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    四 季

    @fourseasongs

    大神、FF6、FF9、ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドが好きな人です。

    boothでブレワイに因んだ柄のブックカバー配布中:https://shiki-mochi.booth.pm/

    今のところほぼブレワイリンゼルしかない支部:https://www.pixiv.net/users/63517830

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    四 季

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    「コログからの贈り物(https://poipiku.com/4663883/6648540.html)」の本題として書いている話。半年くらい書いているのですが終わる気配がないので、とりあえずきりのいいところまで。この後リンクが馬でハイラル中を旅に出ます。
     実際にゲームで「馬でハイラル一周」しているのですが、結構大変。
     でも、色々な景色が見られて、ますますハイラルが好きになりました。

    #リンゼル
    zelink
    #ブレワイ
    brawley
    #ブレスオブザワイルド
    breathOfTheWild
    #ゼルダ姫
    princessZelda

    雲霧披きて青天を観る① リンクは困っていた。
     厄災との戦いを終え、一月ばかりの時が流れたが、ゼルダの体調が思わしくなかったためだ。
     一月前、戦いが終わったその足で、二人は自然にカカリコ村に向かった。カカリコ村はいまだハイラル王家に忠誠を誓うシーカー族の暮らす村であり、何よりゼルダの解放を待ちわびているインパの待つ場所である。まずはそこへ向かうのが自然なように思えた。
     百年前はともに越えられなかったハテノ砦を、厄災討伐を終えた今、ゼルダとともに越えることの感慨を噛みしめながら、リンクはまだ足元がおぼつかず、一人で騎乗することのできないゼルダを抱き抱えて馬に乗った。
     馬を駆るのは人馬一体と評されるほど慣れているリンクだが、このときはいつもと少し様子が違った。ハイラルで最も尊いひとをその身に任されているのだという緊張感とともに、どういうわけか、寄りかかるゼルダの重みと温もり、規則正しい呼吸に、リンクは限りない安堵と、ほのかな胸の高まりまでも覚えていた。
     女神の化身という人ならざる身となり、百年間戦い続けたゼルダが人の身に戻るのには、想像以上の負担を彼女に強いたのだろう。カカリコ村に着いたとき、ゼルダには意識がなく、時折うなされながら一週間近くずっとこんこんと眠り続けた。夢の中でも戦い続ける彼女の手を握りながら、インパとパーヤはおいたわしやと涙した。夢の中でも自分が彼女を助けに行ければよいのにと、リンクは歯噛みした。
     そうして七日目の美しい朝に、そのひとは静かに目を覚ました。悪夢に襲われていたことなどおくびにも出さず、清廉そのものの凪いだ眼差しと、女神が人の子に向けるのと同じ柔和な微笑をその美しく白い面にたたえて。
     ゼルダの目覚めに、インパもパーヤも、カカリコ村の人びとも、そしてもちろんリンクも大いに喜んだ。リンクにとっては、回生の眠りから目覚めて以降──あるいは百年前の人生を含めてかもしれない──最も喜び、自身が誇らしく思えた瞬間だった。
     だがその喜びも束の間、数日を過ぎ、一週間が経っても、ゼルダに以前のような快活さや覇気がなく、どことなくぼんやりしているように見受けられて、周囲は気をもんだ。
     それとなくリンクが問えば、ゼルダは柔らかく微笑んで首を左右に振った。百年もあのおぞましい厄災とたった一人戦い続けてきたのだ、まだ今の時の流れに慣れていないのかもしれないし、まだ消化しきれない想いや悔恨も数多くあるのだろう。それが致し方ないことだということは、リンクも理解していた。もともと彼女は、一人で悩みを抱えがちな性質だし、あまり他者に悩みを打ち明けられない、甘えるのが下手な性格だということも。
     ただ、百年前の誤解といさかいを超えて、ようやく心からの信頼関係を築けたひとが、今再び心の壁を築き、その壁の外側に自分を置こうとしているようで、リンクは困り果ててしまった。
     何か食べたいもの、欲しいものはありますか、とリンクが問えば、ゼルダはリンクの作ってくれるものなら何でも、持ってきてくれる者なら何でも、と微笑む。けれど結局、すみません、今はあまり欲しいものがなく、できることもないですし、貴方は好きなようにしていいのですよ──と言う。
     好きなようにして良いと言いながら、ゼルダはリンクをやんわり遠ざけようとする。だがゼルダの言葉は、リンクにとっては天命に等しい。暗に退出を命じられれば、それに従うより他はない。
     ほとんど手つかずの朝餉の膳を下げながら、リンクは溜息をついた。
    (──やはり、今の俺では頼りないのだろうか)
     百年前の自分は、ゼルダが日録に記していたように、他人の感情の機微に疎い人間だった。記憶を失い、回生の眠りより目覚めて後は、出会う人みな初めて会う人ばかりだったから、自然と相手に自分のことを伝えるすべを学び、人の話を聞くことも覚えた。百年前の自分より今の自分のほうが感情の表出が増え、遥かに人当たりが良くなった自覚はあるものの、百年前にようやく信頼を築けた自分を知るゼルダには、むしろ今の自分は軽薄で、浮ついているように見えているかもしれない。
     正直、リンクはゼルダにどう接するのが正解なのか、まだ分かりかねていた。
     百年前は、力が目覚めず苦悩している彼女の心にどう寄り添えば良いのか分からず、彼女を苛立たせていた記憶がある。しかしあの頃とは違い、百年という永すぎる時間、ただ一人でハイラルを守り続けた女神の化身であるそのひとに、厄災を討伐して勇者と呼ばれこそすれ、騎士としての作法や所作を失った自分がどう接するべきなのか。そもそも自分にとって、彼女がどういう存在なのか──。印象的な一つの場面場面を切り取ったようなウツシエの記憶だけでは、百年前の自分の心が、リンクにはまだ見えてこないのだった。
     逆に、ゼルダにとって、今のリンクが百年前からのリンクの地続きなのだとしたら、リンクと接しているうちに、今のリンクに違和感を感じているのではないだろうか。ウツシエの記憶や、ハイラル城や各地で読んだハイラル王と英傑達の日記、そしてゼルダの日録から、リンクは百年前の過去の出来事を「知って」はいる。だがそのとき、自分が何を考え、何を想い、どう振舞っていたのかを、リンクは思い出せていないのだ。
    (百年前の自分だったら、どう振舞っていた? お前は何を考えていた? お前にとって、『あの人』は、どんな存在だった?)
     回生の祠で目覚めたときに聞こえてきた、自分の名を呼ぶ美しい声──。自分はその声の呼ぶ名が、自分の名前であるということを知っていた。そして恐らく、自分の名を呼ぶこの人こそが、現世に生まれた自分の名を最も多く呼んでくれるであろう、かけがえのない人であるということも。
     「今」のリンクにとって、ゼルダが大切な存在であることは言うまでもない。彼女を助け出すために旅をし、厄災を討伐した。百年前の自分にとっても、彼女は大切な存在だったに違いない。だが、百年前の自分は、自分の胸のうちに宿るこの想いに、一体何と名前をつけていたのだろう。そして彼女にどんな言葉をかけ、どんな目で彼女を見つめ、どうやって彼女に接していたのだろう──。
     インパやプルア、ロベリーら、百年前の自分を知る者達から、自分が記憶を失って変わったと思われるのは、まだいい。だが、他でもないゼルダに、百年前の自分の方が優れていたと、好ましいと思われていたとしたら──それは耐えられないことだ。
     そんなふうに悪い方へと向かう思考を止めるように、リンクは両手で自分の両頬を叩いた。響き渡った大きな音に、広間の隅で掃除をしていたパーヤが「ひぃっ!」と驚いたような声をあげる。リンクはパーヤに詫びてから、扉を開け、外へと向かった。
    (いや、今はこんな俺の悩みより、姫様の体調がよくなってくれることのほうが先決だ)
     リンクが取り急ぎ思いつた一番手っ取り早い方法が、滋養のある美味しいものを食べることだったので、リンクは再び山に分け入り、マックスラディッシュとマックストリュフを探すことにしたのだった。

      ※

     ゼルダは戸惑っていた。
     以前の無表情さが影を潜め、気さくで快活となった現在のリンクに、ではない。百年前のしがらみから解き放たれ、伸び伸びしている彼の姿を見るのは、驚きはしたものの、良い変化だとゼルダは好ましく思っていた。では何に戸惑っているのかといえば、それはリンクの変わらない部分についてである。
     彼のゼルダに対する言動は、以前より気安く、砕けたものになってはいたものの、今なおまだゼルダを尊ぶべきものとして、恭しい態度でゼルダに接するのだった。
     自らの使命を果たした今となっては、ゼルダもいたずらに自分を卑下することはなくなったものの、国が滅び、身分や階級がなくなってもなお、彼がゼルダを主人、あるいはそれ以上の存在として接するのが不思議であった。
     姫という身分の衣もなく、力も涸れ果てた彼女を最優先のものとして、ごく自然に接する態度は、すなわち彼が姫という身分に、また姫巫女という使命に仕えていたわけではないことをゼルダに知らしめたが、果たして自分にそこまでの価値があるのかどうか、それがゼルダには疑問だった。
     あるいは同じ亡国を悼み、その復興を望む同志であり、その旗印でもあるゼルダに敬意を払っているのかもしれないと思ったこともある。だがそれだけでは、譬えに過ぎないが──ゼルダの差し出すものなら例え石ころでも、宝もののように喜び尊ぶ彼の態度の説明がつかなかった。
     彼はゼルダにとっての対である。それはつまり対等の関係なわけで、お互いへの敬意から丁寧な言葉を使い、かつての関係の延長線上として姫と騎士という外形を保ってはいても、内面までもはや上下や主従があるわけではないとゼルダは考えていた。
     しかし彼は、ゼルダに与えられている、という立場を崩さない。お許しがあれば、許しを得た、というような言葉を今でも使うのだ。
     主従であるならば、例えば名誉や財物といった、報酬が必要だ。だが彼は、それがゼルダの口から出た言葉であれば一言も聞き漏らさず、珠玉のもののように取り扱う。ゼルダを庇ってできた傷でさえ誇りとし、もしゼルダがその傷に少しでも触れれば、痛みだけでなく傷そのものすら癒される名誉だという。ゼルダには未だ信じがたいことに、ゼルダの最も近くでゼルダを護ることこそが、彼への最大の報酬であり、名誉なのだった。
     自分のすべてはゼルダのためにあり、ゼルダは自分のすべてなのだと、そんな大仰なことを、彼は心底からの本心でそう思っているのだった。
     ゼルダは人知れずそっとため息をつきながら、甲斐甲斐しく自分の身の回りの世話をしてくれるパーヤをそっと見つめた。
     リンクへのゼルダの想いは、百年前には様々に、目まぐるしく移り変わった。僻みから恐れと疎ましさへ。そして共感と信頼、そして儚い恋慕へ。それは恋に恋するのと同じような、あまりにも淡く、あっけない想いだった。そして彼を待ち続けた百年に彼へ抱いていたのは、女神としての、勇者への信愛だった。
     彼が自分へ対して抱いているのも、そういった感情かもしれないとゼルダは思う。それは女神への信仰と似ているものだ。かつて自らの不甲斐なさに耐えかねて彼に八つ当たりし、あまりにもいたいけな恋心を抱いた等身大の少女としての自分が、彼の高潔な魂を捧げられるに足る存在であるとは、ゼルダにはとても思えなかった。
     ゼルダは少しの苦々しさと、切なさのこもった苦笑を浮かべた。ゼルダには、恋に酔いしれる、美しい思春期の少女である自分の姿を想像することができない。百年前に、少しだけそういった心の動きはあったものの、そのとき想いを寄せたのが彼自身なのか、あるいは垣間見た彼の素顔の意外性に対してなのか、それこそ恋に恋していたのか分からない。
     恋するひとは美しい。今ゼルダの目の前にいる、働き者のこの健気な少女の憧れのような甘く爽やかな恋、本人に直接伝えられることのないまま編み上げられた鎧に込められた静かで切ない恋。それらの想いはゼルダの心を締め付け、わずかに駆り立てはするものの、どこか遠いことのようにもゼルダには思えるのだった。なぜなら、ゼルダはもうそれらの美しい青春の日々をすり抜けてきてしまったのだから。そして申し訳ないことに、彼にもそれに付き合わせてしまった。
     ふたりが互いに抱くのは、恋でもある。探し続けた彼と待ち続けた彼女だから、乞い続けたというならそれは恋だ。友情でもあるし、共犯者でもある。主従というかたちに見せかけて、お互いがお互いを、許し、許されるのを待っているともいえる。
     ただ、リンクの中でゼルダは絶対の存在なのだ、ということは、お互いに分かっていた。百年前のリンクなら、ゼルダが最優先されるべき、至上の存在ではあっても、他の何を排しても絶対である存在になりえただろうか。百年前の彼にはまだ親類がおり、友人がいた。同僚や上司がいただろうし、ゼルダの知らない交友関係もあっただろう。逆もまた然りだ。
     だが、すべてが一度滅びかけた世界で、ゼルダは時の流れに置き去りにされた彼を目覚めさせてしまった。このハイラルに彼を回生させたのはゼルダであり、目を覚まさせたのもゼルダである。彼がこの世に再び生を享けたのは、ゼルダのために他ならなかった。彼にとって、ゼルダが絶対の存在になったのは当然のことだ。
     しかしリンクはそれを甘受した。百年前に受け止めることができたはずのあの鎧に込められた想いも、百年後の今、受け止めることができる、健気な少女が日記に綴った密やかな想いも、ゼルダという絶対の存在ゆえに、彼は受け止められなかったのではないかと思った。
     ゼルダが奪ったものを、せめて彼に返そうと思えば、彼はそれを「与えられたもの」として恭しく受け取る。
     気の置けない友人との語らい。家族との談笑。思いを寄せ合う異性との触れ合い。それらを奪われてなお、彼はゼルダに優しい眼差しを向けて微笑むのだ。
     ──奪われてなどいません。
     奪われて残った最後の一つが自分なのだと思うゼルダに、何度でも言い張るのだ。
     ──貴女が全てなのです。
     失ったものはたくさんある。けれど、最後に残されたから唯一なのではない。初めから唯一だった、だからこそ、貴女だけは失いたくなかった。
     自分自身の記憶も、命すら失った彼は、そう言って微笑むのだった。
     彼はゼルダの半身だが、彼にとって、ゼルダはすべてなのだから。

     何度目になるか分からないため息をつき、ゼルダは寝台の脇に積み重ねられた書簡を広げた。
     つい先日、ようやく床上げが済んだゼルダは、少しずつ各地から送られてくる報告書や書簡に目を通し始めていた。リンクやインパ、パーヤはゼルダの体調を気遣って止めようとしたが、ゼルダは各地から寄せられてくるそれらの書簡を楽しみにしていた。
     ハイラル城を覆っていた暗雲が消え、各地の魔物の活動も少なくなったこと、何より各地で神獣を解放したリンクの働きを目にしてきた各部族の長たちが、カカリコ村に──そしてそこに坐すであろうハイラルの伝説の姫に、親書を送ってきているのだ。そこにしたためられているリンクの活躍とその働きへの感謝、そしてゼルダの体調を気遣う文面に、自然とゼルダの顔も綻んだ。
     とはいえ時折、それらの嬉しい便りに混じり、ゼルダの頭を悩ませるような──リンク達が懸念するような内容の書簡が届けられているのも、また事実だった。それは、かつてゼルダを無才の姫と心の中で嘲りながら、その血筋と地位を利用しようとおべっかを使い、追従してきたような者が抱いていたのと同じような魂胆が含まれた手紙だった。寄せられる書簡の文面からは、伝説の姫と勇者を祭り上げようとする思惑が透けて見えた。
     ゼルダに対してだけではない。姫巫女がシーカー族の厳格な長・インパに丁重に守られていることを知るや、伝説の勇者であるリンクを利用しようとする動きも見られるようになってきた。
     リンクを懐柔してゼルダに取り入ろうとする彼らの姿勢にゼルダも頭を悩ませたが、縁談と称してリンクに寄せられる手紙には、たとえ主人といえど決してそれ以上でもそれ以下でもない立場のゼルダが口を挟むわけにはいかず、そのままリンクに手渡すようにしていた。
     周囲の者に多少の下心があるにせよ、純粋にリンクに好意を抱く女性からの縁談の申入れであるなら、ゼルダにそれを止める権利はない。百年前にも、リンクに興味を持った貴族の娘や、まだ年若い侍女たちが、リンクとお近づきになる口実にゼルダのご機嫌伺いに来たこともあるし、それらが罠の気配のするものや露骨な政治的野心を含んでいないものである限り、ゼルダはそれらを遠くから見守ることにしていた。さりとて、ゼルダが彼が良い相手と巡り合い、温かな家庭を築いて欲しいと彼に伝え、彼がその出会いを得ることを手放しで受け入れられるほど、二人の仲は浅くない。
     それらの手紙をゼルダが渡せば、リンクは明らかに憮然とした表情でそれを受け取った。
     ゼルダとて、何も進んでリンクに見合いをすすめているわけではないのだ。だが二人の間に誰も踏み入らせないとするならば、それ相応の名前のついた関係で周囲を納得させなければならない。
     しかしそうするにはまだ、ゼルダの決意は足りていなかった。

      ※  ※

     ゼルダが静養のためしばらくカカリコ村に逗留することが決まってから、リンクはカカリコ村を拠点として、再びハイラルの様子を見に行くようになった。
     ゼルダはシーカーストーンのワープ機能を使うようリンクに勧めたが、リンクにとってシーカーストーンの本来の持ち主はゼルダである。それに、リンク不在時にはむしろ、マグネキャッチやビタロックといったシーカーストーンの機能を使ってゼルダに自分の身を守ってもらいたいと思ったので、基本的にリンクはシーカーストーンは持たず馬で出かけ、日帰りで戻れる距離の場所にしか行かなかった。この日も、リンクは早暁にカカリコ村を出て、ハイラル城に立ち寄りゼルダの私物を回収すると、日が傾き始める時には帰途に就いた。
     リンクが城から回収したのは、ゼルダの筆記具だ。現在のハイラルでは、筆記具に羽根ペンや筆を用いることが多いが、百年前にゼルダが愛用していたのはシーカー族──主にプルアが開発した、特殊なペンだった。ペン先にインクを浸す羽根ペンや筆と異なり、インクを内部に吸い込ませるので、羽根ペンや筆より長く文字を書くことができるものだった。
     リンクが回収してきてくれたそのペンを見て、ゼルダは顔を綻ばせた。愛用の品をリンクが回収してきてくれたことも嬉しかったが、それがゼルダの愛用の品であるということを、リンクが覚えていてくれたことが嬉しかったのだ。
     そのペンは、王家の紋章は入っているものの、キャップをはめた状態での見た目は小さな筒に過ぎず、筆記具であるとは一目では分かりづらい。百年前、ゼルダがそのキャップを外し、実際に目の前で文字を書いてみるところを見て、リンクが得心がいったような表情をしていたのを思い出し、ゼルダは小さく微笑んだ。
     ゼルダがキャップを外し、紙に試し書きしているのを、百年前と同じように、リンクはじっと見つめている。百年前に彼と打ち解けるまで、その食い入るような視線を感じるとゼルダは息が詰まるように感じていたが──彼の眼が、無才の姫を値踏みし、非難しているように感じていたから──、何のことはない、彼はゼルダのことを知り、理解しようと努めていてくれたに過ぎない。それはややもすれば過剰で、過保護とさえいえる熱心さではあったが、ペン先を見せたときに見せた彼の表情からも分かるように、それだけ彼が任務に対し忠実で、知識欲が旺盛な証だといえよう。
    「姫様はよく、そのペンを用いて、英傑たちやインパ殿に書信をしたためていらっしゃいましたね」
     リンクが以前と同じように、ゼルダの手元をまじまじと見つめながら言う。
     ゼルダが姫として公務を執り行っていた際に、公文書に用いていたペンと、私文書──遠方の友人たちとのやりとり──の際に用いていたペンが異なるものであることは、ゼルダの周囲にいる者であればよく知っていた。
    「ええ、よく覚えていますね。
     今はちょうど、英傑たちゆかりの人びと──ゾーラ族のドレファン王とシド王子、ゴロン族の長ブルドーとユン、リト族の長カーンとテバ、ゲルド族の長ルージュに向けての文をしたためているところです」
     ゼルダと直接面識があるのはドレファン王とシド王子だけだが、皆いずれも四英傑ゆかりの人びとであり、リンクに協力して神獣たちを解放してくれた人びとでもある。親しみと敬意を込めて、ゼルダはリンクが持ち帰ってきてくれた以前の愛用のペンで、彼らへの親書をしたためていた。
    「せっかく貴方がこのペンを持ち帰ってくれたので、久しぶりにこのペンを使っています。
     プルアたちシーカー族の技術のおかげで、百年経っていてもこうして問題なく使えるのですよ。彼らには本当に、感謝しかありません。
     もちろん、このペンを持ち帰ってくれた貴方にも」
     ゼルダがリンクに微笑みかける。リンクも思わず破顔した。
     ただ、とゼルダが表情を曇らせる。
    「交通網が復旧していないので致し方ないのですが、これらの書簡を届ける方法が、まだ決まっていなくて……。
     こちらへ届いた書簡は、シーカー族が各地へ出向き、各部族の長から返事として渡されたものや、カカリコ村へ寄る用事のある旅人や行商人に渡された書簡ですが、百年前に存在していたような郵便制度や、伝書鳩を用いる方法は、今ではほとんどありませんから。
     各地へ偵察に行っているカカリコ村の男性陣も戻ってきてはいますが、人手には限りがありますし……。
     私が直接出向くのが、本当は一番良いのですが……」
     ゼルダが考え込む。
     ゼルダは一度、シーカーストーンを使えば目的地まですぐにワープできるのだから、各部族の長に会いに行くのはそれほど危険を伴わないだろうとリンクに伝えたことがある。ゾーラの里、リトの村、ゴロンシティ……いずれも里や村の中にワープ地点となる祠があるからだ。唯一、ゲルドの街だけは街の外に祠があるが、それとて祠は街から目と鼻の先の場所にある。しかし、里や村の中であっても何が起きるか分からないので危険だという理由でリンクに却下された。そして、シーカーストーンを持たないゼルダを一人にするのが危険だという理由で、リンクが一人でワープして来るという案も、リンクは難色を示した。
     リンクの行動範囲が広がるという理由で、ゼルダはシーカーストーンをリンクに貸与したがったが、リンクは拒否した。ゼルダの身の安全のために置いて行ったシーカーストーンだが、リンクが旅の間にまとめたハイラル図鑑やウツシエが、ゼルダの心を和ませる役割も果たしていたからだ。巨大なクジラの化石やサトリ山のヌシの写し絵に目を輝かせ、動植物の生態系や気候について熱く語るゼルダを見ていると、リンクは攫ってでもいいからゼルダをハイラルのあちこちに連れて行きたいと思ってしまう。ハイラルの姫と勇者としての責務も重圧も期待も忘れ、名もなき旅人のように二人で気ままにあちこちを回れたらいい。思い悩むゼルダに、厄災の束縛から逃れ、生き生きとした今のハイラルを見て欲しい。ときにそこに住む人びとに過酷な試練を峻厳な自然を──それでも人びとが畏敬してやまないこのハイラルの地を。それを救ったのは他でもない、貴女なのだ、と。
     だが実際問題、ゼルダの体調からそれは難しい。
     ため息を吐くゼルダの傍らに積まれた書簡を横目で見ながら、リンクはあることを考えていた。

      ※  ※  ※

    「……して、どうじゃ?」
     リンクがインパに呼び出されたのは、それぞれがそれぞれの悩みを抱えていたそんなある日の夜のことだ。何が、と言わずとも、インパが問いかけているのがゼルダに関することだということを、リンクは承知していた。
     時は深更。ゼルダもパーヤもすでに眠りにつき、屋敷の中はすでに静まり返っている。リンクは屋敷の広間で、数段高くなっている御座所に坐すインパを見上げた。
     インパは、かつてはリンクとそれほど歳の変わらない同僚──直属ではないが、リンクの上司だった。しかし百年の時を経た今では、リンクとインパには孫と子ほどの年齢が開いてしまっている。インパの孫娘であるパーヤの容姿がかつてのインパと瓜二つだとゼルダは言うが、百年前のインパに関するリンクの記憶はおぼろげだ。ただ、百年前も今も、インパが常にゼルダのことを第一に考えているということだけは、リンクは確信していた。ゼルダを百年間待ち続けたインパの人生からも、ゼルダを見つめるインパの限りない愛情のこもった眼差しからも、それは明らかだった。
     誰よりもゼルダの身を案じているという点で、リンクにとってインパほど安心できる相手はいない。なのでつい、愚痴のような言葉が口を突いて出た。
    「姫様の御心を煩わせるような書簡が多いです。
     ただ姫様にお会いしたい、今後のハイラルについて考えたいという各部族の長からの書簡はいい。
     しかし百年前のように、姫様の御威光を利用しようとしたり、姫様と俺の関係を邪推して俺を取り入れようとしたりする書簡が増えてきて困っているところです」
     姫に縁談を持ちかけようとしたり、また逆に救国の勇者であるリンクに縁談を持ちかけようとしたり。ハイラル王家と同盟を結ぶためにリンクに縁を求めているならまだしも──百年前の王侯貴族にとって、結婚は政治の一つだったから──、ハイラルを救った姫をいわば人質としてハイラルの勇者を操ろうとする者、逆に勇者を人質に姫を意のままにしようとする者がいることに、リンクは憤慨すると同時に呆れてしまった。
     苦々しげなリンクの表情を見て、インパはしかし、楽しそうに目を細めた。
    「姫様が悩んでおられることも、王家や勇者の威光が侮られることも問題じゃが、儂も姫様と其方の仲を邪推しておる」
     インパの言葉に、リンクは目を丸くした。インパの言う邪推とは、むしろ期待、ではないだろうか。インパがリンクとゼルダの仲を、反対することはないにしても、このように冗談めかした言い方で認めてくれるとは思わなかった。
     言葉に詰まるリンクに、インパは続ける。
    「そもそもそれらは全て、姫様と其方が、その者らが邪推するような仲になれば解決するものではないかの。まあ百年前も、其方の身分について口さがなく言う者はおったが、それは其方への僻みじゃ。
     身分どころか記憶も力も失った状態で、それでも其方は姫様をお救いした。姫様をお救いできたのも、姫様の心からの笑顔を見ることができるのも、其方しかおらぬと思うがの」
     淡々と言うインパに、リンクは押し黙った。
     ゼルダとリンクの元に届けられる、姫と勇者の関係を邪推する者の戯言について、正直、煩わしいとリンクは感じていた。
     姫と騎士。姫巫女と勇者。百年前、人びとは自分たちをそのように規定していた。そして二人にハイラルの全ては背負わされた。皮肉にも、ハイラルの全てを背負わされたその二人が、結局は百年後の今のハイラルために、百年前、ハイラルの民を置いて逃げ延びることになったわけだが。
     だが百年前のリンクが命を賭してゼルダを護り、そして百年後の今、身一つで彼女を救いに行ったのは、彼女がハイラルの姫だからでも、勇者の対となる姫巫女だからでも、女神ハイリアの生まれ変わりだからでもない。リンクが彼女を愛しているからだ。百年前の自分の気持ちについて、リンクは百年前の自分の行動からそうと押し測るしかないのだが、旅の間、そして今の自分を突き動かすものが何であるかは、はっきりと自覚していた。
     けれどもそれを言葉にし、口に出そうものなら、お前は聖なる血を受け継ぐ姫を娶り王配になろうと、大それた望みを抱いているのか──と邪推し、勘繰る者が数多くいる。
     ゼルダはリンクに多くを伝えないが、彼女の傍らに積まれた書簡には、そういった内容のものも多く含まれているのだろう。各部族から送られる書簡に返信するだけであれば、ゼルダもあれほど書簡を送る方法に悩まないはずだ。ゼルダの頭を悩ませるような手紙は、リンクが直接、送ってきた人間のところへ出向いて、突き返してやりたいところだ。
     だが、ゼルダはそれを望まないだろう。だからリンクは百年前と同様に緘黙して、心の中でため息をつく。
     リンクの彼女への愛は、敬愛と信愛と、畏愛と忠愛と尊愛と親愛と──一言では言い表せるようなものではない。だが彼らが下種の勘繰りをするような感情が、そこに一切含まれていないわけではない。百年前ほのかに色づきながら、自分でもそれと気づくことなく、記憶とともに忘却の海に沈んだ想い。リンクはハイラルにようやく平和な時代が訪れた今、その想いをようやく自分の中で育もうとしていた。
     厄災を封印し、それまでの勇者の功をねぎらう聖なる姫の立ち居振る舞いから一転して、一抹の不安をにじませながら切なそうに、私を覚えていますかと問うた彼女を──自分の立場も、自分が戦いによる血と埃にまみれ汚れた格好であるのも忘れ、激情のままに彼女を抱きしめたとき、胸の内に宿っていた想い。しゃくりあげる彼女の背を撫でながら、知らず自分の頬を濡らしていたものに気づいたとき、ようやく認めることができた感情。
     百年前の自分には自覚することすら決して許せなかった感情だが、彼女さえ許してくれるなら──。
     だから、今はただ、彼女がリンクを、そして何より彼女自身を許してくれる準備ができるまで、この関係に名前などつけず、この広いハイラルの片隅で、ただのゼルダとリンクでいたい。それが偽らざるリンクの本心だった。
     黙って聞いているリンクに、インパは笑いかける。
    「人は分かりやすい象徴や形を求める。身分や名前もそうじゃろう。年若い姫と騎士、姫と勇者は万民の憧れじゃ。
     しかし、厄災の脅威が去った今となっては、姫と勇者という関係だけでは周りを納得させることは難しい。姫と勇者は、厄災によって結び付けられた関係でもあるからの」
     リンクは黙ってインパを見つめた。インパは悩める若人を諭すような口調で続ける。
    「其方に言いたいことが多くあることは分かる。姫様と其方は確かに伝説の姫と勇者じゃが、百年前の其方らを知っておる我々からすれば、その言葉だけで言い表せるような関係でないことも分かっておる。其方にとって、あの方がたやすく手を伸ばすことができるような存在でないということもな。
     じゃが、今やハイラル王の名代ともいえる姫様に届く書簡を全て検めることはできん。
     とはいえ、あの方を自分のモノにしたいという無礼者の露骨な文が届いているのもまた事実」
     インパの言葉に、部屋の温度が一気に低くなる。インパの発言を聞き、リンクが殺気を纏ったのだ。
     やれやれとインパは内心ため息をついた。──気持ちは分かるが、今部屋の中にいるのはインパとリンクの二人きりである。だからまだ青いというのに……。
    「……あの方は所有物ではありません。あの方を所有することは、どんな人間にもできない」
     地の底を這うような声でリンクが言う。無礼者が誰であるのかが、その顔と居場所さえ分かれば、すぐさまその者を処断しに行きそうだ。
     そういえば百年前のリンクも、自分のことを言われる分には耐えていたが、ゼルダを侮るようなことを言う者があれば不敬を理由に直ちに実力行使に出ていた。
     ゼルダに対する態度は慎重そのものだが、それ以外に対する直情径行なところは根本的には変わっていないのだなと、かつての部下の青さを生暖かい目で見つめながら、インパは口を開いた。
    「其方が既成事実でも作ってしまえば、問題は解決するものを」
     どこか面白そうにインパが言う。百年前は姉のプルアにからかわれ、冗談も言えなかった生真面目な女性が、今ではこのような軽口を叩くとは。それも、ゼルダに関する件で。
     揶揄われているのを感じながら、リンクは首を左右に振った。
    「いやいやいやいや。既成事実って何ですか。それにそんなことしたら、別のところで問題が生じます」
    「ほっほっほ。では、其方、その可能性を考えなかったわけではないのじゃな?」
     混ぜっ返すようなインパの言葉に、リンクはインパを睨めつけた。そんなリンクの様子を見て、インパが相好を崩す。
    「リンクよ、知っておるか?
     『青』という言葉は、必ずしも青い色──其方の着ている英傑の服のような色のことだけを指すわけではないのじゃぞ」
    「え?」
     突然のインパの言葉に、リンクが目を丸くする。インパは構わず続けた。
    「地域によって違いはあるが、古代では、黒・白・青・赤のみしか色を表す言葉がなかった。色彩というよりは、明暗や顕漠を分ける言葉だったようじゃがの。
     今でも緑色のことを『青』と呼ぶじゃろう? 例えば青リンゴ。青々した草、などとも呼ぶの。青みがかった黒毛の馬をアオとも呼ぶじゃろう。一方で、白馬や葦毛の馬のことを青馬ともいう。つまり古代の人びとは、緑や紫、灰色のことも『青』と呼んでいたのじゃ。それだけではなく、若々しさや未熟さといった状態のことを青い、ともいうの。
     じゃが、だからといって古代の人びとが、このハイラルに様々な色があることを認識していなかったわけではない。
     たんに言い表す言葉がなかっただけじゃ」
     インパの言葉に、リンクは黙って身に纏っている服を見つめた。
     今も、百年前も変わらず自分が身に着けているその服の色は、王家に代々伝わる禁色で、選ばれし英傑達と、その長である姫にのみ身に纏うことを許された色だ。かつては六人がその色の衣を身に纏ったが、今となってはその色を身に纏うのは二人だけとなった。
     インパらシーカー族の手によって繕われ、大切に保管されたその服は、色褪せることもなく、百年前と変わらない鮮やかな青色を誇っている。
     ──だが、今の自分は果たして、この服の色に、百年前と何ら変わらないままの意味しか抱いていないのだろうか。
     「青」という言葉の意味に触れ、そんなふうに考えたリンクに、インパは語りかける。
    「姫様はハイラルを背負われている方。そして其方はその対。
     百年の時其方を待ち続けた姫様と、それに応えた其方の想いの深さも形も、余人には到底分かるものではない。
     ただそれを言い表す言葉が『愛』しかないゆえに、人はその者なりの物差しで其方の『愛』を測ろうとする。姫と騎士であるなら忠愛、男女であれば恋愛、というようにな。
     しかしただの姫と騎士に過ぎなかったならば、姫様も其方も百年の時を超えて巡り合えはせぬ。
     また、ただ愛し愛しという恋心だけで、かように崇高な偉業はなしえなかったじゃろう。
     さりとて、ただ伝説の姫と勇者であるというだけで、運命に導かれるまま出逢い、自然と惹かれ合う──というわけではないということは、百年前、カラカラバザールの一件を経るまでの姫様と其方の関係を見れば分かるじゃろう」
     ほっほっほとさも愉快そうに笑うインパに、リンクは眉根を寄せた。──百年前、女性のみしか入れないゲルドの街で姫に撒かれたリンクと、その後のリンクのなりふり構わない対応を知ったインパ、プルア、ウルボザら女性陣のそのときの反応を、ぼんやりと思い出したのだ。普段から人を揶揄うことに長けているプルアはまだ分かるが、あの真面目なインパでさえリンクの口から事の顛末を聞いて笑いを噛み殺していたし、ウルボザときたら「似合ってたよ、御ひい様にも見せてやりたかったねえ。あんたは本当に、御ひい様を任せるに足る、ハイラル最高のヴォーイだ」などと笑って言い出す始末だった。女装の出来栄えを褒められるハイラル最高のヴォーイなどいるものか。結果的に姫の御身に何事もなく、姫とリンク、二人の仲が改善されたから笑い話になったようなものの……。
     古き佳き日のことを思い出して破顔したインパは、ひとしきり笑った後、また真面目な顔でリンクに向き直った。
    「まあ、儂やプルアからすれば、其方はこのハイラルで唯一、姫様を任せるに足る男じゃからのう。
     其方が姫様との絆に一つの名前をつけ、それをハイラル中に知らしめてくれれば、少なくとも姫様を悩ませている書簡のいくつかは減るとは思うが……。
     しかしわざわざそれを文字や書面にしてほうぼうへ送らずとも、姫様のためにハイラルを駆け巡る其方の姿を見れば、その心は伝わってゆくと思うがの」
     インパの言葉に、リンクは黙って頷いた。
     心の中で何かを決意したのか、唇を引き結ぶと、一礼して身を翻したリンクの背中に、インパは声をかけた。
    「のうリンク、人は『運命』ということばが好きなものじゃ。生まれる前からハイラルを背負わねばならなかった姫様や、退魔の剣を抜いた其方を知る者からすれば、それはあまりにも無責任な言葉だと思うがの。
     だが一方で、儂ら凡人は姫様や其方に、理想の姿を見てもいるのじゃ」
     リンクは黙って立ち止まり、背中でインパの言葉を聞いている。
     記憶もないまっさらな状態で屋敷を訪れ、インパの話を聞いた後、ウツシエの記憶を探しに行くと、扉を開けて出て行ったリンクの背中。神獣の解放のために武装し、広いハイラルの大地を目指して出て行ったリンクの背中。──そして、全てのウツシエの記憶を取り戻し、城へ向かうために扉を開けたリンクの背中。
     百年前より少し大きくなった気がするその背中を、懐かしいような驚いたような不思議な心持ちで見つめながら、インパはリンクに向かって語りかけた。
    「百年前、姫様と其方は運命に導かれて出逢い、別れた。
     百年前の其方が、その運命をどう捉えていたかは分からぬ。其方の記憶が完全には戻らぬ以上、其方の出した答えが、百年前の其方の出した答えと全く同一になることはないじゃろう。
     それに、そもそも記憶を失っていようがいまいが、ずっと変わらぬ人間などありはせぬ。儂とて、百年前の儂と今の儂ではずいぶんと変わっていることじゃろう。変わらぬものがあるとすればそれは過去と、死者だけじゃ」
     過去と、死者……。リンクが小さく口の中で呟く。
     インパは続けた。
    「其方は百年前も今も変わらず、その青い英傑の服を身に纏っておる。其方がその服に見出す意味だけでなく、其方がその服を着続けることについて姫様が見出す意味も、変わって当然なんじゃよ。
     姫様と其方は、これからのハイラルの未来を生きてゆくのじゃからな」
     そう言って、インパはいつも旅立つリンクの背中を見守り続けてきた時と同じように、リンクの背中を強い眼差しで見守っていた。
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    四 季

    DONEリンクが姫様に自分の家を譲ったことに対する自分なりの考えを二次創作にしようという試み。(改題前:『ホームカミング』)
    帰郷「本当に、良いのですか?」
     ゼルダの問いかけに、リンクははっきり頷き、「はい」と言葉少なに肯定の意を示した。
     リンクのその、言葉少ないながらもゼルダの拒絶を認めない、よく言えば毅然とした、悪く言えば頑ななその態度が、百年と少し前の、まだゼルダの騎士だった頃の彼の姿を思い起こさせるので、ゼルダは小さくため息を吐いた。

     ハイラルを救った姫巫女と勇者である二人がそうして真面目な表情で顔を突き合わせているのは、往時の面影もないほど崩れ、朽ち果ててしまったハイラルの城でも、王家ゆかりの地でもなく、ハイラルの東の果てのハイリア人の村・ハテノ村にある、ごくありふれた民家の中だった。
     家の裏手にあるエボニ山の頂で、いつからか育った桜の樹の花の蕾がほころび始め、吹き下ろす風に混じる匂いや、ラネール山を白く染め上げる万年雪の積もり具合から春の兆しを感じたハテノ村の人びとが、芽吹の季節に向けて農作業を始める、ちょうどそんな頃のことだった。ゼルダの知らないうちに旅支度を整えたリンクが、突然、ゼルダにハテノ村の家を譲り、しばらく旅に出かける──そう告げたのは。
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