萌芽「……ン。ッレムナン! それ、やめてっ」
突如自分の下から上がった制止の声にレムナンは慌てて声の主から自分の身を離した。今、己の下に組み敷いている人物と夜の行為に及ぶようになってからもう半年ほど経つが、最中にストップをかけられたのは今までにないことだった。はじめて指と舌とで丁寧に穴をほぐされて、レムナンのものを受け入れたときでさえ、何度も大丈夫かと確認する相手に「問題ないから早く進めて」と気丈に振舞っていたあのラキオが「やめて」と言ったのだ。特に心当たりはないが、自分は一体どれほどの失態をおかしてしまったのだろう、と内心冷や汗が止まらないレムナンだったが、慌てて様子を確認した彼に待ったをかけた人物の顔には怒りや不快感といったような感情は見つけられなかった。どちらかというと困惑に近い表情を貼り付けて、シーツに影を作るレムナンの顔を見つめている。
「すみません。どこか痛かったですか?」
「いや、痛くはないンだけどね……。前々から思っていたンだけど、この行為になにか意味はあるの?」
「え」
今更それを聞くのかと、今度はレムナンが困惑の色を浮かべる番だった。ラキオの属する汎という第三の性をもつ人達の大半は、性愛を伴う恋愛感情を有していないことが一般的であることはレムナンも当然知っている。だからこそ、パートナーシップ登録を行う際も、初めての性行為に及ぶ際も、レムナンは何度もラキオの意思を確認した。いくら、しつこいと相手に顔を歪ませられようとレムナンがそれをやめなかったのは、ひとえに彼の過去に起因する恐怖心によるものだ。相手を傷つけ甚振り、一方的に愛でることこそが愛なのだ、と、多感な少年期に植え付けられたトラウマは今は乗り越えたものとはいえ、完全に彼の中から消え去ったわけではない。
「あの、僕とするのが嫌に、なりましたか……。今夜はもうやめておきましょうか」
「ん? あぁ、違うよ。性交自体を拒否しているわけじゃない。情を交わすのに互いの性器を結合させる意味は流石に僕も理解している。そうじゃなくて、そこに至るまでの君の行動だよ」
「そこに至るまで……?」
突然恋人から与えられた謎解きにレムナンは首を傾げつつも、己の行動を振り返ってみた。
「……つまり、僕の前戯が、気に食わないということですか?」
「まぁ……うん。気に食わない、というよりは疑問に感じている」
「はい?」
察しの悪い相手に焦れたのか、ラキオは眉を吊り上げて続きを主張した。
「最初の頃は僕の緊張を解くという意味でも、挿入をスムーズに行うために他の部位への愛撫を行うことは必要だったんだろうと分かるよ。だけど、今はそうじゃないだろう? 僕の記憶では君と行為に及んだ回数はもう両指の数を超えている。未知の行為に対する僕の抵抗感はとっくに払拭されているし、身体の方だってもう随分と君のに馴染んだ。なのにどうして、今になっても君はやたらと……僕の身体をあちこち弄りまわすンだ」
ようやくラキオの疑問の最終着地点を確認できたレムナンは、あぁなんだそんなことかと、本気で悩んでいるのかもしれない相手には失礼かもしれないが、心の内で安堵の息を吐いた。どうやら嫌われたわけではないらしい。
「そんなの……ただ、僕がしたくてしているだけですよ。今すぐは難しいかもしれないけど……ラキオさんにも少しでも気持ちいいと思ってもらいたいじゃないですか」
レムナンの言葉を聞いたラキオは、予想もしていなかったとばかりに普段公の場では決して見せないような、きょとんとした無防備な顔を彼の前に晒した。化粧ののっていないつるりとした素顔はそうした表情を浮かべると、今彼らが興じている行為と反してより幼い印象を受ける。
「……君がしたくてしているなら、まぁいいか。中断して悪かったね。再開してくれて構わないよ」
「えぇ……? 本当に止めた理由はそれだけですか? なにか、されて嫌なことがあったんじゃあ……」
「まったく、君は本当に杞憂が得意だね。べつになにも嫌じゃないよ。……ただ、今までと少し、与えられた刺激に対する感じ方が違うような気がしたってだけ」
「それって……」
道のりは長いと思われていた自分の希望が叶う未来は意外と近いのかもしれない。そんな期待に胸を膨らませながら、レムナンはふたたびラキオの胸元へと顔を沈ませた。