がる。遠く暗い帰り道に恐怖を覚えていたことも忘れ、喉を震わせ声を漏らした。
     ああ、帰らなければ。自分を待つヒトが、家で待っているのだから。
     フリスクは、「もうすぐ帰ります!」というメッセージと共にカエルのスタンプを送った。
     そしてフリスクは、待ち受け画面の写真の向こうで笑う彼らに対しても思いを馳せた。
     もしも、この優しいモンスターたちが、自分のことを「友」と呼んでくれるこのヒトたちが、自分はもう帰ってこれないと知ったら、どう思うだろう、と。
     きっと悲しむに違いない。だって、何よりも誰かのことを想える彼らのことだから。このピカピカ光る笑顔を暗くして、曇らせて、自分を心配するに違いない。
     それを想像すると、申し訳なくて、辛くてたまらなくなった。
     帰ろう。どんなに遠い場所に家があったとしても、絶対に帰ろう。
     フリスクはそう決意すると、足を再び前へ前へと運び始めた。肩の重さも足の疲れもそのままだが、まだ歩いて行ける。マナーは悪いけれど、今だけは携帯電話を手に持ったまま。漏れ出る薄い光で、足元を照らすようにしながら。
     大丈夫、諦めるのはまだ早い。そう、自分に言い聞かせながら。

     そうして歩いて、五分もかからぬうちに、フリスクの眼前には自分の家が現れた。つい先ほど、歩いても歩いても家にたどり着けないことがまるで夢だったかのようだった。
     転びそうになりながら、現実であることを確かめるように家の前まで走る。実際は走った時のスピードは出ず、ほとんど小走りだったが、疲れ切っていたフリスクにとっては全力疾走に等しい走りだった。ドアの前に着いた時には、フリスクは少し息が上がっていた。
     ドアのカギを少しもたつきながらポケットから取り出し、急いでドアを開けようとした。
     その時、ガチャリという音がして、フリスクがカギを回すよりも先にドアが開いた。
     驚いてフリスクの口から小さな叫び声が飛び出る。その声に重なるように、もう一つの低く落ち着いた声が腰付近から聞こえた。
     フリスクは視線を下に落とす。そこには、青いパーカーを着た小さな体が見えた。ほっと一つ息をついたフリスクは、子供と変わらぬ大きさに合わせるように、少し背を屈める。
     「サンズ、ただいま」
    フリスクに呼ばれたそのモンスターは、顔を上げていつもの笑った顔で答える。
     「よお、フリスク。ちょうど帰って来たところだったか。随分と遅かったな」
     「うん。ちょっといろいろあって...」
     「そうか。...まあとりあえず入れよ」
     サンズ―フリスクと同棲中のパートナーである彼はそう言うと、ドアを手で押さえ、フリスクを家の中に迎え入れる。フリスクは礼を言って玄関に一歩足を踏み入れた。
     ドアから漏れる照明の光が柔らかく、優しい。気が付けばいつの間にか、フリスクの肩にのしかかる重みは軽くなり、深かった疲労感も少なくなっていた。
     自宅の嗅ぎなれた匂いが鼻をくすぐる。それがこれ以上ないほどフリスクを安心させた。
     それと同時に、フリスクは帰り道に起きた不可解な出来事の数々を不審に思った。冷静になって考えてみれば、家まで伸びる一本道を歩いている途中で、帰れなくなることなどあり得ない。それなのにどうして自分はまるで迷子の子供のように夜道を恐れ、もう帰れないと絶望していたのだろうか。
     それに、あの尋常なほどの肩の重さ。ただの肩こりとは到底言えない。かと言って、病気の前兆のようには思えない。もちろんフリスクはその手の知識はないので断言はできないが、それでも、今も薄く感じているこの重みは病の類ではないような気がしてならなかった。
     更によく思い返してみれば、いくらこんな時期、こんな時間帯だとは言え、いつもの外はそこまで寒くはないし、暗くもないはずだ。街灯だっていつもはあんなに薄暗くはなかったし、仮に電気が切れていたとしても、全ての街灯が一斉に調子を悪くするなんてことが果たしてあるのだろうか。何度も歩いてきた道だからこそ、普段との違いは明確だった。明らかに何かがおかしかった。フリスクの中にある違和感と疑問点は、落ち着いて考えれば考えるほど尽きることはなかった。
     フリスクは納得のいく理由が見つからず困惑したが、だからといってまた外に出て確かめようという気にはなれなかった。
     「フリスク? どうした、ボーンやりとして」
     玄関で難しい顔をしているフリスクに、サンズが声をかける。フリスクはかぶりを振って「何でもない」と返し、リビングへと足を運んだ。

     マシになったとはいえ、まだ疲れが残っている体を休めるために、フリスクは上着も脱がずにソファに腰を下ろした。フリスクが座るソファの隣に、サンズも座る。骸骨模型のような体を持つモンスターであるサンズは、ソファに座っても座面はあまり沈まない。
     サンズはフリスクの方を向き、顔に浮かぶ大きな目の窪みをピクリと広げて言った。
     「さて、フリスク」
     いつも気さくなしゃべり方をするサンズは、少し真剣な声色で話し出す。
     「今日、アンタ何でこんなに遅かったんだ?」
     「それは...」
     ある程度予想できていた質問内容とはいえ、たまにしか聞けないサンズの静かな声に緊張が走る。
     フリスクは、先ほど起きたこと全て、包み隠さずサンズに話した。
     「ふーん…、妙な話だな…。なんというか、アンタも大変だったんだな」
     フリスクの話を聞き終わったサンズは、ねぎらいの言葉をかけた。
     サンズは表情の変化が「笑顔」以外見分けづらい。しかし、長年の付き合いであるフリスクには彼がとても心配していることが十二分に伝わっていた。
     玄関のドアの前にいたのも、フリスクがなかなか帰らないから迎えに行こうとしてくれていたのだろう。それを考えると、フリスクはさらに申し訳なさが胸に募り、混じりけのない謝罪の言葉が口からこぼれた。
     サンズはそれを受け止めると、「まあともかく」とフリスクに向き直り、
     「今度からはそういう体調不良とか、変な事が起きたらすぐ連絡してくれよ。ほら、コマツナっていうだろ」
    と言った。
     「…ホウレンソウ、ね。ちょっとそのギャグわかりにくいなぁ。でもそうだね、そういうこともちゃんとメールするようにするよ」
     冗談を飛ばしながら不器用な優しさを投げかけるそのモンスターに、くすぐったい気持ちを抱きながら、フリスクは突っ込んだ。
     ふと、サンズはひょいと視線をフリスクの肩辺りに向けた。その時、見間違いだろうか。フリスクの目には一瞬だけサンズが表情を曇らせたように見えた。しかし瞬きの間に、彼はいつもと同じ、楽し気な笑い顔になった。
     そして、細くごつごつとした指を、フリスクの顔に近づける。フリスクはその指にすり寄るように頬を近づける。白い指が皮膚に触れる。夜風とはまた違う冷たさで、フリスクは頭が少しすっきりとした心地になる。
     「ああ、どおりでやつれているわけだな」
     「え、そんなに酷い? 僕の顔」
     たしかにまだ肩は重いけど。
     そう言いながら首をかしげるフリスクの、頬っぺたを玩んでいた指を肩に移し、サンズは緩やかにその両肩を揉んだ。彼は力が強い方ではないが、適切に気持ちよく感じるツボを押してくる。
     どうですか、お客さん。
     ああ良い塩梅です。
     そんな茶番を繰り広げ、しばらくしてからサンズは立ち上がると「もう遅いし、今日は軽く食べるぐらいにするか?」とフリスクに問いかけた。
     「え、遅いって言っても…」
     まだ八時くらいでしょ。
     そう言おうとして、今初めて壁に掛かっている時計に目をやったフリスクは、絶句した。
     時計は夜十時を指していた。フリスクが最後に時計を見た時から約二時間半経っている。
     どうして。
     歩いている間の体感時間は長く思えたが、まさか本当に現実で数時間も時が過ぎているとは考えられなかった。せいぜい数十分遅れた程度だと思っていた。
     呆気に取られているフリスクを見て、サンズは冷蔵庫を開く手を止め、「どうした?」と尋ねる。
     「サ、サンズ。あの、この時計って壊れてたりは…」
     「いや、時間はあってるはずだぜ」
     そう言いながらサンズはズボンのポケットから携帯電話を取り出し、確認をする。フリスクも携帯を見てみるが、時計の時刻は合っていた。
     フリスクは逡巡した。肩の重さ、夜道の暗さ、距離の長さは百歩譲って気のせいだと片付けることができるかもしれないが、今起きていることはさすがに異様なことだと思った。見間違いではなく、たしかに帰宅途中に見た時計の時刻は十九時半だった。普通、あの道を通るだけで二時間もかかることはないのだ。
     これは誰がどう考えてもおかしいことであり、自分の勘違いとして看過することはどうも憚られることだった。
     この世界には、魔法の力を持つモンスターや、同じく魔法を使える一定数の人間がいる。もしも誰かが悪意を持ってこのような時間の歪み、また身体に不調を覚えさせるような魔法を使っているのだとしたら、親善大使として見過ごすことはできない。
     それに、今回は自分だけに起きたことだから良かったものの、もしもサンズや友人、家族を巻き込んでいた場合を考えれば、やはり自分一人だけの問題として抱えておくべきではないと思った。
     ただ一方で、このことをサンズに話してしまってもいいのかという思いもフリスクにはあった。
     自分の体感している時間と、実際の時間のずれ。それに伴う周囲のヒトたちと自分の時間感覚の齟齬。
     これらは、フリスクがとっくの昔に体験したことだった。
     かつて、モンスターと人間たちが分かたれた場所で暮らしていた時代に、フリスクはモンスターが生活している「山の地下」で過ごしたことがある。そこで幼い頃のフリスクは、ある悲惨な事件によって生まれてしまった一人のモンスターと戦った。
     彼とはかなり長時間、不思議な空間で戦った記憶が今でもはっきりとフリスクの中にはある。それなのに、傍にいたモンスターは誰一人としてそのことを覚えておらず、また実際は、ごく短い時間しか現実世界では流れていなかったということが後に明らかになった。
     それを知った時のフリスクの孤独感は、言葉では言い表せないものだった。自分が行ったことを誰も知らないということ、膨大な時間をかけたのに僅かな時の出来事として処理されてしまうこと。それがどうしようもない寂しさを与えるのだということを、その時のフリスクは初めて学んだ。
     そして今、フリスクの目の前にいる恋人は、どうやらフリスクと同じほど、いや、もしかしたらそれ以上に「時間」というものに頭を悩まされてきたようなのだ。詳しく話を聞けたことはないが、地下で過ごした時、そしてパートナーとなった数年の間に、彼から時間についての話題を示唆されたことが何度かある。その内容から推測するに、どうやらサンズも長い間、時間の流れやそれに対する周囲の認識の違いで苦労していたらしい。
     彼のその体験は、フリスクが想像しているよりも深い、深い苦悩をサンズにもたらしているようだった。
     そんなサンズに、自分が体験したことを話してしまったら、彼に再び辛い思いをさせてしまうのではないのだろうか。自分がかつて味わった、あのどう表現しようもない寂しさ、悲しさを彼にも感じさせてしまうのではないだろうか、とフリスクは思い迷った。
     まだ、フリスクが携帯画面に表示された時刻を見間違えた可能性も残っている。ただし、見間違いの場合はフリスクの退勤時間と電車を降りた時刻が合わないという矛盾が生じるので、かなり低い可能性となるが。
     それでも、万が一、はっきりとわからないことを彼に話して、いたずらに怖がらせ、不安がらせるだけになってしまったら…。そう考えるとフリスクはなかなかサンズに言い出すことができなかった。
     もういっそ、自分だけの秘密にして、魔法関係のトラブルにも対応してくれる警察にこっそりと相談しようかとフリスクは考えた。
     ―しかし。
     サンズはそんなフリスクの様子を、感情の読み取れない表情で見つめていた。
     フリスクは知っていた。彼に隠し事をすることなど土台無理なのだということを。子供の頃からあの深淵のような目に見つめられたら、どれほどに隠そうとしても心の奥の奥まで見透かされているような気がする。どんな嘘もつくだけ無駄のように思えてくる。母親の怒った顔よりもずっと、彼は正直に話さざるを得ない気持ちにさせてくるのだ。
     「あのね」
     サンズはじっとフリスクを見ている。
     「これは、もしかしたら見間違いだったのかもしれないんだけれど」
     そうであってほしいと思いながら、フリスクはぽつりぽつりと話し始めた。

     「なるほどな。オイラとフリスクで時間の流れが異なっていたのか」
     「うん、でも、本当にただ見間違えただけかもだから…」
     「それならアンタの退勤時間や電車に乗った時刻が合わなくなるだろ」
     「う、だよね…」
     いつになく真面目な顔をしたサンズは、手を顎に当てているせいでトレードマークの笑った口が見えず、フリスクはそわそわと落ち着かない心地になる。
     サンズはしばらく何事か思案していたが、やがて携帯電話を取り出して言った。
     「オイラさ、アンタから『もうすぐ帰る』っていうメールが来るまでずっとパピルスにメール送ってウザがらみしてたんだけど」
     「うーん突っ込まないからね」
     「アンタがそのメール送って来たのって何時?」
     フリスクは手に持っていた携帯を押してスクロールし、自分とサンズのトーク欄を開いた。
     「えーと、最初の『今から帰る』が十九時くらいで、『もうすぐ帰る』とスタンプを送ったのが十九時半くらいだね」
     サンズは怪訝そうな視線を向け、「ちょっと見せて」と言ってフリスクの携帯画面を覗き込む。そして、重々しく言う。
     「『今から帰る』ってメールはもらってないな」
     「えっ」
     「あと『もうすぐ帰る』っていうメールが来たのは二十時だな」
     「えっえっ」
     サンズは「ふーむ」と唸る。そしてさらに続けて言う。
     「アンタはいつも朝、出かける時に退勤する時間を言って、必ず十九時半前には帰るか、遅れるかの連絡をしてくれるだろ? なのに、今夜は何の連絡もないからさ。オイラ、不思議に思ってこういうメール送ったんだよな」
     サンズが見せた画面には、あの絶妙な面白さがあるギャグメールが映っていた。送信時刻は十九時半過ぎになっている。
     「で、フリスクからの返信がこちら」
     冷静になって見てみれば、いささか面白みが欠けるメッセージとスタンプが画面に映る。時刻はサンズの言った通り二十時になっていた。
     「それから、しばらく待ってもなかなか帰ってこないから、二回ほど電話した」
     画面には二つの電話のマークが映っている。どちらもフリスクのトーク画面には映っていないものだ。
     「電話、もらってない」
     「どうやらそうみたいだな」
     フリスクのか細い声にサンズはそう返す。
     「え、てことは、つまり?」
     「十九時から二十二時過ぎまでの間、アンタは時間の流れがおかしい場所にいたことになる。
     まあ、逆もあるかもしれないけど、こっちはパピルスが保証人のうえに、家の時計もテレビの時間帯も合ってたしなぁ。…いや、なんか話が嚙み合っていないなと思えば、そういうことか」
     納得したようにうんうんとうなずきながら発するサンズの言葉は、右から左へと流れていく。フリスクは、今自分の身に起きた不可解な出来事について考えることに必死だった。
     パンクしそうな顔のフリスクをなだめ、とりあえず食卓に着かせたサンズは、冷蔵庫から軽食を取り出し温めて渡した。そして自分はフリスクの正面の椅子に座る。
     「まあともかくだ」
     湯気が立ち上る今朝の残りのオニオンスープに口をつけ、フリスクは目だけをサンズにやる。
     「今回はアンタが心配している、人間やモンスターの仕業だと判断するのは早計だと思うぜ」
     フリスクはほっと息を吐いたが、すぐに「それじゃあ、一体なぜこんなことが」という疑問が湧き始める。フリスクの表情で何を言わんとしているのかがすぐにわかるのか、サンズは慎重そうに言葉を選びながら話し始める。
     「アンタの身に起きたことは…、オイラも一度だけは体験したことがある。おそらく、それと同じケースだろうな。だとすると、人間やモンスターにする対応、例えば、警察に駆け込むとか、そういったことは無意味だろうな」
     「じゃ、じゃあどうすれば」 
     「そんな焦るなって。もうそんなことは起きないだろうからさ」
     そう言ってサンズは、フリスクの前に置かれているフライドポテトに手を伸ばした。フリスクはじっと玉ねぎの風味をかみしめながら、なぜサンズがそう断言できるのか、そして彼の言う「一度体験したこと」や、「なぜ、何が起きているのか」の答えを待った。
     サンズはもう一本フライドポテトに手を伸ばすと、ボトルからたっぷりのケチャップをつけて食んだ。
     「昔、何があったかは、ちょっと話すには長くなるんだよな。言いたくないわけじゃないさ。本当に、長いんだ。一夜では語れないくらい」
     サンズはごくんとポテトを飲み込む。
     「そうだな、フリスクは…、今まさに体験したばかりなんだし、なんでこんなことが起きているのかぐらいは、知った方が良いよな」
     そうしてサンズは、フリスクが子供の時から度々向ける、大人の保護者のような表情をした。フリスクは、その顔を見ると自分がひどく子供っぽいような気がして、どうすればいいのかわからなくなる。
     「あの、ごめんサンズ。話したくないなら無理には…」
     「へへ、違うさ。話したくないんじゃなくて、どう話せば良いのかわからないだけなんだよ」
    微笑んだサンズは、ほんの少し考え込んだ後に静かに話し出した。
    「まあ、先に結論から言うと…、アンタを変な時空へ引っ張り込んで、夜道を永遠に歩かせ、あまつさえ重力魔法の改悪版のような力をかけたヤツは、人間でもモンスターでもないんだよ、たぶん。
     ああ、だからと言って、アンタの頭に浮かんだヤツとも違う…」
     サンズとフリスクは、自分たち以外に時空の歪みなどを理解している人物を他にも知っている。ただそれは、暗黙の了解というわけで、あえて名前は口に出さない。
     「じゃあ、一体誰?」
     「そうだな…。アンタ、ゴーストって知ってる?アンタの友達じゃない方のゴーストなんだけど」
     「というと、アルフィーに貸してもらったホラー映画に出てくるみたいな、あの?」
     サンズはフリスクの言葉にうなずいた。
     フリスク自身、興味本位で怪談の載っている本を読んだことはあるので、どんな存在なのかという知識は大方ある。たしか、何か強い想いを持って死んだ後、天国にも地獄にも逝かずにこの世に留まっている人間たちのことをそう呼称するはずだ。大抵、物語の中のゴーストは怖い姿を露わにして、わあっとか言いながら人を追いかけたりしていた。
     しかし、そのゴーストと、フリスクが体験したことに、何の関係があるのだろう。フリスクはなおも首をひねる。
     「フィクションと違って、現実のゴーストってのはもっと人間には感知しにくいし、見えにくい。ただ波長が合ったりして…、たまーに人間でも見えたり感じたりするようになってしまうことがあるらしいんだ。オイラもその手の専門じゃないからあんまりよくわからないけど」
     サンズの口から説明されることは、まるでそれこそフィクション、おとぎ話のようで、フリスクはさらに混乱する。
     「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、サンズはその『ゴースト』のせいで、あんなおかしなことが起きたって思ってるの?」
     「そうだな。さっきも言ったみたいに、似たような経験をオイラはしたことがあるんだけど、その時も時間の流れがずれたり、奇妙なことが起きたりしていたし…。根拠はないけど、間違いではないだろうな」
     フリスクは少し驚いた。
     サンズは科学や天体観測といった目に見える形で存在しているものや、数字で形を表せるものを扱うことを本職としている。それなのに、サンズがゴーストという存在をまるで現実のものかのように話す様や、フリスクよりも詳しく知識を持っていることが、フリスクには意外に見えた。
     その旨をサンズに伝えると、彼は「あー、なるほど」と何かに気づいたかのように声を上げた。
     「そうだった、そうだった。そういえば、人間とモンスターではゴーストに対する認識って結構違うんだったな」
     そう言ったサンズは、「アンタが信じるか信じないかは任せるけど」と前置きをして、話始める。
     「大抵の人間はゴーストって言うと作り話だと思うだろうけど、モンスターにとってゴーストってのは現実に存在するものなんだ。気づきにくいし、関わり合いになる機会が少ないだけで、たしかに『いる』。何なら個人差はあれ、そういった存在が見えたり、聞こえたり、話せたりするモンスターだっている。人間でいうところの『霊感があるヤツ』みたいにな。ただそんな能力がないモンスターだって、ゴーストの気配を感じたりすることぐらいはできるのさ」
     「そ、そうなの?」
     「そうだな。アンタら人間にもわかりやすいように例えれば…、遠い国の珍獣と同じレベルの認識を、モンスターはゴーストに対して持っている」
     フリスクはあんぐりと口を開けた。
     嘘みたいだと、思う。けれど、嘘をつかれているとは思わなかった。サンズは悪戯好きで、冗談をよく飛ばすモンスターではあるが、こういう時には嘘をつかない。
     それに、よく考えればあながち信じられない話ではないようにも思う。そもそもモンスターたちだって、フリスクが子供の頃はフィクションの存在だったのだ。それを思い返してみれば、ゴーストが実在することもあり得るようにフリスクは思えた。
     「わかった。サンズの話、信じるよ」
     「お、それはありがたいねぇ。こう、すっとゴーストの存在を理解してくれれば、オイラも説明しやすいぜ」
     いつものジョークを受け流し、フリスクは話の続きを促した。
     「おっと脱線するとこだったな。で、あー、オイラの知り合いの何でも興味を示すヤツによると、ゴーストって言ってもいっぱい種類があるらしいんだ。イキリョウだのオンリョウだのセイレイだの…。とにかく良いやつも悪い奴もいるそうなんだ」
     それでアンタを困らせているのが、その悪いタイプのゴーストってわけ。
     そう言い終わるとサンズは、またポテトをつまみ、口にした。ゆっくり咀嚼し、飲み込んだあと、さらに話をつなげる。
     「『なぜ』アンタがそいつらと関わってしまったのかって言うと、これが理由ははっきりしないんだ。話によると、疲れている時とか、気分が落ち込んでいる時に『合い』やすいらしい。あとはたまたま、本当にただ運が悪かっただけ、の時とか」
     最後は言いにくそうに話すサンズを見ながら、フリスクは程よい熱さになったスープを一気に飲み込む。
     それじゃあ、あの尋常じゃないほどの肩の重さも、永遠に続くような夜道も、そのゴースト…人間でもモンスターでもないものの仕業ということか。
     オニオンスープを完食したフリスクは、ようやく自分の身に起きたことを受け止める。サンズの説明は、根拠も具体例もなかったのにもかかわらず、不思議と腑に落ちるものだった。
     今振り返ってみれば、たしかにあの重さは、恐怖感は、とてもこの世のものではなかったように感じる。それに、フリスクの知識にあるゴーストたちは皆、生きている人間に危害を加えたり、恐ろしい目に遭わせたりしていた。その点を考えれば、フリスクの身に起きたこととも類似しているように思う。
     今まで散々、説明がつかないような生体をしている存在や、不思議な出来事と関わってきたフリスクは、死んだ者が生者に影響を与えるという話も、あながち起こり得ないことでもないと考えた。
     生きた存在じゃない、自分の目では見えないものの、悪意を持った行為。
     それに悩まされていたのだということを、フリスクはようやく自身の経験と体験を以て納得した。
     「わかったか? わからないかな…」
     「ううん。ゴーストの詳しい事は知らないけどさ、自分に何が起こったのかだけはとりあえず理解できたよ。教えてくれてありがとうサンズ」
     フリスクはそう言うと、自分も皿の上に残っているポテトと、鶏のフライを食べ、サンズに問いかける。
     「ちなみに、そのゴーストってもうここにはいないの?」
     サンズは自分の前に置いてあったカップからお茶を一口飲むと、うなずいた。
     「そう…だな。夜道から抜け出すことで、ゴーストもついて来ることはできなくなったんだろう。そいつらはアンタを狙っていたようだから、他人があの道で被害に遭うこともないだろうな」
     フリスクはそれを聞いて胸を撫で下ろす。少なくとも、ほかの誰かや仲間たちが同じ被害に遭うことはないようだ。
     安心した様子のフリスクをコップ越しに見ながら、サンズはさらに続ける。
     「まあ何事もなく帰れてよかったな。オイラも探しに行こうとはしていたけど、そんな状態だったんならアンタを見つけられたかはわかんないからさ」
     もしかしたらあのまま、家に帰れなかったのかもしれない。言外に孕んだ意味に気づいたフリスクは、身震いを一つした。
     そうか、あの時危惧したことは、全くの的外れじゃなかったのか。もし一歩間違っていれば、夜道を永遠と歩き続ける羽目になっていた可能性も無いわけではないのか。
     「…サンズと、皆のおかげだよ」
     「うん?」
     フリスクの言葉に、サンズは耳を―形式的にだが―傾ける。
     「暗闇の中で、もう駄目だって思った時に、サンズからのメールの着信音で我に返ったんだ。だから、自分はまだ諦めちゃいけないって、絶対帰ろうって思いなおすことができた。君たちがいなかったら、自力で戻って来れなかったかもしれない。」
     フリスクは真っすぐにサンズの目を見て、そろそろと手を伸ばした。ポテトフライの油が付いた骨の手を気にせず握り、
    「ありがとう、この家まで導いてくれて」
    と包み込むように穏やかに言った。
     サンズは自分の手とフリスクの手、そしてフリスクの顔を順繰りに見ると、目線を落とした。
     「いや、なんて言うかアンタ、そういうことを何でもないように言えるのはすごいな」
     「え、ごめん。変な事言った?」
     「いいや」
     サンズは首を振ると、頭をかいた。フリスクは小首をかしげながらサンズの前に置かれた空のカップと食器を持つ。サンズに食事の用意をしてくれたお礼の言葉を言うと、お返しに食器を洗うためキッチンへ向かった。
     キッチンにある食洗器に食器を入れて洗剤を投入する。フリスクは食洗器のスイッチを入れると、うんと伸びをして、肩を回した。
     ゴーストに取りつかれていたのか、はたまた呪われてしまっていたのか。そのどちらかはわからないが、少なくとも今の自分は安全な状態だとフリスクは考える。何せ、肝心な事では嘘をつかない誠実な恋人が、平気だと言ってくれているのだから。
     それに、たった一人で歩いていた夜道と違い、ここは光にあふれていて、誰かのぬくもりが常に満ち満ちている。現実のゴーストはどうかはわからないが、そういった存在は明るい場所が苦手だと聞いたことがある。
     だからもう大丈夫だと、フリスクは思った。
     けれど、一週間くらいはサンズにショートカットで迎えに来てもらおうかな、とフリスクは思案する。
     真っ暗闇の中家を探して、重みに耐えながら歩くのは、いくら前向きな思考を持つフリスクといえども精神的に参ったからだった。
     怠け者の彼をどう説得して毎晩迎えに来てもらおうかと考えながら、フリスクが浴場へ行こうとした時、目の前にいつもの陽気な雰囲気に戻った恋人が現れた。
     「フリスク、風呂入るのか」
     「うん」
     「そうか、じゃあ終わったら呼んでくれ。今日は一緒に寝るから」
     「え、う、うん」
     突然の誘いに、フリスクは目を丸くする。
     「嫌か?」
     「嬉しいですけど?」
     自分の気持ちに忠実な返事をしたフリスクは、それでも戸惑いは隠せなかった。
     普段、自室は分けている二人だが、たまに片方の部屋に入り浸ったり、そのまま寝てしまったりすることはままあることだった。
     しかし、今回のようにわざわざサンズから伺いを立てることは今までなかった。それだけに、フリスクは少々面食らった。
     訝しげな目でサンズを見るが、依然としてサンズはにやにやとした笑い顔を崩さぬままだ。
     その顔を見て、きっと何かの気まぐれなのだろうと判断したフリスクは、快く承諾した。




     深夜。時計の針は二時を指している。
     フリスクの眠るベッドの縁に腰かけたサンズは、枕元に置いてある携帯電話を手に取った。
    画面に軽く触れてみる。そこには、フリスクをこの家まで導いた仲間たちの集合写真が写っていた。
     フリスクの、そしてサンズの大事な友人、家族。
     彼らの顔を一つ一つ眺めたサンズは、体を反転させると布団にくるまる恋人の方を向く。そして指をゆっくりと近づけ、頬に触れようとした。その時だった。
     フリスクの携帯電話が鳴る。サンズはベッドから降りると、フリスクから距離を置く。起こさないようにドアを慎重に開き、リビングへ歩く。携帯電話に表示されているのは、非通知の番号だった。
     ソファに座ったサンズは、重たくため息をつくと、電話に出た。
     電話からは、ノイズの音が聞こえてくる。ノイズの間に度々人のようなものの声も聞こえるが、それが何を話しているのか、そもそもそれは言葉なのかの判別もつかなかった。
     それはひどく耳障りで、サンズに「耳」が付いていたとしたら塞ぎたくなるような音だった。
     しかし、サンズは通話ボタンを押すと、その音の鳴る機器を自身に近づける。
     そして、独り言でもいうかのように、小さな声でぼそぼそと語りだした。
     「オイラたちの仲間であるモンスターのゴーストと、アンタらの違いっていうのは意外に少ない」
     「どちらも物理規則を無視して浮くことができるし、物を通り抜けることも、浮かすことも、自身を透明化することも可能だ」
     「それじゃあ何が違うのかって話だ。『人に危害を加えるか否か』?
     いや、それは外れだ。モンスターのゴーストでも、人を傷つけることはできてしまう。それじゃあ何かというと、これまた単純な話で『生きているか、死んでいるか』の違いだけなんだ」
     「モンスターのゴーストたちはれっきとした生物だ。だから寿命が来たら死ぬこともあるし、誰かと関わり合いたいと思えばそうすることができる」
     「でもゴーストはそれができない。何でかわかるかい? 死んでいるからさ」
     ノイズは止まない。サンズは構わず続ける。
     「普通、死んでしまったものは皆、もう生者に会うことはできない。どれほど相手に焦がれても、だ」
     「ただ一人、現世をさまよい、孤独に苛まれても、それを解消する術はないし、逃げることもできない。
     自らあの世に行く道を捨ててでも、何をしたかったのか、誰に会いたかったのかを忘れてでも『ここ』に残ることを決めたというのに。救われることはもうない。ずっと漂い苦しむことしかできない。
     なるほど、だから他人を危険に晒してでも、自分たちに気づいてもらおうとするわけか。そしてあまつさえ、自分と同じ存在になってもらおうとする」
     ノイズの音が、一段と大きくなる。
     「おっと、勘違いしないでくれよ? オレはアンタらに同情しているわけじゃない。たしかにアンタらの苦しむ理由を理解することはできる。ただし、だからといって共感するかというと、それはまた別の話だ」

     「とぼけなさんなよ。おまえたちはアイツを引っ張り込もうとしただろ」

     「アイツの決意が強かったこと、運良くオレのメールが届いたこと、オレや皆の存在をアイツが思い出せたこと。いろいろなことが上手く積み重なって、奇跡的にアイツは帰って来れた。でも、帰れない可能性の方が高かった。
     …恐ろしかったよ。それを考えると」
     サンズの手に力がこもる。表情は暗い部屋に紛れてよく見えない。ただ、目の奥に浮かぶ一等星のような白い瞳だけが、暗闇に爛々と光を放っている。
     「悪いが、アイツはやれない。アイツだけじゃない。アイツが大事にしているヒトたち全員、おまえたちにやることはできない。近づくことすら許さない」
     ノイズは、機器から途切れることなく発している。相も変わらず不明瞭な音だったが、先ほどと違い、明確に非難の色を含んでいるように聞き取れた。
     「全く、聞き分けが悪いな」
     サンズは冷たく言い放つ。だるそうに組んでいた足を組み替えると、少し目をつぶった。
     そして、再び目を開く。眼窩に閃光がほとばしる。それは夜にまどろむ部屋を、叩き起こすような鋭い瞬きを走らせた。
     「大人しく引き下がってくれないなら、ちょっと痛い目に遭ってもらうしかないな」
     
     ―プツン、
     泡が弾けるような音がして、電話は切れた。
     ノイズであふれかえりそうだった部屋は静寂を取り戻し、サンズの瞳に灯る火も沈んだ。
     おそらく、これでもうフリスクが危害を加えられることはないだろう、とサンズは思った。それはほぼ直感に近い判断だったが、間違いではないという確信はあった。
     ただアイツはまだ怖いだろうから、ショートカットで迎えに行くぐらいのことはしてやろう。代わりに食器洗いと洗濯物を畳むぐらいはやってもらおうか。
     そんなことを考えながら、サンズはソファから立ち上がる。
     恋人の眠る寝室へ向かうため、サンズはあくびをしながら携帯電話を片手に、もう片方の手でリビングのドアノブを回した。
     そして、いつもと変わらない部屋だけが残った。時計の針が正確に時を刻む音だけが、変わらず歌い続けていた。
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