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    kxxx94dr

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    94/ドラロナ(五十路、やもめ、Δ)ミニパパ
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    鰯と柊
    HO1 鹿園
    HO2 東雲 一灯
    エンド2

    #鰯と柊
    sardinesAndHolly
    #TRPG

    「詩苑って呼んだらいいのに」
     彼はいたずらにそう問いかけてくる。その言葉にこの世界にぽつんと残されたあの日の白々しいほどの爽やかな青空が、今でも彼の背後にあるようだった。
     今でも彼の神々しさは失われていない。光を受け透ける白い髪も、月のような濁りのない金の眼も何一つ変わらない。昔から彼はこうだった。
     この世の汚い部分をいくつも見たはずなのに、真っ直ぐに前を見つめ世界を愛そうとする。悲しみに暮れ、自分をも恨み呪いそうになっていた小さな私ですら、愛しげに見つめてきた。
     ようやく息が出来た気がした。彼が私の幸せを祈ってくれた瞬間、初めて息ができた。この世界の空気を胸いっぱい吸い込んで、世界と自分が溶け合って、初めてここに自分がいる、生きていると思えた。
     神様、気付けばそう口から溢れていた。神など見たことも、信じたことすらない。昔何かで知った言葉だけの存在。信じたことすらなかったはずなのに。
     けれど私をこの世に立たせてくれた彼は、確かに私にとって神だった。
     彼はころころと笑う。その音に否定の色はなかった。ただ意外でおかしくなっているのだと、目元が告げている。
     ああ、そうか。『本物』は気付かないのかもしれない。自分というものの凄さに。そうできるからこそ本物なのだ。
     親という役割を与えられたことに胡座をかき、傲慢に振る舞う者たちとは違う。立場を手にしたから偉いのではない。素晴らしいからこそその位置を手にするんだ。
     だから彼は本物なんだ。幼い自分は奇跡を体験した。だからこそ彼の手を取った。
     そしてここまできてしまった。何一つ後悔はない。
     あるとすれば彼への懺悔だけ。
    「詩苑……」
     昔よりもいくらか下がった目尻を更に下げ、朗らかに笑う。ああ、彼は変わらない。昔と同じ綺麗なままだ。こんな綺麗なものは汚してはいけない。
    「……様」
     無意識だった。ぽかんと開いたままの口から、慣れた音が溢れていた。驚いたのは自分だけではなかったみたいで、目の前の彼も目を真ん丸に見開いて自分を見ている。
    「あははっ、様はいらないよ」
    「あっ、そ……そうですね……つい」
     彼はもう教祖ではない。彼を教祖と崇めていた者たちは消えてしまったから。教祖という服を纏わされた幻は、多くの命と共に消えてしまった。
     無理をさせてしまっていた。彼が望んでいたわけでもいないのに、自分たちの苦悩も悲しみも、全て彼一人に押し付け背負わせてしまっていた。
     罪深い我々は、きっとこの方と同じ場所へはいけないのだろう。おこがましいことはわかっている。だからこそ憧れ、焦がれてしまう。
    「昔と一緒で構わないのに。わたしはもう教祖ではないんだから」
    「そうですね……」
     彼は何も変わっていない。孤児院にいた時も、教団にいる時も。変えてしまっていたのは私たちだ。
     ずっと彼は彼であった。
     我々と同じただの人であるはずなのに、人を惹きつける何かを持って生まれた人。そこに希望を見出してしまった。
    「愛してるよ」
     優しい声がこの世界に広がった。すべて朽ちてしまったような大地が色づいたようだった。
    「私こそ……」
     私こそ愛しています。貴方を。貴方が何であろうとも。出会ったあの頃からずっと。
     私が救われたことは事実だから。
     同じ人であるはずなのに、私とは違う存在であった。ただの凡人の私とは違っていた。そんな私も同じ大切な家族だと、同じなのだと言ってもらえただけで幸せだった。許された気になれた。
     わかっている。この方はただの人で我々と変わらない存在で、そこに夢や希望を乗せてしまっていたということも、神など存在していないことも。


     けれど確かに、あの日神はいたのだ。
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