「お前…何で小学生用の辞書なんて見てんの?」
その人が後ろから覗き込んできたので、ヒヤリとしながらページを閉じる。
「なんか分かんねーとこあった?」
俺が大学生になった今も時々この人は勉強を見てくれるが、さすがに手元のこれでは役に立たない。まさかあなたの弟に俺が勉強を教えているとも言いづらい。
「孝介が読めって」
「…あー」
その一言ですべて理解したかのように俺の背中に手をついて、そのまま隣に座り込んでくる。鼻に抜ける声で小さく笑って、その吐息が頬を掠める程近く。
「俺が辞書好きだったからさ。よく孝介に読んでやったの」
蛍光ペンだらけのその本には物語も何もないから、彼の弟の枕元で読み上げてやる自分も毎度一緒に寝落ちしてしまうのだが、その人の声なら訳の分からない医学書だって優しい物語として記憶に残りそうだ。
「今度、俺にも読んでくれない?」
「俺が、ですか?」
俺が言いたかった台詞を先に言われてしまい、眉間に皺が寄ったところへぐりぐりと人差し指を押し当てられ、
「お前の声、好きだから」
そんなふうに言われたら断れる筈もなかった。
※「孝介」は、スガさん弟の名前(妄想)です。