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    文字の練習のため献立表を作る賢者とリケ

    #ネロ晶♂
    #リケ
    rickettsia

    献立表を作ろう!週末。太陽が中天を過ぎ、陽光が黄みを帯び始めた頃。夕食の仕込みを始めたネロのもとに来客が訪れた。

    「ネロ! ネロ! あなたにお願いがあります」
    「一週間分の食事のメニューを俺たちに教えてください」

    軽やかな足音を立ててキッチンにやって来たのは晶とリケだった。二人ともきらんきらんに目を輝かせ、鼻息を荒くしている。片手には羊皮紙を持ち、片手にはインクに濡れた羽根ペンを持っている晶とリケにネロはつと眉根を寄せた。
    ネロの表情の変化にいち早く気付いた晶が「あ」と声をあげる。

    「あの、大丈夫ですよ。このインクは魔法でできていて、芯の部分に付着しているんです。ほら!」

    床に落ちたりしないでしょう! 羽根ペンをぶんぶん振り回しながら晶が得意げな顏をする。その幼子みたいなあどけない仕草にネロはほだされて、「そんならいいよ」とまなじりをゆるめた。

    「で? 食事のメニューがなんだって?」
    「先ほど、ルチルから宿題を出されました。僕たちが早く文字を覚えられるように、と」
    「宿題とメニューがどう関係してんだ?」

    ずっと教団で生活をしていたリケは文字の読み書きができない。南の国で教師をやっていたルチルが、弟のミチルやリケの勉強を見ているのは知っている。
    青空教室に参加して頑張っている子供たちに度々差し入れを作って渡しているのは、他ならぬネロなのだから。

    「魔法舎の一週間分の献立表を作ってみて、とルチルが言ったんです。リケはネロの作るご飯が大好きだから、そうしたら早く文字の読み書きができるようになるんじゃないかって。あ、もちろん俺もネロのご飯大好きですよ!」

    晶がにこにこと笑いながら事の次第を説明してくれる。真正面から褒められるのは面映ゆく、ネロは沸騰している鍋の中身をぐるぐるかき混ぜながら「あー……」と呻いた。耳がほんのり熱くなる。

    「事情はわかったけど、賢者さんが一緒にいる理由は?」
    「俺も一緒にやらないかとルチルに誘われたんです」
    「賢者様はこちらの世界の文字をご存知ないそうです。だから僕と同じ宿題を出されました」
    「献立っつっても当日の気分で作るもんが変わったりするし……そもそも普段は食材の傷み具合見て考えてるし」

    今日はこの料理が食べられると思って期待して。蓋を開けてみたら出てきたのは違う料理だった。そんなことになれば二人はがっかりするんじゃないだろうか。
    書き取りの練習なら対象が料理じゃなくてもいいはずだ。二人の好きなものならなんでも。
    ネロが遠回しに断ろうとすると、晶がしゅんと捨てられた仔犬のような顔をした。

    「すみません、ネロのことも考えず勝手に押しかけて……。料理の邪魔をしてしまって、迷惑でしたよね、俺たち」
    「え、いや、別に、それはどうでもいいんだけど」

    急激に襲い来る途方もない罪悪感にネロは怯んだ。もしこの場で自分が二人の申し出を断ったらどうなるか想像を巡らせる。まず話は確実にルチルに伝わるだろう。そうなったら彼が直接ネロに詫びに来るかもしれない。
    最悪なのはルチルとミチルの先生らしいフィガロと、真面目で健気な若者には激甘なファウストの耳にこの件が入ることだ。
    リケと晶のかわいいお願いをむげにするなんて、年長者の魔法使いとしてどうなのかとねちねち嫌味を言われそうである。

    「……待て、待て、止まれ」

    行きましょう、リケ。リケの背中を押してキッチンを去ろうとした晶と、促されて歩き出したリケをネロは慌てて呼び止める。

    「わかった。今から一週間分の献立考えるから。ちょっと時間くれ」

    脳味噌を必死に働かせてネロはありとあらゆる組み合わせを考える。一週間分の献立ができあがったときには、全力疾走したあとのような疲労感があった。

    「ありがとうございます、ネロ! 献立表ができたら持ってきますね!」
    「楽しみにしていてください。僕たちが作った献立表をキッチンに飾ってくれてもいいですよ」

    頑張りましょうね、リケ。はい、頑張ります。若者がキャイキャイはしゃぎながらキッチンを出て行く。二人の背中を見送ってネロは夕食の仕込みを再開する。

    「ふん、ふん、ふふふん♪」

    ネロが料理名を発表する度に「おおー!」と歓声をあげる晶とリケは大変に可愛らしく。ネロはつい上機嫌で鼻歌を口ずさんでしまうのだった。
    その夜。リケよりも先に宿題を終わらせたらしい晶がネロの部屋にやって来て、献立表を渡してくれた。

    「ものすごく見にくいと思うんですけど。いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとうございます。明日のご飯も楽しみにしてますね。献立表と違うのが出てきても、俺たち全然気にしませんから」

    そう言って照れ臭そうに笑いながら晶が差し出してきた羊皮紙をネロは、「どーも」と言葉少なに受け取った。

    「それじゃあ……おやすみなさい」
    「おやすみ、賢者さん」

    さて。そんなふうに独りごちながらネロは文机の正面にある椅子に腰かける。羽根ペンを使い慣れていないのか晶の書いた文字はところどころゆがんでいて、表記もいくつか間違っていた。
    隅っこにはフォークやスプーン、おにぎり、卵、骨付きチキンのミニイラストがちょこちょこ描かれている。線を指でなぞってネロはふっと苦笑した。

    「満点花丸……なんてな」

    リケが献立表を持ってきたらキッチンの壁に飾ってやろう。献立表は彼らがネロに示してくれる親愛の証だ。だから雑には扱えない。

    「共同生活も悪くない、か」

    ぴんと羊皮紙を指で弾いてネロは明朝から市場に行くことを決める。一番新鮮で美味い食材を使って、最高の料理を作ってやろう。晶とリケの頬が落ちそうになるような、そんな料理を。
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