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    まいるまの二次創作小説を書いてます。
    雑食ですが、よく書くのはシチカル、イルアズ、兄叔父です。

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    8/5シチカルオンリーで全文公開したいです。
    前半のみ
    シチカルが大人になってから出会う、if設定です。

    #シチカル
    sitzcal

    アンフィスバエナの罠(前編)「もしも、また世界を見ることが叶うなら、できるだけたくさん美しいものを見たい。今度こそ忘れないように」
     その言葉を聞いて、僕は思わず自分の頬を撫でた。
     肉がえぐれ、凶暴な牙が剥き出しになった、美しさと対極にある頬を。


     彼が訪ねてきたのは数か月前、突然のことだった。
    「僕には何もできません。ごめんなさい」
     そう言って僕は深く頭を下げてから、この行動が彼には分からないのだと気づいて、もう一度「ごめんなさい」と言葉にして伝えた。行動だけではなく言葉で。 
     深い森の奥に一人で暮らす僕。ここまで来てくれた訪問者をこんなふうに追い返すのはとても冷たいと思う。実際、彼の黒い瞳は一瞬波打ったように揺らめいて見えた。
    「早くお帰りになった方がいい、じきに日も暮れます。お気の毒ですが、僕にはその病は治せない。いえ、治せなかった。お力になれずすみません」
     話し込みたくない、早く諦めてもらいたい。そう思って内側から扉を閉めようとすると「私の体を使ってもらって構いません」と彼は静かに言った。
    「バラム先生。この病の原因が寄生生物によるものだと突き止めたのは貴方だと聞きました。治療法を研究していらっしゃったことも、そして、その研究が途絶していることも。どうか、私の体を実験に使ってください、お好きなように」
     彼はそう言いながら一歩前に踏み出そうとして、玄関の段差につまづいて前のめりに倒れそうになった。やっぱり、少しも見えていないんだ。咄嗟に両手を出して彼の肘のあたりを支える。
     彼は僕の腕にすがり付くようにしながら「あなたより他に、頼れる方はいないのです」とささやくように言った。「ご覧の通り、私は光を失い、もう一人で歩くことさえままなりません。実際ここまでも、このケルベリオンの背に乗りようやくたどり着くことができたくらいです」
     魔生物以外の誰かの体温を身近に感じたのがずいぶん久しぶりで、彼を支えている腕に不思議な緊張感があって、胸のあたりが妙にざわついた。
     彼が乗ってきたと言うケルベリオンは、僕が扉を開けた時には屋根に届きそうなほどの大きさで堂々と鎮座していたけれど、今は僕らより少し小さいくらいの姿になってその主人に静かにに寄り添っている。
    「助けられません、失敗しているんですよ僕は、過去に」
     期待を持たせてはいけない、この拒絶が彼を傷つけたとしても、断らなければならない。下手な期待を持たせて失望させる方が残酷だと僕は経験している。
    「ナベリウスさん、あなたの目はたしかに見えていないのでしょう。でも、あなたはこうしてこの場所まで来られた。それくらいのことができればこれからだって、不自由はしても生きていけます」
     腕の中の彼はため息をつくように「死んだように生きるなどという恥をさらすために、ナベリウスに生まれたわけではないのです」と言うと、すぐ後ろに控えているケルベリオンに「さがれ、私が呼ぶまで二度と出てくるな」と命じた。
     ケルベリオンは獰猛な自らの牙を呑み込むようにグッと口を閉じると、そのまま煙に巻かれるように消えてしまった。
    「もうこれで、私が来た道を帰る術はなくなりました。部屋に入れていただけませんか?」
     黒髪の男は、腕の中で僕に向かって顔をあげると少し得意そうに口の端を上げた。絹糸のような光沢のあるまつ毛の下からのぞく瞳は、僕を見ているようできっと見えてはいないのだろう。本来なら白くあるべき部分まで、すべて闇に呑まれたように黒く染められたその瞳は、引き込まれそうな深淵を思わせた。


    **********
     その病は、長い間原因不明だと思われていた。
     治癒魔法の類がいっさい効かず、むしろ魔法を施すことによって症状が悪化することすらあり、不治の病だと。
     症状はとても分かりやすい。ある日、瞳の中にペンの先ほどの黒点が生じる。日に日にそれがインクの染みが広がるように眼球に広がり、最後には眼球全体が黒曜石のように変わり、視力も失われてしまう。
     僕がその病の原因を突き止めたのは偶然だった。決して誰かを助けたいとかそんな高尚な理由ではなく、それまで通りの探求心と好奇心によるものだ。
     研究機関の一職員として、森の中に珍しい魔生物の狩りに出かけたあの日、僕は一匹のアンフィスバエナを捕獲した。アンフィスバエナは美しい双頭の蛇で、葉の生い茂った木々が幾重にも行く手を阻むような森の奥に生息しているが、特段に貴重と言えるほどの魔生物じゃない。僕が捕まえた子は、僕の腕くらいの長さがあって、片方の頭には美しい銀色の目を持ち、もう一方の頭には黒真珠のような目を持っていた。
     病気のことなんてまるで思いもしなかった僕は、こんなふうにバラバラの目を持つ個体は新種か突然変異かもしれないと喜んでその子を研究室に連れ帰った。ところがその晩、アンフィスバエナは死んでしまった。 
     正しくは、黒い目をした方の頭だけが、するりとその艶のある長い胴体から朽ちるように落ちたのだ。ただの蛇になったアンフィスバエナ。けれど実はこの現象はそれほど珍しいことじゃない。この双頭の蛇は片方の頭を破壊されても、そちら側の頭を落とすことで生き延びることで知られている。とかげが尻尾を落とすように、役に立たなくなった頭を落とすことで本体の生命を守るのがこの生き物の特徴だった。
     僕は、うねうねと動いているほうの頭をじっと見つめた、銀色だ。ケージの床に枯れ木のように落ちている頭は、黒い目を持っている。なぜ?こちらの頭だけ死んだのか。
     心に引っ掛かりを感じて、朽ちた方の頭を拾い上げようとすると、双頭の生き残りは抗議するように僕に向かって牙をむき出しにして威嚇してきた。さっきまで自分と同じ体を共有していたのだ、かわいそうな生き残り。
    「別に君の兄弟を盗むつもりじゃないよ、調べたいだけ」
     そういっても、生き残りは威嚇をやめなかった。
    「まあいいや、別れを惜しみなよ」
     そう言って、いったん研究室を後にした僕が翌日その場所に戻ると、生き残りは落ちた頭を守るようにケージの底に丸くなっている。のぞき込んだ僕は、思わずまじまじとその姿を観察することになった。昨日真っ黒だったはずの眼球が、半分くらい銀色に戻っているのだ。
     なぜ、どうしてこんな現象が起きている、何が起こっている。
     気になりだすと止めようもない探求心の爆発で、僕は手当たり次第に文献をあたり、眼球全体が黒くなり視力を失ってしまう奇病に行き当たった。原因不明。治癒魔法は効かないどころか症状を進行させることもある……
     死んだ後に元の姿に戻ろうとする眼球。あのあと、半分黒かったアンフィスバエナの目は2、3日もすると完全な銀色に戻った。
     体を回復させようとすると病が進行する理由は何。本体が死んだ後に眼球だけ回復するのはどうして。
     夜を日に継いで文献をあさり、何日も考えに考えて、僕は一つの仮説に辿り着いた。
     これは病気なんかじゃない。寄生生物による視神経の侵略だ。
     治癒魔法は、生物の体力を回復させる役割を果たす。それによって、寄生生物の活動も活発化されてしまい病が進行したように見えるのだ。そして、本体が死ぬと寄生生物も徐々に生命力を失う。だからまるで死んだ後のアンフィスバエナの目が治癒したように見えたのだ。
     僕は感動で胸が震えた。この大発見を誰かに知らせたい。僕の好奇心と探求心が導き出したこの答えを、みんなに知ってもらいたい。
     大声で叫びたい気分で、研究室の廊下に飛び出していった日のことは、もう遠い昔の話だ。僕はこの時、何もわかっていなかった。この自分勝手な歓喜の嵐が、鋭い刃となって誰かを傷つけることを。


    **********
     ケルべリオンを引き下がらせることで自らの退路を断ってまでこの場所に留まろうとしたような悪魔。やっかいな男かと思ったら意外にも態度は紳士的で穏やかだった。
     生まれてこれまでに日に当たったことがあるのかどうか怪しいくらいに肌が白くて、髪は反対に黒くて艶やか。瞳の黒は、そこに映る光をすべて吸い込んでしまうくらいの漆黒だった。妖しくて綺麗な悪魔。
    ナベリウス・カルエゴさん。悪魔学校で教師をしているというので意外に感じた。目が見えていないとは思えないくらいに優雅な身のこなしで、声も落ち着いている。秋の晴れた日に森の奥を吹き抜ける風みたいなしっとりした心地の良い声。教師というよりも芸術家とか作家といったほうが似合うような印象だ。それでも、魔界の優秀な生徒が集まる悪魔学校の教師なのだからきっと強い悪魔なのだろう。
    「僕といるとあなたが不快な思いをするでしょうから、ここに住むことはお勧めできません」
     僕は何とか思いとどまってもらおうと説得を試みた。
    「なぜ、私が不快な思いをするのでしょう」
    「僕の家系能力は……虚偽鈴です」
     僕は、普段なら自分から名乗ることのほとんどない形で自己紹介をした。この能力は、多くの悪魔にとって忌むべきものだから。
    「ああ、虚偽鈴。嘘や不正を見抜くという……」
     誰だって、嘘を見破られて嬉しいわけがない。彼だってきっと、ほかの多くの悪魔がそうしてきたように、気まずそうにおろおろしだすだろう。それまでの自分の言動を振り返って、僕に見破られたくないような嘘を言っていなかったか記憶をたどって落ち着かない様子をみせるに違いない。そうして僕から離れていくんだ、みんなと同じように。
    「虚偽鈴をご存じでしたら話は早い。だからナベリウスさん、ここに住むなんて申し出は……」
     僕の言葉が終わるより早く、彼はきっぱり言った。
    「それは好都合ですね、私の言った言葉がすべて心からの真実であるとバラム先生にあらためて説明する必要がないのだから」
    「え? いや」
    「あなたご自身が私の真実の証明です、バラム先生」
     ナベリウスさんは黒い瞳を僕に向けて「死んだように生きたくはないというのは違いなく本心です。先生がこの病の治療をしてくださると言うまで、この場を離れません」と言って、彼は牙が見えるくらいに笑って見せた。 


     こうして彼との共同生活は始まってしまった。
    「本当に、治せるとはお約束できないんですよ」
     ぼくは何回もそう言って念押しした。期待を持たせないように何度も。
    「構いません、私にはもうあなたよりほかに頼れる相手はいませんから」
     彼は穏やかな様子でそう答える。
     結局僕は、強引な彼に流されるように、ふたたびこの眼病の治療に取り掛かることになった。
     手始めに、森の中に入り何匹かのアンフィスバエナを捕獲してきた。以前、この実験を行っていた時にすっかり手順は身につけているので慣れたものだ。この双頭の蛇の頭の片方に、わざとこの病の原因を寄生させる。肉眼では見えないほどの小さな生き物で、そいつが視神経に根を絡ませるようにして宿主から栄養を奪いながら、眼球の中に広がっていく。そうしてわざと眼病にかかった個体を作り出して、あとはひたすら薬草や魔術を組み合わせて、寄生生物を弱体化させて死に至らしめる薬を見つけだす。途方もない作業のようだけれど、治療薬への手掛かりはいくつもあった。生物を弱体化させる薬草や魔法は、この危険な魔界の中ではすでに数多く発見されていた。ただ、宿主自身を弱らせないぐらいの分量であるとか、組み合わせが難しかった。
     何匹ものアンフィスバエナをケージに入れて同時に実験を進めた。朝になって、ケージの底に横たわったアンフィスバエナの頭を見つける時は少し辛かった。それが失敗の証拠だから。生きているほうの頭はみんな、朽ちたほうを僕が片付けようとすると激しく威嚇してきた。もう生きてはいないのに、体の一部を失いたくはないのだろうか。僕は威嚇する子をなだめながら、まだ生きているその子を森に返す、そんな作業がずっと続いた。

     ナベリウスさんは、自分をカルエゴと呼んで構わないと言った。悪魔学校でも皆、カルエゴと呼ぶからと。誰かを呼び捨てにするのに慣れていない僕は、彼をカルエゴさんと呼んだ。
     カルエゴさんとの生活は思いのほか順調だった。彼と出会ったその時はずいぶん強引に思ったりもしたけれど、実はとても思慮深い悪魔だった。
     まず初めに、家の間取りを教えてほしいと言われた。最初に位置を覚えて、自分で移動できるようにしたいと。壁や本棚をゆっくりと形を確かめるように撫でる手と指が、とてもしなやかだった。
     食事は僕とは別々にしたいと言う。目が見えないのだから何か手伝う必要があるのではないかと聞くと、綺麗な姿ではないからこそ別に食べたいと言われた。
    「僕も、食べ方は綺麗じゃないので、気にしないでいいです」
     というと、カルエゴさんは「そうですか」と優しい声で言う。
     一緒に食べてみると、正直言って彼の目が見えないのは僕にとって幸運だった。僕の方がよっぽど食べ方が綺麗じゃなかったから。
     彼は、魔術でナイフ・フォーク・スプーンを駆使して食べ物を上手に口元に運んだ。最初に彼の手を持って、これがスープ皿で、こっちのお皿の真ん中に焼いたお肉があってと言うと、彼はカトラリーを上手に扱って食べ物を口に運んだ。
     誰も手を触れていないスプーンが宙に浮かんでその先がスープ皿に浸かって、テーブルと水平になる角度を保ったまま彼の口元にスープを運ぶ姿は、スプーン自体が彼の召使いになって主に仕えているみたいだった。実際には彼がそれを操っているのだから、ずいぶん器用なものだと思う。
     カルエゴさんは厳粛な儀式に向かう者のように姿勢を正して、テーブルの上に自分の両手を重ねて、引き締まった唇を少しだけ割るとスプーンの先を迎え入れた。タイミング良くスプーンが傾く様子は優雅そのものだ。 「食べ方をたくさん練習したんですか」と聞くと「最初は自分の手で食器類を持っていたんですが、距離や角度を誤ってこぼす事も多くて。少し、はしたないですが、手を使わないほうがこぼす事も少ないのでこうしています」と彼は言った。
     手を使わないでスプーンを持つと、はしたないんだ。
     僕は、ちゃんとフォークもスプーンも使えるのにポロポロと食べ物がこぼれてしまう自分の口元を手の甲でゴシゴシこすりながら、品の良い彼の姿をながめていた。
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