take a cueその瞬間、九井一は絶望した。
「なっ…なん…ッ?!」
目の前で棒立ちするイヌピーこと乾青宗はうさぎの着ぐるみで「ご所望のバニーガールだ」と吐いた。その顔は着ぐるみの目同様死んでおり、今にも殴りかかりそうな暴力性すらある。むだに大きなぬいぐるみの手にはほぼ布切れといっていい下着が無造作に握られており、乾はそれを床に叩きつけた。
「残念だったな。流行にのると思ったんだろ。」
紐パンは床に叩きつけられると本当に紐にしか見えないのだなと絶望の中で九井は思う。その紐が本来なら乾の臀に食い込む予定だったのだ。
「うさぎ年だからってバニーガールで御奉仕みたいなアホなこと考えてるのはわかっていた。…ココはムッツリ通り越してとんでもねぇスケベ野郎だからな。」
九井はその食い込みを恥じらう様を愛でるつもりだったのだが、どうやらそのご褒美タイムは永遠にこないらしい。
「…お、男なんてそんなものだろ?」
「ヤラれる側はたまったもんじゃねぇんだ。わかるか?」
キレ気味に迫りくる死んだ目の着ぐるみはヤバめな殺人鬼のようで、じりじりと後退しながら九井は白旗宣言をする。両手を上げ「イヌピー待ってホント、ちょっとした冗談」とキレの悪い反省の弁を繰り返す。だが、暗殺者よろしく迫ってくる乾は九井を壁際まで追い詰め、恐怖に震える様をただ見下ろすのだ。
「うさぎは意外と凶暴なんだぞ。」
「へ、へぇ…そう…なんだ?」
声を上ずらせ、九井は頷く。可愛い見た目に反して殴る蹴る、気に食わなければスタンピングという地団駄踏むといったどうでもいいうさぎの習性を九井は思い出していた。人間は追い詰められるとどうでもいいことを考え現実から逃避しようとする。九井の思考は今まさに現実逃避真っ只中にいた。
「大体、俺が素直にこんなもの着ると思うか?」
ゴミを見る目で床に転がった紐パンを見た乾は、視界にあるのも気に食わないとばかりに足で蹴っ飛ばす。尻の穴にちょうど刺さる尻尾の部分の白く丸いふさふさが、蹴飛ばされた衝撃で揺れるのが虚しい。本来ならばそのふさふさは、乾の臀部からちょこんと顔を出し上下左右にと揺れる予定だったのだ。九井はただただ脆く崩れていく現実に「あぅ…」と悲しみの鳴き声を出した。
覆い被さるくらいに近づいてくる乾にほとんど涙目になっていた九井は顔を上げる。キレた顔の乾がそれでも美人だとか、可愛いだとか思ってしまうのは仕方がない。九井の乾イコール可愛いは世界の真理同様なのである。
「どうせやることは変わらねぇだろ。」
ガラ悪くガンつける乾は言った。それを聞いた九井は思考停止した頭で「うん?」と頷く。裏社会で金作りの天才と言われた男にあるまじき思考停止っぷりだ。
「まどろっこしいことしてないでさっさと抱け。バカココ!」
勇ましく吼えた乾は着ていた着ぐるみを勢いよく脱ぎ捨て、全裸で九井の上に馬乗りになる。目の前には乾のムスコがぷらぷらと揺れている。はて、とさらに顔を仰け反らずと九井の目にガンギマリな乾がいた。
「え、え?イヌピー?」
乾の真っ白い肌がシーリングライトのせいでより白く見える。薄く見える身体についた筋肉のひとつひとつがその動きに合わせ躍動する。やや乱暴に九井の顎を持ち上げた彼の指先の熱は熱く、見え隠れする薄紅色の蕾が胸先で硬くなっていた。嗚呼これはもしかして、と九井は思う。
「…イヌピーさ、紐パン一回履いた?」
「ッ…」
細く鋭い乾の目が、ぎゅっとさらに細まる。目尻の赤色が濃くなったのを見て「やっぱりな」と九井は口角を上げた。
「着てみたけど、なんか恥ずかしくなってやめた…って感じ?」
「着て、ねぇ。」
「ふぅん?」
見るからに硬くつぼんだ乾の乳首をぎゅむっと摘み、これでも?と九井は下から見上げる。
「俺はアホみたいなことしか考えられねぇからさ?イヌピーの乳首がなぁんでこんなんなってんのかわかんねぇんだ。だからさーーー教えてくれねぇ?」
絶望の淵から一転、勝利を確信した九井であった。