・読ロくんは兄ライバル視してる
・読ヒヨは現役
・おそらくギルドはヒヨの方が長いし馴染んでる(指示上手い単純に強い女の子にもスマートに接せる)
→読ロくんはギルドに寄り付かなさそう
→しかし販促と情報収集にはヒヨがいない時間帯狙っていきそう
「げ」と、ギルドに入ってこちらを確認するなり大変失礼な第一声を発したのが、ひどく久しぶりに見る弟だったので、ヒヨシは思わず苦笑した。そして深く傷ついた。でも大人なので態度には出さない。
ヒヨシと弟は共に吸血鬼退治人を稼業としているが、それなりに厄介で危険なこの仕事に弟が携わるのに苦言を呈していたところ、ちょうど思春期やら反抗期やらのアレやそれやもあって、弟が割と立派に成人した後も、ヒヨシは弟に進行形で嫌われている。とはいえ単にこれは拗らせているだけで、いつかきっとまたかわいい笑顔をむけてにいちゃんと呼んでくれると、ヒヨシは信じていたい。でも涙が出ちゃう。お兄ちゃんだもん。
さて、出会い頭に大したご挨拶を仕掛けてきた弟だが、いつもであればそのまま回れ右するのに、渋々ではあるが、そのまま店内に踏み込んできた。片手には、真っ赤な退治人の装いには不似合いな大柄の水玉のエコバックがぶら下がっている。
「お久しぶりです、ロナルドさん」
カウンターを隔ててヒヨシの向かい側に立っていたゴウセツが弟に声をかけた。
弟は観念したように息をついて、ゴウセツの正面、ヒヨシの隣にきて、ドサリと意外に重そうな音を立てるエコバッグをカウンターに置いた。
「マスター、これ、うちのから」
うちのから。
とは、なんだ。
しかしすぐに弟が最近出版した本に、吸血鬼を相棒とした記述があったことを思い出す。省略されたのはおそらくうちの吸血鬼。なんだそりゃペットか。相棒からとかの方が誤解がないぞ。
確か、真祖にして無敵のとか記述されていた。しかし無為の争いは好まず、勝敗は戦略ゲームでつけたとかなんとか。智謀に長けるとか書いてあった。
であればエコバッグの中身は吸血鬼関連の資料か何かだろう。にしてはエコバッグかわいいが。
「あいつのなんかシチューっぽいやつとか色々のレシピ。と、ついでにクッキーとか焼き菓子」
「ああ、ありがとうございます。参考にさせていただきます」
しかし出てきたのは甘い香りのする結構な量のタッパーと、数冊のノートだった。
「は?」
「…あ?」
文句あんのかと言いたげに睨まれた。お兄ちゃんはかなしい。
「ロナルドさんの相棒、ドラルクさんが、お料理が趣味で見識の深い方で、新メニューについて相談していたのです」
助け舟を出してくれたのはゴウセツだ。
「ああ、あー、なるほど?」
なるほど。タッパーやらエコバックはその吸血鬼に持たされたのか。レシピのついでに?
「俺はまだ会ったことないんじゃがその吸血鬼、結構ここへくるんか?」
「ええ、たまにロナルドさんと」
「マスター」
一層不機嫌が声がゴウセツを止める。弟はいつの間にかエコバッグをたたみ、棒付きの飴ちゃんを口に咥えていた。
ゴウセツは軽く肩をすくめて、「せっかくなのでこちらお皿にあけましょうか」と言った。
「いやです」と弟が即答した。ごりごりと飴ちゃんが砕ける音がする。「こいつに食わす菓子とかないです持って帰ってジョンとノコと俺が食います」
「なんじゃそれ心せっま!」
「うるせえよ」
にいちゃんに分けたくないなんて、やけに幼びたことを言い出した弟に思わずツッコミを入れてつい笑ってしまう。ぐう、と弟が悔しげに唸った。ヒヨシには弟が可愛い。たぶん弟はこう言う子供扱いが気に食わないのだろうけど、そこは許してほしい。
…ジョン? ジョン、は男の子かな? ノコちゃんは、乃子ちゃんとか、古風な女の子の名前か?
え、だれ?
「お、ロナルド、久しぶりじゃねえか」
ヒヨシが耳慣れない名称を誰何するより先に、退治人のショットとサテツがやってきた。弟とは歳が近く、しかし気軽に話せるようになったのは最近だと言っていた。
「マスター、それドラルクさんのクッキー? 差し入れですか?」
ウキウキした様子でサテツが言う。ヒヨシに軽く挨拶をしてから、2人は弟の隣へ座った。
ゴウセツはサテツにはすぐに応えず、弟を見て片眉を上げた。
「…ドウゾ」
「…いやお前、そういう、他人に好きな子の作った菓子食わせたくないみたいな感情があるなら持ってくんなよ」
スキナコ。酢きな粉。健康に良さそうだ。
ちがうな、というのはヒヨシだってわかっている。正解は好きな子だ。
…ゴウセツが手際よく皿にあけているクッキーやマドレーヌみたいな小洒落た菓子は、ロナルドの相棒のドラルクから、と言っていた。
ヒヨシは頭の中の書籍をペラペラとめくった。ドラルク。吸血鬼。真祖にして無敵。痩せすぎの男性。
最終頁。この物語は事実を基にしたフィクションです。
ヨシ。
いやよくねえわうちの弟もしかしてミイラとりミイラになって??
ぽん、と軽快な単音が鳴る。ポケットからその発信源を取り出したのは弟だ。RINEでも入ったらしい。
メッセージを確認して、弟は俄に驚き、そして慌てた様子で席を立った。
どうした。
「どした?」
実際に声に出して訊いてくれたのはショットだ。サテツはもう焼き菓子を口に詰める作業に夢中になっている。
「カボが動いたらしい」
「え、カボってあの…?」
なんかの組織か暗号か?
「リビングでノコと寝てたみたいだったから、その間に買い物に行こうとしたドラルクを追いかけて玄関まで転がって出てきたって」
「えっ、すごいな、こないだ会った時は呼んだらこっち見るくらいだったのに」
赤ちゃんの話かな?
「まて見せた覚えがねえぞ」
「お前が出張してる時、ドラルクのやつたまに散歩させてるぞ」
「は?」
クリームソーダを突きながら、その情景を思い出すように語るショットに、弟は怪訝な声を出したが、小さい子に散歩は大事だ。ヒヨシは弟妹が小さい頃を思い出した。
「日暮れ後とかおまえんちの近くの公園でジョンたち遊ばせてるのよく見かけるぞ」
「は??」
可能ならお日様に当ててやるのがいいのだが、吸血鬼だとそのくらいの時間帯が無難か。
「ノコとカボ抱えて、ジョンは自分がお兄ちゃんだからって歩くじゃん。でもドラルクにくっつきたそうにして見上げながらついてくんだよ」
「かわいい」
思わずと呟いた弟に全面同意する。なんじゃそりゃジョンくんめっちゃ健気じゃないか。早く紹介してほしいおいちゃんがなんぼでも遊んであげたい。
「あいつもそれ気にして、全員抱っこしようとして死んで、近所の奥さんが見かねてベビーカー借してた」
「…奥さんなら許す」
何目線だ。
「ちょっと荷物持ってやると手作りの菓子くれるから、ガキやサテツとかに大人気だな」
「…へえ?」
ところで弟の顔の治安が悪い。
なるほど、吸血鬼ドラルクとやらは、だいぶ地域に馴染んでいるようだとヒヨシは感心した。
「…なんで俺会ったことないんじゃろ」
「ロナルドさん、ここにドラルクさんを連れてくる時は慎重にされてますからね」
小皿に取り分けた菓子をヒヨシの前に置いて、ゴウセツが教えてくれた。
「それは俺があいつに慎重に避けられていると言う…?」
「そうですねえ」
「否定してくれない」
大変に寂しい気持ちで、ヒヨシは小皿の1番小さなクッキーをとって口に入れた。なるほど、甘すぎず、さっくりとした口当たりで食べやすい。
うま、と思わず口にしてしまう。
吸血鬼ドラルク。
ヒヨシはまだ会ったことがないが、弟の著書からの情報では、真祖にして無敵、痩身、黒髪に赤い目のクラシカルな風情の吸血鬼。人間には友好的である一方で享楽主義で、考えを読ませない老獪さを併せ持つ。
ここで聞こえてきた情報。お料理上手。近所付き合いもいい感じ。細腕、は、ロナ戦の痩身に一致する。ジョンという、公園で遊ぶくらいの子と、焼き菓子食べれるけど抱っこできるくらいのノコと、最近動けるようになったよちよちのカボちゃんを連れて近所の公園にお散歩に行く。弟の好きな子。
ヒヨシはゆっくりとコーヒーを一口啜った。
…ご祝儀とか出産祝いまとめてってありだろうか。
「マスター、今日はもう帰ります」
「おや、そうですか。残念ですが、確かに成長の瞬間を記憶していくのは大事ですからね」
残念と、しかし微笑ましそうにゴウセツは目を細める。
その穏やかな眼差しを受ける弟はひどく不機嫌そうな顔だ。むしろおっかない。その様子にショットも引いているようで、若干身体を斜めにして弟から距離をとっている。お菓子を頬張るサテツは幸せそうだ。
「ヒ…ロナルド」弟の本名をうっかり呼びそうになりながら、ヒヨシは彼を呼び止めた。「そのうちにでも、そのドラルクとチビたちにも会わせてくれ」
ヒヨシとしては、ごく普通に兄として、弟の嫁さんたちと親睦を深めたいなーくらいのノリで言った。
ギルド内の温度が2℃ほど下がった。
「おかえりロナルドくん! かぼくんのお散歩、動画に撮っておいたから後でみんなで見よう!
今日はねー、お味噌ベースのほろほろビーフシチューと牡蠣のレモンソテーに蓮根としめじのきんぴら、サラダは水菜と紫玉ねぎだよー。早く手を洗ってきたまえ。
公園? 君がいない時? え、だめ? でもお買い物とかみんなで行くよ?
そりゃ私は弱いけど、この周辺なら平気だよ。
うん、そう、お隣の奥さん、お子さんがベビーカー卒業したからって。優しいよね。
うん、奥さんたちとお買い物行くこともあるし、
学生さんたちとか、そう君の母校の子、うん、男子校でしょ? みんな親切で。
そうそう、商店街の店員さんもね、他のお店の荷物まとめて、わざわざここの玄関まで送ってくれてね。
この町いい人多いよね。
…どうしたロナルドくん? 具合悪いのかね? ご飯後にして横になる? 冷たいおしぼりあるよ、顔に当てる? 膝枕する?」