【あずちょも】甘いケーキと共に「もっと、ゆっくりと。ちからがはいりすぎだぞ。山鳥毛。」
「うむ……。難しい…ものだな。」
本丸の台所である。
小豆長光は、木べらでシフォンケーキの生地を混ぜ合わせる山鳥毛の少し後ろに立って、ニコニコとその姿を見守っている。
逆に山鳥毛はといえば、眉根を寄せ、木べらをぎゅっと握りしめ、必死で生地になるものをかき混ぜていた。
「だから、そんなにちからをいれたらメレンゲがつぶれてしまう。きのへらは、かたなとはちがうのだぞ。」
「う…上手くできないのだよ。」
焦りが見え始めた山鳥毛に小豆が手を重ねる。
「ほら、もっとてくびをやわらかく。」
山鳥毛を抱え込むように後ろから、ボウルを支える。
「こう、こんなかんじだよ。」
小豆は、山鳥毛の耳元で囁くように指示を出しながら、その手を握りシフォン生地を混ぜ合わせていく。
「そうそう、じょうずにできてきた。山鳥毛、じょうずだよ。」
「小豆……。あまり耳元で喋らないでくれ……。」
みれば、山鳥毛は首筋まで赤く染まっている。
小豆はそのまま、ニコリと微笑んだ。
「なぜだい?わたしのこえはきらいかい?」
「いや……そうではなくて……。むしろ逆……ああ、私は何を言っているんだ!!」
ボウルを抱えたまま、山鳥毛はバッと小豆の方に向き直る。
その顔は驚くほど赤く、一瞬目を合わせただけで、すぐにその眼は宙を泳ぎ始めてしまった。
その様子に小豆がくすりと笑う。
「さて、ケーキをかたにながしこんで、やいてしまおう。」
「あ……ああ。」
しばらくすると、オーブンからはよい香りが漂い始める。
小豆は手早く生クリームをホイップし、焼きあがったケーキを美しく切り分けると、そこに生クリームを添えた。
「しかし、またなんできゅうにケーキをつくりたいなんていいだしたんだい?」
小豆が小さく首をかしげると、山鳥毛は、フォークでシフォンケーキをやわらかくすくい上げて「ほら、口をひらけ。」と小豆の口の前に差し出した。
「いつも、馳走になっているのでな。こんな形でも礼がしたいと思ったのだよ。私にもまだこんな気持ちが残っていたと思うと、少々気恥ずかしいがな。」
今度は小豆が真っ赤になる番だった。口を開くと、シフォンケーキが放り込まれる。
「上手く……できているか?」
不安そうにでも楽しそうに、山鳥毛が小豆を覗き込む。
ごくり。
「あまい……な。」
小豆はシフォンケーキと共にさまざまなものを飲み込んだ。