目が覚めると、すぐ近くに恋人の寝顔があった。寝付きの悪い桐島と違って睡眠の質がいいらしい須永は休日も大抵早く起きているのに、今日は珍しく寝坊しているらしい。
(……昨夜の最後の方はあまり記憶がないけれど、多分また後始末をさせてしまった)
須永はいつも役得だとか気にするななどと言っているが、もう少し体力をつけるべきだろうか。休日前は手加減するなと言ってねだっているのはむしろ桐島のほうだ。
桐島は健やかに眠る恋人の腕の太さや体の厚みを確かめ、自分と見比べ、ため息をついた。どうがんばっても追いつける気がしない。
しばらくぼんやりと寝顔を眺めて、桐島はそっとベッドを抜け出した。体力がなくても恋人のためにできることはあるし、適材適所と言うやつだ。
サラダと目玉焼きとトーストというシンプルな朝食をテーブルに並べていると、いかにもやってしまった、という顔の須永がとぼとぼリビングにやってきたので、桐島は思わず笑ってしまった。
「おはようございます、ちょうどできたところです。コーヒーはいりますか」
「おはよう……ごめん完全に寝坊した……コーヒーいただきます」
桐島がいつものマグカップにコーヒーを二人分淹れると、須永がやってきてリビングに運んだ。いつもどおりの朝の光景だ。
「休みの日なんだから寝坊も何もないでしょ」
「いや、桐島の寝顔見逃したな〜と思ってさ」
「……見てるだろ、夜に」
「朝は朝の良さがあるの!」
その「良さ」はよくわからないが、自分も寝ている恋人の寝顔どころか身体までじっくり眺めたばかりなので、否定しづらい。桐島はふーん、とだけ言ってサラダの上のトマトを口に運んだ。
「今日どうする? 冷蔵庫ほぼなにもないし、買い物は行こうと思ってるんだけど」
「……夕方でいいですか」
「えっいいけど」
やっぱり無理させすぎた? とこちらを心配そうに見つめてくる須永を見つめかえす。はっきりとは覚えていないが、そんなに無茶なことはされていない、と思う。桐島は大丈夫です、と返した。
「僕、そんなに弱そうですか? 体力は確かにないですけど」
「桐島が強いのは分かってるけど、暴力になってないかはまた別の話だからね」
「嫌だったら嫌って言うほうなので」
そこまで言ってから少し不安になって、須永さんは嫌じゃないですか、と聞き返す。思ったよりずっと弱々しく小さな声になってしまって、桐島は自分に驚いた。須永もトーストをくわえながら少し驚いているようだった。
「そうだな、俺はそういうの桐島よりはっきり言えないタイプかもしれない」
「……」
でも、と須永は続けた。
「嘘はつかない。嫌じゃないから、信じてほしい」
「……わかりました」
桐島は安堵のため息をもらした。自分が思っていたより不安だったことに気づいた。寝顔より起きている顔を見るほうが好きだな、と桐島は思った。須永の真っ直ぐな眼を見て、声を聞くと安心する。彼の前ではなにもかもさらけ出していいような気持ちになって、つい、甘えてしまう。
「すみません。僕、わがままですね」
「俺はわがままとか割と言われたいタイプだから、ちょうどいいな!」
桐島のはわがままに入るかわかんないけど、と須永は首を傾げた。わがままを言っている自覚があったので、桐島も首を傾げると、須永はなにかを思いついた顔でにやりと笑った。
「俺もやりたいことってわがままじゃなくて提案じゃない?」
「……なるほど? じゃあ、わがままを言います」
「おっ、なんだなんだ」
「買い物、夕方でいいですか」
「そういえばそんな話だったわ」
なんかやりたいことあるとか? と須永が楽しそうに食いついてくるので、桐島は大したことじゃないんですけど、と小声で前置きをした。こんな風に改めて言うようなことではない。つい視線が手元の食べかけの目玉焼きに行く。
「早起きをしたので、もうちょっと家でくっついていたいです……」
「……」
「だめ、ですか」
リアクションがないので、恥ずかしくなってうつむいていた顔を向けると須永はなんだか悶えているようだった。
「まじで無意識に言ってる? それ」
「?」
「桐島、たまに天然出るよな……」
でも、それもわがままじゃなくて提案かな、と須永は笑った。それがあまりに嬉しそうだったので、桐島は顔を赤くして物好きな人だな、と悪態をつき、少し冷めたコーヒーを啜った。